3-2 再登場と決闘
よろしくお願いします!
放課後。アルデバード学園の食堂には、友人と談笑する人や、これから狩りにでも行くのか簡単な作戦会議を行う者など、疎らではあるが学生の姿がいくつか見える。
そんな中で、その容姿の為か、将又年齢と釣り合わないその悠然とした姿勢の為か。
兎にも角にも、多くの視線を集める1人の少女の姿があった。
金色の髪を時折手櫛でとかしながら、しかしどこか高貴さの感じられる雰囲気を纏った彼女は、ここアルデバード学園において『天使』と呼ばれ、絶大な人気を誇る少女──ルティアである。
そんな誰よりも美しく、すれ違うものが思わず目で追ってしまうような容姿の彼女であるが、この日の彼女の表情からはどこか不安げな色が見て取れた。
何かあったのか。
本来であれば、彼女に気があり、かつ積極的な者は、彼女に近づきたいその一心で、そう声を掛ける筈である。
特にここアルデバード学園には自分に自信があり、積極性を持ち合わせた者が多く、そういった行動を取る人間が居そうなものだが、しかし彼女の姿を目に収めつつも近づこうとする者は1人も居なかった。
何故か。
それは、この時間この場所において、彼女が憂いを帯びた顔を浮かべる理由を、放課後食堂を利用する多くの学生が、いや下手すればこの場に居ない学生もが、共通認識として持っているからである。
──とは言え、その中で納得している者は恐らく少数であり、食堂に居る大半の男子は歯痒い思いをしているのだが。
そんな多くの視線の中で、最早誰も手出しの出来ない聖域のようなテーブルに、ポツンと座る話題の少女、ルティアは、周囲から向けられる視線など物ともせず、普段と明確な差異を感じたのだろう、珍しく小さな溜息をつくと、
「……ルトさん、遅いですわ」
平時ならばとっくにこの場にいる少年、ルトの不在を嘆いた。
とは言え、別に彼が遅刻している事に失望の念を抱いている訳ではない。
確かに、常日頃遅刻しているような人間であれば、そういった感情を抱くのも致し方ないと言えるが、彼は違う。
いや、寧ろ誰よりも早くに集合場所へ到着するような時間にシビアな人間なのだ。
だからこそ、遅刻する事など非常に稀な事であり、遅刻している彼に対し、ルティアは何かあったのでは無いかと案じているのである。
──と。
そんな彼女の思いが届いたのだろうか。
ここで食堂の扉が開く音がルティアの耳に届いた。
もしかしてと淡い期待の元、目を向けるルティア。
そこには、急いでいたのだろう、灰色の髪を持つ優し気な少年、ルトの姿があった。
ルティアの表情が一気に華やぐ。
対してルトは、遅れた事に申し訳なさを感じているのか、ルティアの居るテーブルへと走り寄ると、
「ごめんルティアさん! 遅くなっちゃった」
「大丈夫ですわ! ……それよりも、どうかなさいましたか?」
当然ルトの遅刻に対して怒りなど一切感じていない為、笑顔でルトを迎えるルティア。
しかしすぐに、その笑顔が一転、心配するような表情へと変わった。
ルトの表情に煩労の色が見て取れたのである。
そんなこちらを案じるルティアの視線に、まさか気付かれるとはと、ルトは若干の驚きを見せた。
しかしそれも一瞬の事。内容的にも話さないという選択肢はないと判断したルトは、ルティアの対面に腰掛けると、煩労の原因となった出来事について話し始めた。
「いや、実はさ──」
内容はこうだ。
シルバからの決闘の申し入れを断り、講義へと向かった後、何と5人からシルバと同条件での決闘を申し込まれた。
当然受けるつもりはないルトは、その全てを断る。
現状、学内で荒事は起こせないと理解しているのか、彼らから危害を加えられる事とかはなく、何とか躱せているが、正直面倒……という訳である。
一通り話終わった後、ルトは小さくため息を吐いた。
そしてすぐに言葉を続ける。
「……どうしても僕とルティアさんを離したいらしいね」
「何故そこまで──」
