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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

勇者の力を奪われたので。

作者: *bank*


 この世を絶望が支配する世界にしようと魔王が現れて数百年。

 人々は更に凶暴化した魔物が蔓延る森にも、大海獣が生息する海にも慣れて順応していき、魔王に対抗できるだけの力を持った人物が出てくるのを待った。

 そして、遂に女神から奇跡の力を授かった人間が現れ、魔王を倒すための旅に出たのだ。


 四人の仲間を連れて……。


 という話が魔王の耳に入る前に、勇者として選ばれた俺は授かった全ての力を仲間に奪われていた。


 ◆


 「うおああああ! ちょ、助け、助けてー!」


 薄汚れた白い体を持つスケルトンが振るう剣が、俺の横を通り過ぎて行く。

 ボロボロで刃こぼれしまくりの剣なのに骸骨が振るっているというだけで恐怖を与えてくる。

 

 ああ、くそ。ちょっと硬い物に当たれば折れそうな見た目なのに、どうしてまだ折れないんだよ!


 心の中で悪態を吐いても何も現状は変わらないって分かってる。

 けど、武器も無く、防具も無い俺が一体の魔物を相手に何ができるって言うんだ。

 やっぱり何かしらの道具くらいもらっておけば良かったかなぁ……。


 「って、うおちょ! ―――うべ!」


 誰だ、こんな所にリンゴを置いてたのは! 転んじまったよ!

 って、俺がさっきまで食べてたやつじゃねえか。

 そういや休憩中に急にスケルトンが現れるもんだから、いつもの癖でついその辺に投げたんだよな。

 近くにあると邪魔だと思ったからなんだけど、まさかコレで滑ってしまうとは……まあ、おかげで剣を避けれたから良しとしよう。


 「……でも、この危機的状況は変わってないんだよな」


 上段に構えられた剣は、次こそ俺に当たれば折れてしまうだろう。

 そのボロボロの剣身の耐久力もいい加減、限界のはずだ。

 俺の命を奪うのと同時にその役目を終わらせるんだろうなぁ。

 案外、短い人生だったな。俺の人生も。

 勇者になったり、皆からの期待に答えようとしたり、仲間に裏切られたり……色々あったなぁ。


 ―――って、こんな人生で終われるか!

 最後のやつはダメだろ! 裏切られた後に死ぬとかどんな最悪な死に方だよ!

 ダメだって、こんな人生!


 こんな風に沢山の事を一瞬で考えられるのも死ぬ直前だからか?


 「これ、終わったな」


 狙いを定めた剣がゆっくりと迫ってくる。

 やっぱり危機的状況すぎて世界がゆっくり見えるようになっちゃってる。

 こりゃ面白い。

 俺もゆっくり動くから避けることはできないけど、よく見ることはできる。


 結構、体の方にもヒビとか入ってるんだな。


 そんなどうでもいい事を考えた時、骸骨の体が目の前から爆発とともに消え去った。


 「―――どわぁ!」


 二転三転、爆風で転がっていく。

 このまま森の外まで出られないかな。


 「ぐぇ!」


 木に頭が当たった。

 すごい痛い。勢いよく木に頭をぶつけるとこんなに痛いのか……って、落ち着いてそんなこと考えてる場合じゃねえ!

 誰だ、スケルトンを倒したのは!?


 「あのー、大丈夫ですか?」


 「お、おぉ……」


 そこにいたのは、黒いローブととんがり帽子が似合う一人の女の子だった。

 水色の瞳が少しだけ帽子のつばから覗く彼女は、自分よりも大きい杖を持っていた。


 ◆


 場所は移動して、森の外にある小さな町へと来た。

 移動中に聞いた話によると彼女は森で魔物の討伐をしている時に俺の声が聞こえたから、一応確認のつもりで来たらしい。

 やっぱり助けは呼んでみるものだな。


 それで聞こえた場所に行ってみると俺がスケルトンに殺されかけてたから助けてくれたと。

 世の中、捨てたもんじゃないな。

 裏切る仲間がいれば、助けてくれる他人がいるなんて……。

 まだ人生を諦めるのは早いかもしれない。


 「いやー、ほんと助かった!」


 残り少ないお金を使って冒険者ギルドの酒場で飲み物を奢る。

 今の俺にはこれぐらいしか、お礼としてできる事がない。


 「別にいいですよ。冒険者は助け合いですから」


 なんて優しい子なんだ。

 俺より年下のように見えるけど明らかにあの旅の奴らよりいい人だ。

 帽子のつばで隠れてよく分からないけど、見える口元の感じからしてちょっと無表情過ぎるのが寂しいけどね。


 「でも、あんな無防備な状態であの森にいたら自殺するようなものですよ」

 「ぐぅ……っ!」


 そこについて触れられると苦い記憶を思い出してしまう。

 

