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美しくも脆き世界  作者: 乃蒼・アロー・ヤンノロジー
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最終巻 さようなら。自分勝手で理不尽な、世界と彼女と神々よ。α……再編集:2025/04/09

 

「フザんなよ!!!」


 目の前が真っ赤になった。

 瞬間怒りが湧き上がり、固く握った俺の拳が未だ目を閉じる蒼の顔面を目掛けて大きく振りかぶった。


「ごめんね」

「――ッつ!!」

「マコト兄ちゃん!!」


 だけど拳が到達することはない。俺の身体は衝撃波によってそのまま後方へと吹き飛ばされ、ハルトが叫ぶ。身体が叩きつけられるまで忘れていた。蒼には攻撃なんか全く通用しない。そんなことも忘れる程に冷静ではいられない俺は衝撃で開いた頬の傷から流れる血を服で拭いながら蒼を睨み付けて吠えた。


「どうしてだよ!! 言ってたじゃん!! アイツ倒せば全部元通りになるって!! みんな帰れるって言ってたじゃん!!」


『じゃぁさ。此処の世界の神様倒せば俺も皆も帰れるわけ?』

『……そうだね。皆、元の場所に帰れるね』


 あの夜。宿屋でこの旅の終わりの結末を訊いた時に蒼は「帰れる」と答えた。それを忘れたとは言わせない。その答えがあったから俺は希望を持てた。だから、みんなに「元の世界に帰ったら何をしたいか」と訊きながら旅を続けてきたんだ。


 佐助(さすけ)に約束した。

 教官に約束した。

 先生に約束した。


 クオに約束した。


 また必ず会おう、と。


「みんな何処だよ!! 返せよ!!」


 睨みつけているというのに開いた蒼の目に怯えなんてまるでなくて。「お前なんか怯えに値しない」と言うようなその態度にますます感情が爆発していくのがわかる。


「返せったら返せ!!」

「キミも知っているだろう? 彼らが此処に来た理由。此処に呼ばれる条件を」

「返せったら!! 嘘つき!!」


 俺はひたすら「返せ」と叫び続ける。


 周りに転がり落ちている短刀やグローブといった旅の道具を……消えていった人たちが残していったものを我武者羅に拾っては数々の暴言と共に蒼へと向けて投げていく。だけど、絶対に届かない。その小さな身体に当たる前に見えない壁に阻まれて衝撃波によってこちらへと跳ね返ってくる。

 物を投げることは俺にとって危険な行為なのはわかっている。だけど、止めない。


「返せって!! 裏切者!!」

「あの世界を捨てることで……彼ら自身が自分の死を受け入れることでこちらの世界に来ることをキミも知っているだろう」

「返せよ馬鹿!! 返しやがれクソたれ!! 返せったら!!」

「例え元の世界に帰っても始まりはそこからだ。()()()()()()()()()()()()()()

「――ッ!!」


 カラン——……


 力が抜けた。投げるはずだったナイフが落ちて音を立て軽く跳ねた。

 帰ったと同時に終わる。それが何を意味するのかなんてこの世界で二年も旅をしてきた俺にはすぐにわかってしまった。

 わかってしまったが理解したくない。理解したくないのに本能が勝手に理解していく。

 目元が熱い。頬が濡れている感覚がする。物を投げていた手と暴言を吐き出していた喉が震える。

 

「じゃぁ俺は……アイツ等にもう一度死ねって言ったのか……?」


 蒼から述べられた真実。

 楽しく語り合った夢は「死ね」と。いつか辿り着くゴールは「死」へと。

 笑顔で「こっちだよ」とみんなの手を引っ張って『死ね』と言っていたのか?


「それは違うよ。あの子たちはわかっていた。だからキミを帰したかったんだよ」

「なんで……? 帰して何があるんだよ……?」


 何の意味があるのだろうか。みんなはあの世界には二度と戻れないのに。

 この世界はみんなにとって第二の人生を過ごす楽園だった。此処に辿り着くということはこの世界が消える――二度目の人生を壊してしまうのに。


 皆の命を犠牲にして。皆の気持ちを傷つけてあの世界に帰った俺に何の意味がある?


