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第一話 楽しい仲間

 春。

 青く澄んだ空が広がる、関西のとある町。

 川原に設置されているバスケットコートの中では、三人の少年少女がプレーしていた。

 真新しい高校の制服を着た野山つぼみは、パスを貰うと、ゴールに向かってボールを放った。

 ボールは弧を描いて、まるで吸い込まれるようにゴールに沈む。

「イェーイ、シューット!」

 つぼみは、ガッツポーズのあと、天に向かってブイサインを決めた。土手に座って、ゲームを観戦していた少女が、つぼみに向かって拍手する音が耳に心地よい。

「スリーポイントかよっ」

 つぼみの前で悔しそうに頭を抱え、コートに膝をついたのは長身の少年だ。そんな少年に、つぼみが声をかける。

「ふっ、ふっ、ふー。ウチの勝ちやなテッペー。約束通り、みーんなにジュースおごるんやで」

 にやにや笑いで言われた、テッペーこと小島徹平は、キッとつぼみと、その背後にいたもう一人の少女を睨む。

「ずるいわー。お前ら二人やん。俺ひとりやでー。負けて当たり前やん。な、ちょっとまけてや。ツボミぃ、カナエっ」

「何、男らしないこと言ってんの。俺に勝てるわけないやんか、二人でかかってこいって言うたの、あんたやで、テッペー」

 つぼみの後ろで、腰に手をあてて立っていた藤田香苗が、冷たい視線を徹平に送る。綺麗な顔立ちの香苗には、その冷たい表情が良く似合う。

 徹平は、去年までバスケットボール部のキャプテンをやっていた。それなりの自信があったのだろうが、二対一というハンデに加え、香苗は元女子バスケットボール部のキャプテンであり、つぼみは副キャプテンだ。一点でも入れたらジュースをおごるというのは、どうやらハンデのやりすぎだったらしい。

 つぼみは、背の高い香苗を見上げて、にんまりと笑う。

「むふふー。そうやんな、そうやんな。さっ、テッペー。約束は約束や」

「もう、しゃーないなー」

 徹平が立ち上がりながらしぶしぶ呟く。

 そんな徹平から視線を外し、つぼみは、土手に座って三人の対戦を観戦しているはずの、残り二人の姿を探す。

 土手の斜面に座り、一人の少女がこちらに向かって手を振っている。その子に向かって、おごってくれるってーと叫んだあと、つぼみはもう一人が、こちらに背を向けていることに気づく。

 ん? 背?

 観戦しているはずの人物が、なぜこちらではなく土手を向いてしゃがんでいるのか。

 そんな疑問が頭をよぎった瞬間、つぼみは脱兎の如く走り出した。

 少年の背に向かって、ダイブするように飛びつく。

「秀ちゃーん」

「グェッ」

 蛙が潰れたような声が、少年の口から洩れる。つぼみが全体重をかけて、男子生徒の背に抱きついたのだ。それも走った勢いのまま飛びついたのだから、かなりの衝撃だったことだろう。

 つぼみは、平均より身長が低く、体重が軽い。それがせめてもの救いか。

「おっまえは、オレを殺す気かっ」

 言葉の後半で秀ちゃんと呼ばれた少年、栗原秀くりはらしゅうは腕をあげた。抱きつかれた勢いで前かがみになった体を後ろにそらすように動く。つぼみはバランスを崩して尻もちをついてしまった。ショートカットにした、茶色い髪が揺れる。斜面なので、後ろに転がらないように、慌てて手をついた。

「んもうっ、急に動かんといてよー」

 つぼみが文句を言うと、秀が冷たい視線を送ってくる。

「それはこっちのセリフや。急に抱きつくな。死ぬか思ったわ」

 疲れたように、秀が言う。つぼみは頬を膨らませた。

「だってー。秀ちゃん見てへんかったやん。めっちゃ完璧なスリーポイントシュート決めたのにー。板に当たらんとスポッて入ってんでぇ、スポッて」

 文句を言ったつぼみの横から、可愛らしい声が降ってきた。

「ツボミちゃん、足、足閉じなきゃ」

 言われてみれば、尻もちをついた勢いで、思い切り足を開いて座っていたようだ。注意をくれた相手を見上げると、声に似合う可愛らしい顔が目に映る。先ほど、土手に座って手を振っていた少女だ。

