2-12 術師教会再び
「いや〜! 買った買った!」
「……アロン……ちょっと買い過ぎじゃない?」
袋いっぱいに詰め込まれた品物の数々を目にして、ルトは思わず苦笑いを浮かべた。
時刻はおよそ11時。
アスチルーベ商会の品物の多さ、質、または物珍しさからか、あっという間に時間が過ぎてしまい、入店からは既に1時間30分も経過していた。
その時点で未だ店内の半分もまわれていないが、ルティアの計画によると、この後もまだ向かう場所があるようだ。
という訳で、未だ商会内を見て回りたいという欲はあったが、今回計画を練ってくれたルティアに従おうと言うことで、この日はとりあえず店を離れる事にしたのである。
そんなこんなで、3人は店を出てすぐにルティアを先頭に歩き出した。
談笑を交え、活気のある街の雰囲気に心踊りながら進む事5分。
遂に目的地に到着した。
「……ここは……」
見たことのない、いや見たことはあるかもしれないが、利用する機会が無かった為か、ルトの記憶に無い店であった。
外装は非常に綺麗であるが、比較的こじんまりとしている。
中々人目につき難い場所に建てられている為、ルトが詳しく知らないのも無理はないと言える立地である。
と、そんなルト、そして同じくポカンとしてるアロンの方へとルティアは身体を向けると、
「こちらは、私オススメの飲食店ですわ」
「こんな所に飯屋なんかあったんだな」
「ね、知らなかった」
ルトとアロンが目を見開き、顔を合わせる。
「あまり有名なお店ではないので、お2人が知らないのも無理はありませんわ。ただお味については私が保証します。いかがでしょう?」
「ルティアさんのオススメという事なら、喜んで」
ルトの言葉に、アロンが頷く。
「良かったですわ。それでは行きましょうか!」
言葉の後、3人は店へと入った。
「いらっしゃいませ」の声の後、1つのテーブルへと案内される。
3人はそれに従い、疎らに人が座る中を歩いて行き、案内された席へとついた。
談笑を交えながら、手書きのメニューへと目を通す。
ルティアの紹介という事で、高額のお店ではないかという懸念があったが、それも杞憂に終わる。
恐らくルト達の金銭事情も考慮した上で、この店を選んでくれたのだろう。
ルトはリーズナブルな価格設定である事に1人ホッとすると、相談をしながら注文をしていった。
そして待つ事数十分。遂に料理が届いた。
「な、何か凄い!」
届いた料理を見て、ルトが声を上げる。
驚きからか、語彙力はどこかへいっていた。
「綺麗でしょう? 私、こちらの盛り付けがとても好みですの」
ルティアの言葉の通り、どの料理も見た目が華やかであった。
その様は、まるで芸術品のようである。
3人はそんな美しい盛り付けをひとしきり鑑賞した後、遂に食事を始めた。
この際、一口目を口にしたルトが、そのあまりの美味しさに、再び声を上げることになるのであるが、それはまた別の話である。
と。そんなこんなで食事を進め、殆ど完食といったところで、ルトはルティアの方へ目を向けると小さく首を傾げる。
「そういえば、この後はどこか行く所とかあるの?」
午後からは本来の目的であるパトロールがある。だからこそ、もうあまり回れないよと、そんな思いの元吐かれたルトの言葉であったが、そんな事はルティアも承知していたようで、
「はい。パトロールの前にあと1箇所だけ向かいたい場所がありますわ。……最も、別段楽しい場所という訳ではないのですけど」
「おっ! ……ちなみにどこだ?」
料理の美味しさにテンションが上がったのか、アロンは上機嫌のままルティアに問う。
対しルティアは、ニコリと小さく笑みを浮かべると、
「──アルデバード術師教会ですわ!」
◇
ルティアが言うに、術師教会へと向かう目的は、パトロールを行う事に対する許可を貰う事らしい。
今まで無断で行っていたし、そもそも許可などいるのか? と思うルトであったが、あのルティアの判断である。
恐らく、何かあるのだろう。
それに、ルティアは口にしていないが、彼女の中には他にも術師教会へ向かう目的があるように思う。
例えば、単にルティアがアリアをからかいに行きたいとか……と、そこまで考え、ルトはそれを否定した。
良くも悪くも、ルティアは自身よりも周囲の人間を優先する。
そんな彼女が自身の為だけに行動を起こすなど、絶対にありえないと思えたのだ。
では、一体何が目的なのか。
明確な答えが思いつかない中、ルトを含めた3人は目的地であるアルデバード術師教会へと向かった。
歩く事数分。ルトからしてみれば最早馴染み深い、荘厳で巨大な建物が目につく。
「ここここ、ここがアルデバード術師教会……」
緊張からか、どもりながらアロンが声を漏らす。
その様子に、ルトとルティアはニコリと笑った。
そして、変わらずルティアを先頭に、その後ろを2人が並び歩く形で歩き、教会へと入る。
──まぁ、ガチガチに緊張しているアロンと、流石に慣れが生じたのか落ち着いているルトと、2人の姿に大きな差はあったのだが。
と。室内へ入ってすぐに、3人の視線は目前の受付の席に居る1人の女性へと向いた。
対してその女性は、眠そうにこっくりこっくりとしながらゆっくりと顔を上げ、突然かっと目を見開く。
「…………んにゃ? ……おーー!? ルティアじゃん!!」
言ってバッと立ち上がると、その女性──受付嬢アリアは、ルティアの方へと近づく。
そして、ここで気づいたのか、後ろに並ぶ2人を交互に見ると、