 「ま、まあちょっと調子に乗ってたなって反省してます」

 「……」


 無言で見つめるのは止めてくれ。

 というか、もう話すことがないぞ。

 ここはお互いのためにも離れた方がいいな。

 今度、お金がある時に偶然会ったりしたらまたしっかりとしたお礼をしよう。


 「そ、それじゃ……」

 「……」


 俺が立ち去っていくのを黙って見つめてくる少女。

 そんなに見ないで欲しい。

 勇者としての生活で見られることには慣れてるけど、そんなにジッと俺だけを見られることなんて滅多になかったんだ。

 基本的に俺以外の奴らが美形ばかりだったから、皆そっちを見てたんだよぉ。

 うおお、なんか落ち着かねえ。


 「勇者」


 ドキッとしてしまう様な単語が彼女の口から聞こえてきた。

 なんだ、どうして急にそんな事を言ったんだ。

 まさか俺が勇者だなんて知ってるわけじゃ無いよな?

 今までにこの町には来たことはない。

 訪れたのは今回が初めてだ。

 それなのにどうして急に……。

 冷や汗が止まらねえ。


 「見たことありますか?」

 「え?」


 し、質問?

 ただの質問をされてるのか、俺は。

 なんだ良かった……。

 てっきり勇者としての俺を知ってるのかと思っちまった。

 ま、考えてみたらそんな事ないよな。

 いつも人が多いところだと他の奴らに注目が集中してたから、俺が勇者だなんて覚えてる人は少ないだろう。

 ていうか、いないかもしれない。

 ……それは悲しいな。


 「どうしたんですか?」

 「あ、ああいや……。そうだな、勇者か。……見たことないなぁ」


 ここは見てないってことにしておこう。

 そうすれば色々聞かれたりしてボロを出す可能性も減るしな。


 「そうですか」

 「じゃあ、これで本当に……」


 少女がこれ以上何か言ってくる前にギルドを出ようとする。

 が、一つ大事なことを忘れていたのを思い出した。

 冒険者登録してねえ。

 勇者として旅をしていた頃は、国からの支給とか勇者としての身分とかがしっかりしてたから良かったけど、今の俺はただの一般人だ。

 これから金を稼いでいくためには戦いしか知らないんだから冒険者をやっていくしかねえ。

 てか、こんな怪しい俺を雇ってくれる所なんてないぞ。


 「……」


 見られてるけど、そんなの関係ねえ。

 気まずいのはさっきから変わらないんだ。

 帰ろうとしてた俺が回れ右したのを凝視してきても気にするだけ無駄だ。

 よし、早速登録しに行こう!

 

