第一巻 強制退場5
「ハロー。グーテンターク。ボンジュール。ブオンジョルノ。オラ。オラ―。メルハバ。ズドラーストヴィチェ。ニーハオ。チャオアィン。サワッディーカップ。アンニョンハセヨ。スラマットスィアン」
気付いた時、目の前には奇妙なカボチャが立っていた。
いや……カボチャというよりカボチャのピエロといった方が正しいかもしれない。
オレンジのカボチャピエロ。だが、ハローウィンでお馴染みのジャックオランタンではない。落書きだ。子どもが描いたといっても納得できる落書きが顔となっていた。
赤、青、黄、緑、ピンク、茶、黒、白と目がチカチカしそうな色の服を身に纏うカボチャピエロ。しかも
、カボチャピエロの服から出て見えるのは人間の肌……ではなく、人間の骨らしきものがカタカタと音を立てながら動いているではないか。
カボチャにピエロに服に骨って、気付いて数秒でもう俺の視覚情報網がパンパンになっている中、カボチャピエロはひょろ長い身体で優雅にお辞儀をしてきた。その落書きの口から発せられる言葉は、所々聞き覚えのあるものから外国の挨拶の言葉であろうことだけは何とか理解できた。
「え、何、……何処?」
冷静にカボチャの姿を分析したように見えて、混乱している。
何処だ、此処は―――?
暗い―――?
自分は何故ここに―――?
夢か―――?
でも、自分の足は地にしっかりと着いている感覚はある。空間が真っ暗過ぎて、果たして地と表現していいのか分からないが……。試しに自分の手を目の前で合わせて、ついでにコスに合わせても手と手の感覚が両手に感じ、摩擦により熱が生まれる。ベタな方法でもあるが、頬をペチペチ叩くと叩いた衝撃分の軽い痛みを感じる。
つまりは、現実―――?
現実の中、自分は訳の分からない場所にいる―――?
「おやー日本語ですねー。では、日本語でお話ししましょー」
「え、あぁ、日本語?……あぁ、俺、日本人、です」
俺が日本人だと分かった瞬間、落書き顔はニッコリと笑った。しかし、周りの真っ暗さと訳の分からない状態に追い込まれている俺にとってはそのにっこり落書き顔は不気味、としか受け入れることが出来なくて小さく肩を跳ねらせた。
何だ何だ何だ―――!?
視覚情報整理と身体の確認は終えた。そしてずっと正しき思考回路が停止、または混乱していた脳内はカボチャピエロの顔により、一気に恐怖と不安に染め上がっていった。
俺は普通にバスの中にいたはずじゃ――!?
自分より頭一つ分ほど大きいカボチャピエロに見下ろされながら、必死にいままでのことを思い出す。その間もカボチャピエロは俺から目を離すことなくジッーっと見つめてくるが、こちらも怖いとはいえ、こいつが安全なのか全くわからない状態で目を離すわけにはいかない、と本能的に見つめ返していた。しかし、心臓は素直なもので、見つめ合っている中でもバックンバックン!!と相手にも聞こえるのではと錯覚するような大きな音を立てている感じであった。
思い出せ―――!
そう!俺は、普通に学校から帰っていた!帰っていたんだ!
いつもの時間のバスに乗って、いつも通りにゲームで遊んで!
それで……それで―――!!
「そうだ……急に大きな音が聞えて、人が目の前で飛んで……、何かに、大きくぶつかった音がして……!?」
え、―――?
それじゃぁ、俺って――――?
必死に思い出した先にあった答え。
自分自身から血の気が引いていく感覚がした。唇が冷たくなっていく感覚だ。
きっと、顔は蒼く……真っ青になっているだろう。
分かってしまった。
自分に降りかかった現実は寒気と恐怖と絶望と。
「俺……死んだの……?」
思い出さない方が幸せだった―――?
しかし、必死に思い出した記憶は次々と勝手に思い出していく。
大きな衝撃により、身体が強く叩きつけられた痛みも。頭を何処かにぶつけてクラクラした気持ち悪さも。目の前で車内の窓が割れる音も。人が容赦なく横に飛んでいく風景も。外から聞こえる救援を呼ぶ声も。怠くてだるくて仕方なくなる感覚も。目を開く力すらなくなっていく脱力感も。
清明だった景色が段々霞んでいき、最後には真っ暗になる視界も全部。
フラッシュバック―――。
思い出される――――。
そう、あの時、間違いなく自分は事故に巻き込まれた。
巻き込まれてしまった。
人生が終わってしまった――。
意味も分からない世界に、意味の分からない生き物。
意味が分からない――、それだけでも十分な恐怖になります。
人間は自分の理解が追いつかないもの、または理解から抜け出たものは、
全て「恐怖」の対象にするんだろうなぁと思います。