「……三角関係?」
「違いますわ! 毎度の事ながら、どういう発想をしておりますの!?」
ルティアが声を荒げる。
「じょ、冗談だってー! 怒らないでよルティアー!」
言って、どうどうとルティアを宥める。
しかし、彼女は止まらない。
「それに、先程の態度は何ですか! 術師教会の受付嬢という名誉ある立場でありながら、うつらうつらと!」
腰に手を当て、まるで母親が子に説教をするが如く声を上げる。
「ち、違うんだよ! あれはほら、偶々で!」
「……以前同じような事があったと記憶しておりますが」
「……ギクッ」
そう。実は、ルティアが術師教会を訪れた中で2度ほど、今回のように入眠寸前状態だった時があったのである。
ルティアはため息を吐くと、
「だいたいアリアさんは──」
と、そんな2人の様子を、ルトは相変わらずだと苦笑いで、そしてアロンは凄いものを見たとでも言うように呆然と眺めていた。
「……な、なんかすげーな」
「ルティアさんがからかわれたり、怒ったりと、あそこまで取り乱す事なんてそうそう無いからね」
「ああ。レアだな」
現在進行形でヤイヤイとやりとりをしているルティアとアリア。
普段のルティアだけを知る者からすれば、現在のルティアの様子は非常に稀有であると言えるだろう。
「とりあえず待つか」
「だね」
言って、2人はどこかほっこりとした表情を浮かべると、活き活きとやりとりをしているルティアを眺めるのであった。
◇
あの後、ルティアがハッとした表情を浮かべると、途端に顔を赤らめた。
そして、「お恥ずかしい所をお見せしました」と言って、小さく頭を下げる。
そこへ再びアリアによるからかいが入り、何度かやり取りをする2人。
結局落ち着いたのは、術師教会到着から10分後の事であった。
その後、アリアの誘導により、3人はテーブルと数人用の椅子のみがある小部屋へと入室すると、アリアと向かい合う形で席に着いた。
そして、今回話す予定だったパトロールについて、ルティアがアリアへと説明する。
話を受け、アリアは目線を逸らし、うーんと唸ると、酷く軽い調子で、
「へーパトロールねー。んーまぁ、良いんじゃ無いの?」
「そんな適当に決めてしまって、よろしいのでしょうか」
「いやー、別に術師教会側も草原への立ち入りを禁止している訳じゃないし。それにもしそのパトロールでまたオーガみたいな特異な魔物を発見してくれたらこちらとしても助かるしね」
言って、アリアがにししと笑う。
しかし数瞬の後、普段では考えられないような真面目な表情を浮かべると、
「ただし、決して無理はしない事。それを守ってくれるなら、術師教会側は何も言わないよ」
「絶対無理はしませんわ」
ルティアが強く宣言し、ルトとアロンが頷く。
そんな3人の姿を見て、アリアは再びニコリと笑った。
「にしし。ならよし! ……んで? 用件はそれだけ?」
「はい!」
「そっかそっか。……にしても、何で許可取りに来たの? 今までだって普通にやってたんでしょ?」
当然の疑問である。何故今? と考えるのも無理はないだろう。
ルティアはそんなアリアの問いに、一拍置くと真剣な面持ちで、
「それは……万が一の為です。もし……可能性は少ないですが、私達の身に何かあった時に、行き先や行動理由を術師教会側が把握していてくれれば、少しは生存確率も上がるかと思いまして……」
なるほど、やはり態々許可を取りに来たのには理由があったようである。
「なるほどねぇ。……ま、ルティア達ならよっぽど大丈夫だと思うけど。とりあえず、今あった話は会長の方に伝えておくから安心してね〜」
「ありがとうございます!」
「うむ! ……んじゃ、そろそろ仕事戻らなきゃだし、君たちはパトロールへ行っておいで」
言葉の後、アリアの先導の元、玄関口へと案内される。
そして、アリアが見送りの言葉を送ろうとして……ここでハッとする。
「あ、そういやそろそろアレの時期じゃない?」
「アレ……ですか?」
ルティアが首を傾げる。
「アレアレ……そうそう! 序列戦の対戦相手カードの発表! ……えっと、明々後日とかだっけ?」
「明後日……ですね」
緊張や不安など様々な感情のこもった表情で、ルトが答える。
そう。アリアの言う通り、およそ2週間後に迫った序列戦。その対戦相手が、2日後に発表されるのである。
ルティアにとっては上半期1位のかかった、そしてルトとアロンにとっては退学か否かが決定する大切な序列戦の対戦相手が。
と、そんな重要な序列戦である事を知ってから知らずか、アリアは尚も楽観的な態度のまま、
「明後日か! ……お姉さん応援してるから、皆頑張ってね〜」
言って、ニッと人を安心させるような勝気なしかし優しさの篭った笑みを浮かべる。
対し3人は、それぞれ思い思いの感情を抱きながら、力強く頷いた。
その姿を確認すると、
「んじゃ、今度こそじゃーねー」
と言って、アリアは裏の方へと歩いて行った。
沈黙が訪れる。しかしすぐにルティアが破った。
「では、私達も向かいましょうか」
「……だな。……っとその前に、一度家寄っても良いか? ほら、こんな荷物だし」
そう言うアロンの手には大量の荷物が握られている。確かにこれを持って草原に向かうのはいくらなんでも厳しいものがある。
「わかりましたわ。では13時30分頃、草原前の門集合でいかがでしょう?」
「すまん、助かる!」
「それじゃ、一旦解散にするか」
ルトの言葉の後、3人はそれぞれの自宅へと歩いて行った。