 平凡で欠伸ばかりの日々を過ごす、何の力も無い。何もしないただの男子高校生。世界を揺るがすこともひっくり返すこともできやしない数ある人間の一人である自分に何の意味があるというのだろうか。


 こんな何にもできない人間に何の価値があのだろうか。


「俺は仲間の命に値する人間じゃない!!」

「あの子たちの想いを否定するな!!」


 聞いたことのない蒼の怒鳴り声に驚く間もなく胸倉を捕まれ、子どもの身体とは思えないほどの強い力で引き寄せられて額と額が衝突する。俺など比にならないのであろう『怒り』に満ちた吊り上がった目を見て涙が止まった。


「君が『生きたい』と!! 『あの世界で皆と一緒に生きたい』と言ったから!! 友となったキミが!! 仲間となったキミが!! 大好きなキミが!! あの世界に帰っても自分たちを忘れずに再び会いたいと言ってくれたから!! だからあの子たちは戦ったんだ!! キミの為に戦ったんだ!!」

「……!!」

「ボクは言ったよな。ボクにはキミをあの世界に帰す義務があるって。それはキミだけじゃない。あの子たちの想いも含まれている。そしてキミにも義務がある。あの子たちが命と引き換えに守り切って元の世界に帰ったキミの義務は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!」


 値する人間ではなく値する『生』。つまりは生き様。


「人間の想いはボクたちですら解くことは出来なかった。人の想いは世界の理をも越える。片割れの変わりゆく姿にボクは確かにそう思った。だけど、人間一人の力などたかが知れている。人間なんて小さくて弱い存在だ。『誰か』がいるから強くなれるんだ。『誰か』がいるからその『想い』で強くなれるんだ」


 人は脆いから。その身体も精神(こころ)も。些細なことで深く傷を負ってそのまま死んでしまうぐらい脆くて弱い。

 だけど、人は強いから。強い想いと覚悟があれば。身体は精神(こころ)を信頼して動いてくれる。


『人』は『矛盾』。『矛盾』は『人』。


「『誰か』とは目に見えなきゃいけないものなのかい? あの子たちはキミに歴史に残るような立派な人間になって欲しいんじゃない。自分たちのことを……自分たちの生き様を忘れないで自分たちが生きれなかった世界でキミの『生』を全うして欲しいだけだ」


 誰かが言った。人は二度死ぬ、と。

 一度目は身体であり二度目は記憶だ。だけど記憶が生きている限り「その人の心の中で生きている」と言うのであろう。それが姿でも言葉でも、何であれ死んでしまった人の何かであればその何かを忘れなければ傍にいることと一緒だ、と蒼は言いたいのだろうか。


「……」


怒りで暴れ、涙を流して絶望した真っ白な頭の中に蒼の言葉が流れ込んでくる。


「そんなの……自分勝手だ……」

「――‼︎」


 伝えたい想いはわかる。

 だからこそ。命を懸けて俺を此処まで連れてきて微笑みながら消えていった仲間たちの顔が頭から離れない。


 一度真っ白となった頭だからこそ理解できる。本当にみんなはその後の結末を分かって最後まで着いてきてくれたのだと。あの世界に帰った俺が自分たちの生き様を忘れずに生きていって欲しいと願っていたことも。あの最後の微笑みがそれらすべてを物語っていたことも理解できた。


 だけど……理解しても受け入れることは出来ない。

 涙が再び溢れて誠の頬の上を流れていく。


「全部自分勝手だ……。勝手に連れてきたくせに……勝手にこんな世界に放りだしてさぁ勝手に付いてきて……勝手に本当のことわかって勝手に納得して……俺に何も言わないで勝手にいなくなって……勝手に俺に義務なんか作って……」


 みんな自分勝手過ぎる。

 俺に内緒で。みんなが勝手に帰った後の俺の人生を決めて。


「そんな勝手に決められた義務なんて知らねぇよ!! 義務なんて果たさないから……()()()()()()()()()()()……!!」


「……」


 蒼は何も言わなかった。

 ただ泣きそうな顔をしている。

 