「ユメちゃん。だーいじょうぶやって。ちゃーんと短パンはいてるから。ほれ」

 と言って、つぼみはスカートをめくって見せた。スカートの下には体育の授業にはく短パンが見える。

「ツボミちゃん……」

 恥じらいもへったくれもないつぼみの行動に、ユメちゃんこと中井夢花なかいゆめかは、頬をひきつらせて額に片手をあてた。

「ツボミー。おまえはほんまに女か」

 背後から聞こえた声に、つぼみは顔を向ける。徹平と香苗が、土手に上がってくる姿が目に映った。

 つぼみに、秀。香苗と徹平と夢花は、小中高一貫教育の学校に通っている。この春、晴れて、高等部へ進学した五人は、小学生のころからの仲間だ。こうやって、暇があると五人で遊んでいる。今日も、進級式が終わったあと、ここに遊びに来たのだ。

 徹平と香苗がつぼみのもとまでやって来たのを見計らい、つぼみは口を開いた。

「何よー、女かってどういう意味や。こんなに可愛くって清楚な美少女が男なわけないやん」

 頬に手をあてて、可愛らしさをアピールしてみる。

 先ほどまでつぼみとペアを組んでいた香苗は、目を細めてつぼみを見下ろした。

「男の前で、スカート平気でめくる子のこと、世間では清楚とは言わんのよー、ツボミ」

「ふーんだ。黙ってれば清楚系やって近所のおっちゃんに言われてんもん」

 そんな科白を吐いたつぼみに向かって、思いっきりスカートの中を見る羽目になった秀が呟く。

「黙ってればって、黙ってられへんくせに」

 派手ではないが、整った顔立ちを顰めた秀に向かって、つぼみは唇を尖らせた。

「もー。うるさいわっ。……なあ、そんなことより、秀ちゃん何してたんよー。ウチの華麗なるシュートより気になったもんって何?」

「いや、これ。こんなとこに咲いてるん、珍しいなと思って」

 秀はしゃがんだまま、つぼみに背を向けた。つぼみは秀の背後から、覗くようにして秀が示しているものに目を向ける。

 その周りに、徹平たちも集まってきた。

 秀が示した先に、とても小さな花が咲いている。白い花が縦に、いくつか並んでいる。まるで鈴が垂れ下がっているような姿の、可愛らしく、華奢な花だ。

「わぁ、可愛いお花」

 夢花が呟いた。

「何でこんなとこに」

「風で種が飛ばされて来たんとちゃう?」

 徹平に続き、香苗が口を開く。

「なんて花やったっけ?」

「はいはいはーい。ウチ知ってるっ」

 徹平の問いに、つぼみは勢いよく手を上げた。近くに顔があった徹平が慌ててよける。持ち前の反射神経が発揮された瞬間だった。

「おっまえ、あぶねーな」

「ほえ? 何がよ」

「何がよって……まあ、いいわ。そんだけ勢いよく手ぇ上げるんやから、ちゃんと分かってるんやろうな。その花の名前」

 徹平は、スポーツマンらしいさわやかな顔に、疑いの表情を浮かべている。つぼみは、ブイサインを徹平の眼前につきつけた。

「まかせてや。これはなぁ。すずらんって言うねんで。な、秀ちゃん」

 秀の背に抱きついて、顔を覗きこむようにすると、秀は出来るだけつぼみから離れようとしながら口を開く。

「そうやけど。いちいちくっつくなや、顔近いねん」

 秀の反応に、つぼみは秀から体を離して頬を膨らませた。膝立ちして、腰に手をあてる。

「もうっ。何よ。ウチを病原菌みたいに」

 いや、そう言うことやない。

 と、この場にいた、つぼみ以外の全員が思ったのだった。



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