第二話 驚きの告白
あの白く小さく可愛らしい花の名前を、つぼみが覚えていたのは秀のせいだ。
秀が去年の春『好きな女の子のタイプは?』という質問に『すずらんみたいな子』と、答えたのが原因だった。
誰がなぜ、そんな質問をしたのか憶えていないが、その質問と、質問の答えが気にかかり、つぼみの頭に強く印象に残った。
当時、すずらんが分からなかったつぼみは、兄のパソコンを無断に使用し、すずらんを検索した。その結果、表示された花が、先ほどの小さく白い花だったのだ。
花の写真と一緒にパソコンの画面に出てきた花言葉は、繊細や優雅。つぼみには逆立ちしても縁のない言葉である。
それを見て、つぼみはなぜか落胆した。なぜ、落胆したのかは分からなかったが。
「ツボミ、ツーボーミー。おまえ、どっかいっとるやろ」
斜め前から声をかけられて、つぼみは我に返った。目の前で徹平が手を振っている。
「え? 何? なんか言うた?」
つぼみの反応に、仲間全員が呆れた顔をした。
河川敷のバスケットコートを後にしたつぼみたちは、ファーストフード店に入り、徹平に宣言通り、ジュースをおごらせた。そこまでは覚えている。
「あれ、いつの間に座ったんやろ」
つぼみが呟くと、丸テーブルを囲むように座った仲間の口から、いくつか溜息が洩れた。
「あんた、たまーに、ぼーっとするやんな。ちょっと危ないんちゃう?」
長い髪をポニーテールにした香苗が呆れた声を出した。すでに、徹平におごってもらったジュースは飲み干しているようだ。気づけば、つぼみのジュースもなくなっている。無意識に飲んでいたようだ。
「危ないって何よー。別に普通やし」
拗ねた声を出した後、つぼみはふと気づいた。香苗の横の席に座る徹平が、なぜか緊張の面持ちをしていることに。
「あれ? どうかしたん? テッペー」
声をかけると、徹平は一度、香苗とは逆隣りに座る夢花と目を合わせて、口を開いた。
「あんな、おまえ聞いてなかったみたいやからもう一回言うわな。実は、俺達、付き合うことになってん」
つぼみは目を見開いた。
付き合うことになってんって。
意味が分からないんですけど。
「え? 誰と誰が?」
つぼみが問うと、徹平は顔を少し赤らめる。
「だ、だから。俺とユメが」
「テッペーとユメちゃんが? ツキアウ?」
何故か最後は片言のような発音で呟いたつぼみの脳に、その言葉の意味がじわじわと広がっていった。
「って、どっ、ええぇぇぇぇ」
ありえないほどの大声で叫びながら、頭の中では、聞いてませんけどーと叫んでいた。
つぼみの、両サイドの席に座っていた夢花と秀は、つぼみが口を開いた段階で素早く耳をふさいでいる。長年培われた経験のたまものである。
「そんなっ。ユメちゃんは渡さへんで」
その科白と同時に、つぼみは隣に座る夢花に抱きついた。
「ツボミちゃん」
夢花が困ったような声を出した。つぼみは、夢花に回していた腕をといた。徹平は複雑な顔をしている。やきもちを焼いたのだろうか。
「こらこら、ツボミー。ちゃんと祝福したらんとー。困らせてどうするんよ」
姉御肌の香苗が言った。そう言う香苗は、このメンバーの中でいち早く、異性とお付き合いを始めている。
「でもー」
なんだか、複雑な気分だ。香苗が中学二年生の時に、大学生と付き合うことになってから、香苗と遊ぶ時間が極端に減ったことを思い出したのである。徹平と夢花が付き合いだしたということは、このメンバー揃って、遊ぶ時間がまた減ってしまうということなのではないだろうか。
それに、もう一つ。つぼみには気がかりがあった。つぼみは右隣りに座る秀を見る。
「秀ちゃんはええの?」
「何がや」
秀がつぼみを見る。つぼみは秀から視線を逸らして言った。
「何がって、そやから、二人が付き合うの」
「何の問題があるねん。俺はええことやと思うけど」
その答えに、つぼみは疑いの眼差しを向ける。
「何が言いたいねん」
秀の不機嫌そうな眼差しを受けて、つぼみは口を開いた。
「まあ、秀ちゃんがええんやったら、ウチもええねんけど」
「え? ツボミちゃん。私らのこと認めてくれるの?」
夢花が嬉しそうな声を出す。
「うん、テッペーにはユメちゃんはもったいないけど。ユメちゃんがええんやったらしゃあないわ。テッペー。ユメちゃん泣かしたら承知せえへんで」
すごむと、徹平は真面目な表情で頷いた。
「おう。まかせろや。ちゃんとユメのことは守るから」
徹平と夢花の視線が交錯したのは束の間。二人は照れたように顔を俯けた。
「初々しいねー。こりゃ、キスもまだやね」
香苗が分かった風な口をきく。
「う、うるさいな。何が悪いねん」
つい反論してしまったのだろう。香苗の発言を認める台詞をはいた徹平の腕を、夢花が軽く叩く。
「もう、テッペーくんやめてよー。恥ずかしい」
「あ、ワリ」
徹平が少し頬を膨らませた夢花に、手を合わせて平謝りしている。
そんなバカップルから視線を外し、つぼみは秀をそっと見る。
なんで、平気な顔してるんやろ。
秀ちゃんは、ユメちゃんが好きなはずやのに。
つぼみの脳に、そんな疑問が浮かぶ。その疑問はしばらく、つぼみの頭を占拠することとなるのだった。