第十一話 ウソ、ホント?
しばらくして、つぼみはごみ収集所の前から移動した。教室に帰ろうと思ったのだ。思ったのだが、なかなか足が前へ進まない。
ゆっくりと進んでいくうちに、いつの間にか裏庭に来てしまっていた。
ここで、秀ちゃん告白されてた。
そう思ったら、泣きたくなってくる。
ええよって。何で言うの?
悲しくて、悲しくて。
どうしていいか分からなくて。
つぼみは立ち止まる。
「ツボミ、おまえこんなところで何してるんや? 俺んとこ来るん違ったんか」
不意に、背後から声が聞こえて、つぼみは身を固くした。
聞き覚えのある、大好きな声。
だが、振り返ることができなかった。
「ツボミ。俺に謝るってテッペーたちに言うたんやろ?」
また、秀の声が背にかかる。
「謝ったりなんかせえへんわっ。秀ちゃんのアホ」
背を向けたままそう叫んだ。
「アホって何やねんアホって。俺なんかしたか?」
秀がこちらに近づいてくる気配がする。だが、顔を合わせると泣いてしまいそうで、つぼみは振り向くことができなかった。
「ツボミっ! こっち向けや」
肩を掴まれて、有無を言わせず振り向かされた。
振り向いた先。思いのほか近くに秀の顔があって驚く。
「しゅ、秀ちゃん……」
「何やねん。おまえ最近おかしいで」
怒ったような声だった。つぼみは顔をゆがめて秀を見る。
「おかしいのは、秀ちゃんやんか。ユメちゃんが好きなくせに、他の子ぉに告白されたら、即オーケーやなんて、そんなんおかしいわ。秀ちゃんのアホォ」
「は? ユメ? 告白? 告白って、おまえ見てたんか!」
なぜか、秀は慌てたようにつぼみの肩から手を離し、二三歩後ろに下がった。その顔が見る間に赤くなっていく。
何、恥ずかしがってんねん。
そう思うと、つぼみはだんだん腹が立ってきた。その気持ちをぶつけるように秀を睨む。
「見とったんや。秀ちゃんがあの子にオーケーしてるとこをな」
強い口調で言ってやると、秀は一瞬驚いたような顔をし、次いで眉間にしわを寄せた。
「ちょお待て。おまえ何言ってるんや? 俺、あの子にオーケーなんてした憶えないで」
つぼみは秀と同じように眉間にしわを刻んだ。この期に及んで嘘をつくとはどういう量見だ。
「しとったやん。惚ける気? ウチ見とったんやで。あの子可愛かったもんな。ウチとちごうて、ちんちくりんでもなんでもなくて、ユメちゃんに似てすずらんみたいに可愛い感じやったもんな。そやから、秀ちゃん、ええけどっていうたんやろ?」
言いながら、今度は泣きそうになってくる。
秀はというと、なぜか考えるように腕を組んで、空を見上げた。しばらくして、声を上げる。
「ああ、そうか。そう言うことか」
そう言って笑いだす。つぼみは訳が分からず、笑い続ける秀を見つめるしかない。
「な、な、何がおかしいんよ」
なんとか声を絞り出すと、秀がこちらに目をやった。
「ツボミ、それ誤解や。おまえ、途中までしか聞いてへんかったんやろ」
「え? 途中?」
変な顔をするつぼみに、秀は頷く。
「俺が、あんな性格の悪い子好きになると思うか?」
「性格が悪いかどうかなんて知らんもんっ。性格が悪ぅても、すずらんみたいに可愛い子やったやん。ユメちゃんに似とったし」
つぼみの言葉に、秀はまたもや顔をしかめた。
「あのさぁ、さっきからすずらんとか、ユメちゃんとかいう単語をよう聞いてるような気がするけど、いったい何やねん」
秀の惚けた質問に、つぼみは眉を上げた。
「秀ちゃん言うとったやん。中学の時。好きなタイプの子はって聞かれて、すずらんみたいな子って。そやから、ウチ、秀ちゃんはユメちゃんが好きなんやってずっと思って……」
だんだんと声が小さくなった。つぼみは顔をあげておけず、俯く。秀の青いスニーカーが目に映る。その靴が近付いて、つぼみのすぐ前でとまる。
「ア、ホ」
秀の声が降ってくる。
「おまえ、どんだけ勘違いしてんねん」
「勘違いとちゃうわっ。ウチ、ネットでちゃんと調べたんやから。すずらんの花言葉は、繊細とか、優雅とかやった。ユメちゃんにぴったりやん」