 「あ」


 ギルドの入口へと向けていた体を回れ右した時に気づく。


 「……どうしたんですか。回ったと思ったら立ち止まったりして」

 「ぼ、冒険者登録ってどうするの?」


 俺の発言を聞いた少女は一拍置いて。


 「え、冒険者じゃないんですか?」


 無表情から少し驚いたような表情へと変わった。


 ◆


 勇者の力を授かった一人の男を筆頭に組まれた勇者一行。

 その道中は決して楽なものではない。

 けれど、人類の平和のために今も頑張っている。

 勇者だった男が抜けた四人で―――


 「おい! なんださっきの戦いは!」


 そういって怒鳴っているのは濃い金色の髪を持ち、現在の勇者一行で新勇者として旅をしている男。

 勇者を輩出した王国の第二王子クレストンである。

 王族でも随一とされる魔法の腕を持ち、今回の魔王討伐の旅に同行したのも周囲の推薦があってのことだという。

 そして、そんな彼が怒っている相手は同じ仲間の他の三人に対してだった。


 「そんなに怒るな。私たちは全員戦えるんだ。だったら魔獣の一匹や二匹、自分で対処できるだろう?」

 「そういう問題じゃないんだよ! 魔法使いは後方で余裕綽々と戦うのがカッコイイって話だ!」


 一人は赤い長髪を後ろで一つ結びにした双剣の剣士。

 同業者の中で彼女を知らない者はいない程の実力を持った冒険者だ。

 二本の剣を自由自在に振るい魔獣を狩っていく姿は、その凄まじさを見た他の冒険者から猛獣と表現されている。

 そして、付けられた二つ名は―――二刀の猛獣イリス。


 「余裕綽々って……君からは想像出来ない姿だね。さっきの姿なんて呆れちゃうくらい真逆だったじゃん」

 「な、なんだと! アレはお前たちがちゃんと戦わないからだろ!」


 腰に手をやりながらクレストンへと言葉をかけたのは藍色の髪を動きやすいよう短くした格闘家。

 王国のみならず周辺国家を含めた各国から集まった格闘家たちが頂点を決める大会において、史上最年少記録を樹立するのみならず連続六連覇を達成している。

 まるで闘いを楽しむかのように技を繰り出し相手を倒す姿と六度も大会を優勝した彼女は、彼女を見た者たちから女王と云われている。

 格闘界で知らない者はいない―――小さき女王エル。


 「もしかして、まだ自分が誰かに守ってもらえると思っているのですか? 此処にはもう貴方を常に守ってくれるような騎士の方々は居ないんですよ」

 「……そんな事は分かってる! 俺が言いたいのは魔法使いに敵が来ないようしっかり動けってことだ!」


 近くの石に座って休憩していた女が口を開く。

 クレストンとは真逆の薄い金髪を伸ばした彼女は、王国の教会で人々に慕われている神官だ。

 普通、魔法使いでは使うことが出来ない回復魔法という希少な魔法を使うことが出来る優秀な回復師としての役目を旅の中で担っている。

 そして、他にもナイフを使った戦闘が得意という事も彼女がこの魔王討伐の旅に同行している理由の一つだ。

 その周囲の人々の傷を癒し哀しそうな瞳をしながらも敵を倒していく姿は、彼女に救われ助けられた人たちから聖女と呼ばれている。

 ナイフを手に戦場を駆ける神官―――戦う聖女マリシア。


 「それって結局ボクたちに君を守れって言ってるのと同じじゃないか。何も分かってないなぁ」

 「私たちも最低限、魔法使いであるお前に敵が行かないよう努めているが、それでも敵は来るんだ。次、今回のような無様な姿を晒したら死ぬと思え」

 「やっぱり心構えは大事だと思いますよ。何時だって戦える状態でないと危ないですよ?」


 仲間である三人からの散々な言われように頭に血が上っていくクレストン。

 これまでの人生で彼は他人から注意や説教などを数える程しかされた事がない。

 そして、そのどれもを言ってきた人間を難癖つけて牢へとぶち込んできた。

 そんな彼が自分を馬鹿にした発言を許せるはずがなかった。

 たとえそれが共に旅をしている仲間であっても。


 「うるせえ! お前らは黙って俺の言う通りに従ってれば良いんだよ! 俺は、あの偉大な王国の第二王子で、魔王討伐を果たす勇者・・だぞ!」


 顔を真っ赤にしながら声を荒げたクレストンを他の三人は黙って見つめる。

 決して彼の怒っている姿に怯えてではない。

 クレストンが怒っているのなんてもう見慣れている。

 彼女たちが黙ったのは彼が発したある言葉の所為だ。


 「勇者・・ねぇ……」

 「なんだよ」


 エルの何か言いたげな冷たい視線にイラッとするクレストン。

 彼にとって自分に従わない者は王族以外気に食わなかった。

 だから、この旅で彼女たちが自分に反抗し意見してくるのさえも癪に障った。

 

 「……貴様は、本当に自分を真の勇者と思っているのか?」

 「当たり前だろ。俺が勇者じゃなくて誰を勇者って言うんだよ!?」

 「では、あの方はどうだったのでしょう?」


 マリシアの言葉に一瞬、固まってしまうクレストンだったが、すぐにニヤリと口角を上げて不遜な態度をとった。

 町や村などで何度も目にする周囲を見下した様子を皆が冷めた様子で見る。


 「ふん! いい機会だ。ここらで真実を教えといてやる」

 「真実とは、なんでしょう?」

 「お前たちの記憶の中にいる勇者だった野郎はな、俺から先に勇者の力を奪ったクソ野郎なんだよ!」

 