と彼らの行動に疑問を持つように声を上げるルティア。しかし、そうは言いつつも内心では原因が何なのか何となく理解はしていた。
それはルトも同様のようで、
「まぁ、彼らの気持ちはわからなくもないよ。……この国の人は皆、あの物語を読んでるだろうし」
「……ラルド・シーカー物語」
ルティアの言葉にルトはウンと頷くと、とある物語を思い浮かべる。
それは一つの英雄譚。
数百年前、国に甚大な被害を与えた死神と、その死神から国を救った1人の勇者、ラルド・シーカーの物語。
真実か否かもわからない話ではあるが、この国に住む者ならば誰もが知る物語であり、幼い子供は皆ラルドのような、国を、世界を救う存在に憧れを抱くのだ。
そして同時に、絶対悪として描かれた死神に対しては、良くない感情を抱くのである。
勿論、そんな物語上の死神と、ルトが契約したハデスが同じ部類の存在なのかはわからない。
しかし、物語についた絵と、ハデスを纏ったルトの姿が非常に似ているのだ。
だからこそ、ハデスを纏った状態のルトを知る者は、皆ルトの事を死神と呼び、忌避しているのである。
ルト自身も、精神世界で初めてハデスを目にした時はまるで死神のようだと考えたし、もし仮にシルバ達と同じ立場であったのならば、内心死神の契約者を避けていたかもしれない。
可能性の話ではあるが、絶対に避けないとは言えないのだ。
そしてその事実があるからこそ、ルトは彼らの考えが間違いであると声を大にして言う事はできないのである。
それに──
「……あの時、シルバ君達が決闘を申し込んで来た時、僕はハデスの言葉を信用したし、僕自身ハデスは嘘をつかないと思ってはいる。だけど、だからと言ってハデスが嘘を言っている可能性が0%だとは言い切れない。……この世に絶対なんて無いからね。契約している僕でさえ確実とは言えないんだもん、赤の他人である彼らが信用できるはずないよね」
ルトはハデスを信用しており、基本嘘をつく事などないと今までの行動から判断しているが、だからと言ってハデスが嘘をつかないかと言えばそれは違う。
あくまで、ルトが勝手に信用しているだけなのだ。
しかし、そんな事まで考えてしまったら、最早誰も信用できなくなってしまう。
と、1人思考を進めるルトであったが、ここでどうしても気になったのだろう、ルティアが恐る恐るといった様子で小さく口を開いた。
「あの、先程から気になっていたのですが……ルトさんは霊者と会話ができるのですか?」
「え? ルティアさんはできないの?」
煽りではなく、霊者とは会話できるものと認識していたルトは思わず声を上げる。
対しルティアは、若干の困惑の色を滲ませながら、
「はい。会話できるという話を聞いた事すらありません」
『え、ハデス、それ本当?』
すかさず脳内でハデスに問う。
『本来、纏術師ならば誰でも霊者と言葉を交わす事ができる。……霊者が契約者の実力を認め、かつ契約者側に強い意志が無ければ叶わない話だが』
『って事は、ハデスは僕の実力を認めたって──』
『……断じて違う。通常生まれながらに霊者を宿しているのに対し、お主は成熟してから霊者と契約した。つまり意識の乖離がある……それだけだ。寧ろ通常の纏術師より程度が低い』
『そ、そうなんだ。……頑張ろう』
「ルトさん……?」
突然黙ったと思ったら、今度は項垂れ始めるルトに、ルティアが困惑の色を強めながら名を呼ぶ。
「いや、ハデスがさ──」
そんなルティアに、ルトは脳内で行ったハデスとの会話を伝えた。
ルトの話を聞き終えたルティアは、余程衝撃だっただろう、一度目を瞑り一瞬黙った。
しかしすぐに目を開くと、グッと気を引き締めた様子で、
「……成る程、つまり私もまだまだ鍛錬が足りないという事ですわね」
「ルティアさんは十分強いと思うけど……」
「いえ、まだまだですわ。デーモンに敗れているようでは」
「デーモンって普通複数人で倒す魔物なんだけどね……」
言って苦笑するルト。
相変わらずのルティアの様子に、多少の呆れを感じていたのだ。