顔を上げられず、それでも反論したつぼみに、秀の呆れたような声が降ってくる。
「ツボミ。俺が花言葉なんて知ってると思うか? あれは見たまんまのことを言うたんや」
「み、見たまんまやって、儚げな感じやん。やっぱりユメちゃんやん」
思わずスカートを握りしめた。反論したつぼみの耳に、秀の溜息が届く。
「アホ。あれはお前のことや。ツボミ」
「へ?」
つぼみはつい、顔を上げてしまった。かなりの間抜け面である。
秀はどこか不機嫌そうな顔で、つぼみを見ている。
「見たまんまを言うたって、さっき言うたやろ。すずらんってさ、小さくて可愛いやんか」
「ま、まあ。そうやな」
つぼみはつい同意してしまう。
そんなつぼみから、顔を背けるようにして、秀が口を開く。
「小さくて可愛いって言うたら、お前しかおらんやん」
言いながら、背けた頬が赤くなっていく。
秀の言ったことが、じわじわとつぼみの脳に意味を伴って広がっていく。
そして、叫んだ。
「え、えぇぇ? うそぉ。うそうそ。うっそやーん」
大声に、秀が驚いたように肩を震わせて、つぼみに視線を戻す。
「嘘ちゃうわ。ほんまやって」
「うそやー。そんな訳ないやん。それやったら、それやったらやで。秀ちゃん、ウチのこと小さくて可愛いって思ってるみたいやん」
じっと秀の目を見つめると、秀は耐えられなくなったかのように目を逸らした。
「だから、そう言ってるやん。小さくて可愛いって思ってるって。っていうか、何べん言わすねん。めっさ恥ずいやんか!」
「そっ、そんなん、ウチかて恥ずかしいやん。っていうか、やっぱり信じられへん」
「嘘ちゃうって。さっきの告白やってな。おまえ途中までしか聞いてなかったみたいやけど、俺、こう言って断ったんやで」
そこで、一度息をついて、赤い顔のまま口を開く。
「ええけど、俺、つぼみが好きやで。二番目でもええんやったら、付き合うたるわって。あの子、おまえのこと悪う言うから。ついな。でも、そう言うたら、打たれたけど」
そう言って、また秀はつぼみから顔を背けた。つぼみは信じられない思いで、そんな秀をじっと見つめる。
「ああもう、くそっ。こんなん言いに来たんやないのにっ」
秀が悪態をつく。つぼみはそっと、秀のブレザーの袖を掴んで引っ張った。
「なあ、ほんまに?」
すると、秀がこちらを向いた。つぼみは、秀を上目づかいで見る。
秀は、ぽかんと口を開く。そして、我に返ったように一度口を閉ざした後、もう一度口を開いた。
「ほんまや」
「でも、ウチ、信じられへん」
「何でやねん」
「だって、ウチ、ずっと秀ちゃんはユメちゃんのこと好きなんやって思い続けてきたから……」
そこまで言ったとき、突如秀が動いた。秀の袖を掴んでいたつぼみの腕を逆に掴んで、引き寄せる。
何が起こったのかが分からないうちに、秀の顔が近付いた。
唇が、触れる。
軽く触れ合った唇は、すぐに離れていってしまう。
焦点が合わないくらい、秀の顔が近い。
「ツボミ……」
秀の声が間近に響く。
つぼみは、一気に顔が熱くなるのを自覚する。
つぼみは秀に片腕を掴まれたまま、へなへなとその場に崩れるようにしゃがみ込んだ。
「これで、信じられるか?」
秀の声が頭の上から降ってきて、つぼみは言葉もなく三度首を縦に振った。
それと時を同じくして、昼休憩がもうすぐ終わることを知らせる予礼が鳴った。
「あ、あぁ!」
「ど、どないした」
突然声を上げたつぼみに、驚いたように秀が声をかける。つぼみは秀の手にすがって立ち上がると、秀の腕を引っ張った。
「秀ちゃん、たいへんや。ウチ、ゴハン食べてない!」
「あ、ほんまや。俺も食ってないわ」
今気付いたように、秀も呟く。
「もうっ。秀ちゃんのせいでゴハン食べれんかったやん」
「なっ、俺のせいか! おまえがぐずぐずしてるからやろ」
「ちゃうわ、絶対秀ちゃんのせいっ!」
言いながら、二人は走り出す。
お腹はへっていても、胸はいっぱいだ。
走りだした二人の手は、しっかりとつながれていた。