第三話 つぼみの悩み
夢花は可愛い。身長は低いが元気いっぱいで、明るいつぼみとちがい、繊細や優雅という言葉がよく似合う。
秀の理想の女の子象を、具現化したような姿が夢花だった。
つぼみは、すずらんの花言葉を調べたときに、気づいたのだ。
秀は、夢花が好きなのだと。
「お兄ちゃんも可愛いって言うとったもんな」
「え? 何でいきなりお兄ちゃん?」
香苗の声が聞こえて、つぼみは我に返った。
また、自分の世界に入っていたようだ。
徹平にジュースをおごらせた日から一週間がたっていた。
昼休憩の時間。去年までは五人そろって食事していたのだが、今は徹平と夢花に気を使って、別々に食事をとっていた。秀はクラスの友達と一緒に、食事をしているはずだ。
「なあ、カナエちゃん。やっぱり、男の子って可愛らしい子の方が好きなんかなぁ」
きっちりと膝をそろえて、隣に座った香苗は、つぼみの問いに目を瞬かせる。
「ツボミ。あんた、熱あるんちゃう」
香苗は心配そうに、つぼみのおでこに手を当てる。つぼみは頬を膨らませて、香苗の手を軽く払った。
「もう、熱なんてあらへん。そんなことより、なあ、どう思う?」
つぼみの問いに、香苗は綺麗に整えた眉を寄せた。
「なあ、ツボミ。その男の子って、テッペーのこと?」
思いもかけない問いに、つぼみは瞬きしたあと、香苗を見つめた。
「はぁ? 何でテッペーが出てくんの」
「ツボミ、女の子やねんから、その顔あかんやろ」
かなりひどい表情をしていたのだろう。呆れた声をだした香苗に、つぼみは頬を膨らませる。その顔を見て香苗は苦笑し、つぼみの膨れた頬を人差し指でつついた。
「もう、怒らへんのー。ツボミ、あの二人が付き合いだしたって聞いてから、しばらく元気ないやん。そやから、お子様なあんたには、万が一にもないかと思っとったけど、もしかしてテッペーのこと好きやったんかなーと思ってさ」
さりげない口調で言われた言葉に、つぼみは大きく首を左右に振った。
「ちゃうちゃう。それはないって。確かに、テッペーはええ奴やけど。大好きやけど、それは親友ってだけで。ユメちゃんのこともウチ大好きやし。二人がそれでいいんやったら、それでいいねん」
この間も言うたけど。と、つぼみは付け加える。香苗はふーんと相槌を打った後、目を細めてつぼみを見た。
「ツボミ、あんた大人になってっ」
「どういう意味よ」
「あんた、アタシが一志と付き合いだしたとき、何したか忘れたん? 付き合ってから三か月。あんた毎回のように、アタシらのデートについて来とったやん。今度も、そんなことになるんちゃうかと思っとったら、予想外に大人しいし。そうかっ。成長の現れやったんやねー」
よかったよかったと、香苗は出てもいない涙をぬぐう真似をする。
香苗に頭を撫でられて、つぼみはまたも頬を膨らませるのだった。
「成長の現れやったんやねーって、言うねんでカナエちゃん。ひどいと思わへん? 秀ちゃん」
昼休憩のときの話を鼻息荒く語って聞かせ、つぼみは秀の顔を見上げた。秀はさほど身長の高い方ではないが、つぼみが低いので、並ぶとつぼみの頭は秀の肩くらいまでしか届かない。
放課後。クラブ見学に行くと言う香苗と別れ、つぼみは秀とともに学校を出た。同じ制服を着た帰宅途中の生徒たちが多い歩道を歩く。
「別にひどないやろ。本当のことやん。俺もお前はまた二人にくっつきまくると思っとったし」
「もー。香苗ちゃんのデートにくっついて行っとったんは、ちゃんとした理由があるんやで」
「ちゃんとした理由って?」
短い問いに、つぼみは胸を張って答えた。
「そやから、カナエちゃんにふさわしい男か見極めるためやん。カズくんはええ人やったけどな。やっぱり三ヶ月くらいはくっついとかんと分からへんやん。もしかしたら、いい人ぶってるだけの悪い男かもしれんやろ」
秀は顔をゆがめて、つぼみを見下ろす。
「おまえ、それ、かなりのありがた迷惑やって思わへんのか?」
「思わへんねっ。ウチはカナエちゃん大好きやもん。ウチのカナエちゃんを取るからには、それ相応の男やないとな」
「お前に、好きになられる男は可愛そうやな」
呟かれた言葉に、胸が嫌な音を立てる。
「ど、どういう意味よ」
無意識に胸を押さえて、つぼみは秀を軽く睨む。
「おまえ、カナエにしてる勢いで、ストーカーまがいのことしそうやん。毎日待ち伏せしたり、毎日手紙送ったり。おお怖っ」
自分の体を抱くようにして秀は言う。つぼみは頬を膨らませて、秀の背中を叩いた。かなりいい音が周囲に響く。
痛いと文句を言った秀に、つぼみは舌をだしてみせたのだった。