第十話 名誉の負傷?
秀は叩かれた頬を摩りながら、食堂に入った。広い食堂を見渡せば、たくさんあるテーブルの一つに、徹平たちの姿を見つけた。
そちらに近づいて行くと、徹平がこちらに気付いたのか、よっと手を上げた。
「あれ? 何や、ツボミは一緒やなかったんか」
「ツボミ? いや、会ってへんけど」
徹平に聞かれて、秀は香苗の隣に腰をおろしながら答えた。三人とも、もう食事は終えたようだ。テーブルの上には、紙コップに入った飲みかけのジュースが置いてある。
「あれ? ツボミちゃん、シュウ君に謝ってくる言うて、走ってったのに」
「え? そうなん?」
秀は右斜め前に座る夢花に顔を向ける。口元が思わず緩みそうになって、秀は慌てて表情を引き締めた。
そんな秀には気づいていないのか、夢花は頷く。
「そう。もうすっごい勢いで裏庭の方に行ったから、てっきり近道してシュウ君の教室行くんやわーって思ったんやけど」
ねえ。と、夢花は隣に座る徹平に同意を求める。すると、徹平も頷いた。
「そうやけど、なあ秀。おまえさっきから何で頬っぺたに手ぇやってんの? 歯ぁ痛いんか」
秀がずっと頬を手で押さえていたことに、気付いたのだろう。徹平が自分の頬を指差して言った。
秀は叩かれた経緯を思い出して、顔をしかめる。
「いや、まあ、ちょっとあって」
「分かった。あんたまた告白されて、こっぴどく振ったんやろ」
香苗が秀に指を突き付けた。秀はその香苗の腕を下ろして口を開く。
「またって何やねん。またって」
抗議するように言うと、香苗はにんまりと笑った。
「アタシが知らんと思ったら大間違いやで。あんた告白してくれた相手に対して、結構キツイ事言うて、よう殴られてるくせに」
「うっ、何で知ってんねん」
思わず口に出してしまい、失態に気づいて顔をしかめる。香苗はなぜか勝ち誇ったような顔をした。
「よう殴られるって、おまえ、そんなにようさん告られてるんか」
驚きの声を上げる徹平に、夢花が言う。
「知らんかったん? シュウ君けっこうモテるんよ」
「クールでかっこいいんやって。ただ、ぼうっとしてるだけやのになぁ」
からかうような口調の香苗を、秀は睨む。
「悪かったな」
「それにしても、どんな断り方したらそんな風に殴られるんや」
徹平が疑問を口にする。秀は顔をしかめた。
「殴られたんちゃう。平手打ちされたんや」
「結局叩かれてることに変わりないやん」
香苗のツッコミが入ったが、秀は無視した。
「いや、何や知らんけど。告白してくる子の中で、お前らの悪口言う子がおってな。ムカつくから、ついこう」
「いつもの調子で、グサっと冷たい言葉を吐くんやな」
「んで、逆切れされて、バシーンてやられるわけやね」
徹平と香苗が分かった風に頷きあう。本当のことなので、秀は言い返せない。
夢花がそんな秀を見かねたのか、声を上げた。
「ね、ねぇ。それより、ツボミちゃん。どうしたんやろうねぇ」
夢花の言葉に、三人は顔を見合わせる。昼休憩も、もう半分ほど過ぎている。
「俺、ちょっと探してくるわ。ついでに謝ってもらってくる」
その言葉に、徹平と夢花が顔を見合わせた。そのあと、なぜか二人は、含みのある笑顔で秀を見る。
「うふふ。いってらっしゃーい」
「ま、いろいろあるかもしれんけど、頑張れや」
何を頑張れというのか。
秀は徹平と夢花の態度を疑問に思いつつ、席を立った。
秀が食堂を出るところまで見送って、徹平が口を開く。
「ツボミ、また泣きながら俺のこと蹴りに来るんちゃうやろな」
「それは大丈夫やと思うで。なあ、ユメ」
「ねぇ。カナエちゃん」
うふふと笑いあう女性陣に対し、徹平は首をかしげるのだった。