 クレストンが放った言葉に何も言えなくなる三人。

 だが、エルは他の二人に比べて早く気を取り戻し、彼へと呆れた風に聞き返した。


 「……は? 君、何言ってるの?」

 「そのまんまの意味だよ。いいか? 勇者の力を女神から授かる儀式ってのはな事前に器となる人間を用意しとかないといけねえ。それで選ばれたのが俺だったんだ。長い間準備をしてきた儀式だったからよ、俺だって楽しみにしてたんだ。なのに……、なんの偶然か知らねえがな! 俺が手に入れるはずだった勇者の力をその辺歩いてたアイツが手にしやがったんだ! だから、俺はアイツから力を取り返す時を待ってたんだよ! この旅の間ずっとな……」

 「それで、奴から力を奪ったのか」

 「ふん! 返してもらったんだよ」


 勇者の力は他の者には想像出来ないほど凄まじい。

 驚異的な自然治癒力や光の剣を生み出せる等のみならず、他にも多くの力が存在する。

 そして、クレストンはこの力があるからあの憎き男が眼前の女達に好意を持たれていたのだと判断していた。

 一週間ほど前、彼が勇者の力を奪うまでに何度も元勇者と三人の中の誰か一人が何処かへ消えていくのを見ていた。

 その度にいつもあの男を殺してやりたいと思っていたのだ。

 だが、結局は生かしたままにした。

 あの日、力を奪った時に感じたとてつもない全能感に酔いしれていた彼は、まるで慈悲を与えるかのように男が去っていくのを見逃した。

 これで自分がこの三人を手にできると思っていたのも理由の一つだが。


 「でも、どうして先に言わなかったんだい? そうすればあの日喧嘩なんてしなくてすんだかもしれないのに」

 「そんなの決まってるだろ。もしアイツの耳にこの話が入ったら何をされたか分かったもんじゃない」

 「あ、恐かったんだ」


 ピクっと片眉が反応するクレストンだったが今までのように怒ってしまうこともなく、その顔に笑みを浮かべた。


 「まあ、いい。あの強大な力も今じゃ俺の物だ。いいか、お前ら。今までの言動は許してやる。だが、これからは俺の言ったことに全て従え。逆らうなよ。もし逆らったらどうなるかはお前らもよく知ってるよな?」

 「なるほど。脅しか」

 「そう思いたければ思え。じゃあ、早速……お前たちがアイツにしてた事と同じ事を俺にもしてもらおうかな」


 その言葉に先程までなんともなさそうにしていた三人の表情が変わった。

 困っているような焦っているような表情へと。

 そんな彼女たちを見てクレストンはほくそ笑む。

 ああ、遂に俺はこいつ等を自分の物に出来るのだと……。


 ◆


 「いやー、今日の依頼も無事達成できて良かったな!」


 人が行き交う通りを仲間と一緒に歩く。

 この町に来てから数週間が経過した。

 はじめは慣れない冒険者生活に苦戦する事も多かったけど、そこは仲間である魔法使いの少女が助けてくれた。

 やっぱり持つべきものは優しい仲間だ。


 「そうだね。私も一人でやるより楽だし安全」


 隣を歩く魔法使いの少女リーヤが返事をくれる。

 あまり沢山喋るような性格ではないが、一応こっちから話しかければ答えてくれる。

 表情に感情が出ないのは変わらないけど。


 「俺も前の仲間と比べたらリーヤとの方が気楽でいいなあ」

 「前の仲間?」

 「気になるか?」

 「うん……」


 食いついてきたリーヤへと話すかどうか迷う。

 結構個性的な仲間だったから俺が元勇者ってことがバレてしまわないか不安だけど、名前とか色々と具体的に言わなければ大丈夫かな?