しかし強者でありながらひたすらに上を目指すルティアの姿勢は学ぶべき所でもあった為、「僕も頑張らないとな」と1人思うのであった。
と。
変わらず2人の世界を作ってと言うべきか、周囲の人間には目を向けず話していたルトとルティア。
そしてそんな2人に、というよりも主にルトへ嫉妬の目を向けながらも、介入はしてこない周囲という構図が続いていたのだが、ここで遂にそれを破る存在が現れた。
「おい! 無能!」
荒々しい口調で、平然と残酷なあだ名を口にする少年。
対し、ルティアはルトを小馬鹿にした事にムッとした気持ちになるも、ひとまず声は上げずに抑え、ルトは顔を上げ……やっぱり君かと1人思う。
ルトの事を直接そのあだ名で呼ぶ存在など、ルトは1人しか知らなかったのだ。
──ギオ・キンソウ。
5回目の序列戦にて、ルトと対戦した少年であり、無能であったルトを誰よりも小馬鹿にした存在である。
そんなギオは、ズカズカとこちらへ近づくと、ルトの前に立つ。
そして、相変わらずの鼻に付くような、人を小馬鹿にしたような笑みのまま、
「無能! 俺と決闘しろ!」
あまりにも突然にルトへと決闘を申し込んだ。
そんなギオに、ルトは若干の呆れを感じながらも、しかし表向きは平然としたまま、
「……条件は?」
「纏術のみ使用可能、相手が戦闘不能になったら試合終了。当然殺傷は禁止だ! そして、俺が勝ったら、無能! お前は二度とルティア様に近づくな!」
「僕が勝ったら?」
「ルティア様の側に居るのを許してやる! ……まァ、お前が勝つ可能性は万に一つも無いがなァ!」
どこからその自信が来るのか、口の端を吊り上げ笑う。
「……ねぇ、さっきから全く同じ条件で、色んな人に決闘を申し込まれてるんだけど……もしかして君達裏で繋がってたりする?」
ルトの問いに、ギオはニヤニヤとした表情のまま、
「さァ……どうかなァ?」
……わかりやすいな。
序列戦の時と変わらず読みやすいギオに、内心苦笑するルト。
しかし当然それは表向きには出さず、代わりにじっと考えるような様子を見せ、
「…………」
一瞬の沈黙の後、
「うん、その決闘だけど……受けるよ」
ルトの快諾に気を良くしたのか、ギオは笑みを強める。
「ははッ! そうこなくっちゃな!」
「ただし──条件を追加させてもらうね」
片眉をひそめるギオ。対しルトは表情をあまり変えずに、
「僕が勝ったら、今後僕とルティアさんを引き離すような条件をつけた決闘の一切を禁止とする。……勿論、君だけじゃなくて、お仲間含めた全員ね」
少し押し黙る。しかしすぐに、
「あァ、良いぜ」
……お仲間という部分に特に反論は無いんだね。
ギオの快諾に再度内心苦笑いを浮かべるルト。
そんなルトの思いなど知らずに、ギオは調子を変えずに言葉を続ける。
「日時は明日の放課後。……申請は俺がしておくからなァ。尻尾巻いて逃げようったってそうはいかないぜ」
「逃げないから、大丈夫だよ」
ルトが余裕を見せているからか、ギオは唾を撒き散らしながら、
「ハッ! 言ってろ! ボッコボコにして……二度とルティア様に近づけないようにしてやるからなァ!」
言葉の後、ギオは踵を返すと、傲慢さの感じられる足取りでルト達の元を離れていった。
「ルトさん、良いんですか?」
ギオとルトのやりとり中、所々で口を挟みたくなるも、じっと我慢していたルティアが、憂い顔でルトへと声を掛ける。
対しルトは、当事者でありながらも平然とした様相で、
「うん。流石に鬱陶しいからね、ここら辺で何とかしないと。それに……今の僕がどれだけやれるのか、確認しておきたいし」
「しかし、負けたら──」
「大丈夫。負けるつもりは更々ないから」
言って小さく笑うルト。
その表情に不安の色は一切見えない。
だからだろうか、ルティアは表情をキュッと引き締めると、
「信じています、ルトさん」
と声を掛け、
「うん」
そんなルティアの言葉に、ルトは力強く頷いた。