 胸倉を掴んでいた手がゆっくり解けて俺はその場で座り込んだ。

 もう何も投げる元気もない。ただただ「返してくれよ」とばかり口から溢れる。

 壊れたわけではない。ただそれ以外の言葉が思い付かなかった。


『元の世界に戻ったらなぁ……取り合えず絵描きたいなぁ』


 首元にある短い間だけれどもつけ慣れてしまったゴーグルに触れて戦いで割れてしまったレンズを撫でる。


『愛して、います……、王門くん……』


「返してくれよ……」


 溢れる涙をそのままに。

 俺は蒼を、蒼は俺を――お互いに見つめ合う。

 

「な、なんだ!?」


 時間がどれ程経ったのかかわからない。長い間見つめ合ったのか長く時間が止まっていたのか。突然揺れ出した世界にハルトの声を始め、周りが騒ぎ始めた。


「とうとう此処も時間が来たみたいだね」


 先に目を逸らしたのは蒼だった。ぐるり、とその大きな目で夜空の中と評した空間を見渡した。


「時間?」

「言っただろう? この世界は崩壊し始めているって。この空間が崩壊すると同時にキミたちがいるべき世界に帰れるんだ」


 まるでこの世界はお前たちの世界ではないとでも言うように。

 蒼の言葉が終わると同時に空間内から亀裂が入った大きな音が聞えてきた。

 空間が壊れていく。崩れていく空間に怯えながらも元の世界に帰れる嬉しさに周りは近くにいる者と手を強く握り合っていた。


「マコト兄ちゃん……」


 ハルトが近づいてきて手を差し伸べてきた。立ち上がる手助けをしようとしていたのかもしれないが俺はその手を握らなかった。


 俺はまだ蒼を見ている。


「返してくれよ」

 

 空間は崩れていく。夜空は徐々に白くなっていく。光が射し込んできているのだろう。まるで夜が明けるみたいで光が俺たちを照らしていく。


 世界を照らす光を背後に。

 自分の目の前に立つ存在は長く帰りたいと願った世界の主——名は無い。


 地球の色から俺はその存在を『蒼』と呼んだ。


 世界の主として『神』と呼ぶべきかと問うた時、その存在は『神』と呼ばれることを嫌った。

 自分たちが本当に神ならばこのような愚かな行為はしなかったであろうから、と。

 自分が本当に神ならばどんな願いをも叶えることができたはずであろうから、と。


「なぁ。お願いだよ『神様』。お願いだから返してくれよ。俺はまだ果たしていない約束が沢山あるんだ」


 約束は守りなさい、と誰もが大人から教わってきただろう。絶対に忘れてはいけない。小さな子どもにだって分かる大切なこと。

 

「お願いだよ。人の想いは世界の理をも越えるなら叶えてくれよ。あの世界でもう一度出会える奇跡を起こしてくれよ」


「ごめんね……、誠」

「返してくれよ」

「ボクたちは愚かだった」

「返してくれよ」

「自分勝手で理不尽な世界を作って」

「返してくれよ」

「多くの人を……君を巻き込んで」

「返してくれよ」


「どうか。この何も出来ない、力のない『神』を呪って恨んでくれ」


 世界が崩壊する。世界が消滅する。

 夜が明ける。光が包み込んでいく。


「なぁ佐助。おススメだっていってたゲームの名前。まだ教えてもらってない」


「教官。日本刀が置いてある博物館、俺ちゃんと調べて連れていくよ?」


「先生の好きそうな料理さぁ。俺作れるかもしれないよ」


 足場が崩れ去り、身体が光りの中に浮かぶ。


「クオ——阿部さん、今度はどんな絵を描く予定だったんだ? 今度はどんな話を考えて世界を作っていくつもりだったんだ? その頭の中にあるお話を聞かせてくれよ」


 そして、真っ白な光の世界へと。

 俺は消えていった。



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再編集:2025/04/09

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