 というか、リーヤも勇者が魔王討伐の旅に出てるって話を聞いてるだけで何人いるとかの詳しい話は知らないんだもんな。

 だったらバレることもないか。


 「そうだなー。前の仲間は結構凄かったぞ。男の方はイケメンで格好良かったけどいつも俺を睨んできてたし、女の方は、一人は生き物を斬るのが好きらしくてなー。時々、俺の体が丈夫だからって理由で鍛錬の中で斬られてた。もう一人は、殴ったり蹴ったりするのが好きでな。一人目と同じでよく殴られてた。で、最後の一人が血を見るのが好きな奴だった。他の二人同様、刃物を使って切られてた……って、よく考えたらこんなの聞きたくねえよな」


 なんで俺、こんな内容の話を会って間もない少女に聞かせてんだよ。

 しまったな。

 これは早速、優しい仲間を失うハメになるぞ。


 「そう。……大変だったんだね」

 「えっ」


 そっと握られる手に驚く。

 予想外な反応に思わず隣のリーヤを凝視してしまう。

 どうして手を握られてるんだ俺は。

 今の話の中で俺が可哀想だと思われるところがあったのか。

 言っちゃなんだがあんな内容の話をサラッとしてるあたり、俺もそんなに気にしていないんじゃないかと受け取られてもおかしくないぞ。

 なのに、リーヤは俺が頑張って話していると思って彼女なりに俺を慰めようとしてくれているのか。

 ああ、なんて優しい子なんだ。

 実際はそんな生活に慣れてしまってただ諦めていただけなのに……。


 「ありがとうなリーヤ」

 「うん」


 此処は魔王討伐の旅からは逆方向と言ってもおかしくない位置にある町だ。

 だから、奴らがこの町に来る可能性は低い。

 もう会うこともないだろうけど、俺から力を奪ったクレストンには頑張ってもらおう。

 今の俺には勇者の力が無いからアイツ等の欲求を満たしてやる事も出来ないしな。

 というか、寝ていた俺から力を奪ってまで勇者になろうとしたんだ。

 きっとクレストンもああいうのが好きなんだろう。

 今頃は邪魔な俺が居なくなってアイツ等もイケメンと仲良くやってるはずだ。

 

 「あれ、でもそう考えるとイケメンとの旅の中に俺みたいな奴がいたから邪魔だと思ってあんな事してたのか?」


 もしそうだとすると、力を奪われて正解だったな。

 しかも全員が寝ている間に奪って、他の奴らを起こす前に俺を逃がしてくれたクレストンは案外良いやつだったのかも知れない。

 普段は不遜な態度ばっかりとって仲良くできる気がしなかったが照れ隠しだったのかも知れないな。


 「聞いてる?」

 「え?」


 考え事をしていたら何度も袖を引かれていたことに気づいていなかった。


 「……今日は何処でご飯食べる?」


 少し不機嫌そうな声で今日の晩飯の事を聞いてくるリーヤに、冷や汗を流しながら返事をする。


 「う、うーん。そうだなー、昨日は東側に行ったし今日は西側に行ってみよう」

 「あっちも美味しいお店あるよ」

 「リーヤが言うなら安心だ」


 今日の飯代は俺が払うことになりそうだ。

 

 ◆


 人の気配が全くしない森の中。

 一人の男の悲痛な声が聞こえる。


 「ど、どうしてこんな事をするんだよ! 俺がアイツから力を取り返したからか!?」


 男の名はクレストン。

 第二王子であり勇者の力を持った魔法使い。

 だが、その体は傷跡や痣でボロボロだった。


 「まあ、ある意味当たっている。貴様がその力を奪い、アイツにしていたようにしろと言ったからこうなっているのだからな」

 「ふ、ふざけんなよ。誰が斬ったり殴ったり刺したりしろって言ったんだよ!」

 「君じゃないか」

 「うべえ!」


 横から振るわれた拳をもろに顔面に受けて転がっていく。

 二転三転として転がっていった先には聖女マリシアの姿があった。


 「ひっ!」


 だが、今のクレストンには彼女が皆に慕われている聖女には見えなかった。

 その手に持ったナイフが転がったまま横になっている自分の腕へと傷をつけていく姿を見ているから。


 「や、やめろ!」

 「大丈夫ですよ。すぐに治しますから」


 そう言ってすぐにつけられた傷は治っていく。

 いつもそうして優しい笑顔のまま傷をつけられては血を流し、回復魔法で治される。

 そしてまた傷をつけられるのだ。


 「くそ、くそお!」


 必死の形相でマリシアの近くから離れようとしたクレストンは数歩分離れた所で何かにぶつかってしまう。

 そこら中に鬱蒼と生えている木ではないことを理解した彼は、勇者としての力を使う事も忘れ恐る恐る後ろを振り返る。

 すると、そこには二つ名の通り二本の剣を持ったイリスの姿があった。


 「さあ、剣を作り出せ。そして、私と戦え」


 二刀の猛獣と恐れられる彼女に王族一と呼ばれる魔法使いが剣で敵うはずがない。

 逃げようと横に走ろうとした彼を上から押さえつける者がいた。

 後ろに立っていたイリスでもナイフを手にしているマリシアでもない。


 「ダメだよ、逃げちゃ」


 その小さな体のどこにそれほどの力があるのか。

 鍛えているはずの男であるクレストンは自分を全く動けなくするエルに、いや此処にいる三人に恐怖を感じていた。

 こんな三人を彼は知らなかった。

 これほどの仕打ちを旅の間あの男が受けてきたのを彼は知らなかった。


 ◆


 「やっぱりボクは彼がいいなー」

 「そうだな。コイツだとすぐに気絶してしまう」


 そう言ってイリスが見やるのは地面に突っ伏したまま気絶している現勇者クレストンだ。

 今はそのボロボロの体をマリシアの回復魔法によって治している。

 本来、勇者の力の一つとして驚異的な自然治癒力があるのだが、今はまだ彼の体に力が馴染んでおらず発動していない。

 そのためこうしてマリシアが回復を行っていた。


 「けど、彼はもういないんだもんなー。何処に行ったかも分からないし」

 「せめて居場所が分かればコイツを連れて行って力を戻させるんだがな」

 「あれ? 戻すことって出来るの?」

 「奪うことが出来たんだ。だったら戻すことも出来るだろう」


 二人の会話を耳にしていたマリシアは、回復を終えたのかゆっくりと立ち上がる。

 その顔には正しく聖女らしい優しげな微笑みを浮かべて。


 「でしたら、新しい仲間を探すという名目であの方を探しに行きましょう」


 マリシアの提案に一瞬、固まってしまった二人だがその意味を理解するとすぐに笑顔で答えた。


 「おお、いいね! やっぱり彼は必要だしね」

 「ならば、早速アイツが居なくなった町まで戻ろう。恐らくは私たちの進行方向とは別の方へと向かったはずだからな」

 「そうですね。あの日の夜、あの方に似た人が別の町へと向かうのを見たと言う人も居たので」


 二人の承諾を確認したマリシアは、イリスにクレストンを担いでもらうよう頼み、森の出口へと向かい始める。

 

 「……ああ、待っていてください」


 僅かに朱に染まったように見える頬へと手を当てながら―――


 ◆


 食事を終えた元勇者の男は、酒も飲んだことで睡魔が襲いかかりその場で突っ伏して寝てしまった。

 騒がしい店内で静かに寝息を立てる彼の姿をリーヤは黙って見つめる。

 その顔には普段見ることができない様な微笑みを浮かべて……。


 ああ、やっぱりカッコいいなぁ。

 何度見ても飽きることのないこの寝顔。

 今日だって隣から見上げることで見えるあの凛々しい横顔。

 戦ってる時に見られる真剣な表情。

 他にもアレもコレも……もう、全部好き!

 ああ、好きです。

 あの日、勇者としての貴方を見たときからずっとこの想いは変わらない。

 これまでの旅の事も大半の事は知ってる。

 これからの人生なんて全部知れる。

 この立場は誰にも譲らない。

 私だけのもの。

 貴方も誰にも渡さない。


 等といった事を考えながら眼前の男の頬をぷにぷにと(つつ)く。

 元勇者の男は知らない。

 共に旅をしてきた元仲間たちも癖があったが、この新しい仲間にも癖があることを。


 「……私だけの勇者」


 果たして座っている位置は光が当たりにくいせいなのか。

 そう言った彼女の瞳には光が無いようにも見えた―――。


 まだ、男の旅は終わらない。

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― 新着の感想 ―
面白かったですヾ(≧▽≦)ノ 出会った少女は女神だろうなぁって思ったら、同じこと書いてる方がいたww 口ぶり的にずっと勇者を熱愛的に監視してるヤバい女神!! ヤンデレというかある種のストーカー。 ん…
[良い点] とても好き
[一言] ヤンデレ好き 簡潔にまとまっていていいですね 短編ならではのスピード感を引き出してる作品だと思いました
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