2-9 エリカ
「そう言えばエリカさんはどうして草原に?」
目的地へ向かう途中、無言で歩き続けるという少々気まずい雰囲気に耐えられなくなったルトは、右方へと目を向けると小さく口を開いた。
対してローブの子……エリカは、ちらとルトの方を見て、すぐに前方へと向き直ると、
「……とある人に会う為よ」
「とある人……? 草原に常駐している人なんて居たかな」
「常駐している訳ではないわ。ただ、頻繁に出入りしているらしいの」
らしい……という事は、確証を得ている訳ではないのだろうか。
それにしても、草原に頻繁に出入りとは……。
「てことは戦闘経験の浅い人……なのかな?」
「いえ、相当な強者の筈よ」
「へー特異な人も居るもんだなぁ」
「珍しいの?」
エリカがルトの方へと視線をやる。
「うん。あそこは低レベルの魔物しか居ないからね。強者が頻繁に出入りしても特にメリットはないんだよ」
「……そう、なのね。……また外れかしら」
前方へと向き直り、視線を少し下げる。
「またってことは今までも色々回ってきたの?」
「ええ、そうよ。噂を聞いては向かい、聞いては向かいの繰り返し。……現状を見てわかるように、一度も会えた試しはないけどね」
言って、エリカはローブの奥で小さく溜息を吐く。
その言動が、仕草が、彼女の苦労を物語っていた。
「…………」
一連のやりとりを経て、ルトは思う。
……そこまでして会いたい人物とは、一体どういった者なのか。また、目的は一体何なのかと。
思うと同時に、ルトは無意識のうちに口を開いていた。
「……その、どうしてその人を探しているの?」
聞いてはまずかっただろうか……。
言って後悔するが、もう遅い。後は、エリカの反応を待つしかない。
「…………」
先程までと違い、返答がない。
失敗だったか? と考え、ルトが行動を起こそうとする。
……が、しかしそれよりも前にエリカが少々躊躇いがちに口を開いた。
「助言を貰いたいの。……私と同じ罪を負ったその人に」
「……罪?」
エリカの口から出た酷く曖昧で不気味な言葉に、ルトが若干の動揺を見せつつ、エリカの方へと視線を向ける。
……相変わらず深く被られたフードに阻まれ、エリカの表情は読めない。
しかし、顔を覆うフードの向こうからは、拒絶や怨嗟のような、負の感情がありありと感じられた。
「…………」
おし黙るルト。
対しエリカは、ふーっと息を吐くと、
「この話はおしまい。……これ以上の詮索は流石によして欲しいわ」
「ごめん」
「大丈夫よ」
一拍開け、
「……ただ、情報を与えた以上、それなりの対価が欲しいわ」
「…………ッ」
フードの奥で、エリカがニヤリと笑ったような気がした。
何を要求するのかと、ルトの表情が強張る。
……と、そんなルトの表情を見て、エリカは堪え切れず小さく笑うと、
「……私の質問に答えてちょうだい。勿論答えられる範囲で良いわ」
安心させるようにか、先程よりも優しい声色でそう言った。
「……ちょっとびっくりしたよ」
「ふふっ、なら成功ね」
からかいが成功し、上機嫌に笑うと、エリカはルトへ質問を投げかける。
「さて。じゃ、まず1つ目の質問。さっきからずっと私の事をさん付けで呼んでいるけど、ルト……貴方何才?」
「16……だけど」
「私は14よ。つまり私の方が年下。それなのに、さん付けで呼ばれるとムズムズするの」
大人びた雰囲気を醸し出しながらも、しかし自身よりも年下だとわかり、ルトは小さく目を見開く。
が、エリカの言い分ももっともだと思った為、ルトはエリカの方へと目を向けると、
「……わかった、ならエリカ……で良いかな?」
言って、首を傾げる。
「ええ、そうして。……私は、年上だろうと変わらずこの口調でいくけど良いかしら?」
「うん、変に畏まられてもこちらも困るし、そのままで良いよ」
「わかったわ」
言って頷くと、一拍開けエリカが話を続ける。
「では2つ目の質問。ルトは何故あんな場所でぼーっとしていたの?」
「……実は友人と待ち合わせしていてね」
「友人ねぇ……良かったの? 私の案内なんかして」
「困っていたようだったからね。流石にほっとけなかったよ」
「ふーん、お人好しなのね」
至極当然の反応である。おそらく誰もが今のルトを見て同じ評価を下す事だろう。
しかし、当の本人はあまり納得がいかないのか、少しだけ視線を下げると、なんとも言えない表情を浮かべた。
「どうだろ。その友人なら多少遅れても理由を話せば許してくれる。……いや、寧ろ正しい行いをしたと褒めてくれると、そう確信しているからエリカを助けようって思ったんだよ。もし待ち合わせの相手が別の人だったら、断っていたかもしれない」
「何言ってんの、それでも十分お人好しよ」
呆れた様に息を吐き、どこか憂いの帯びた声で話を続ける。
「……それにしても随分と信頼しているのね、その友人の事」
「うん。学園で疎まれていた僕に、それでも分け隔てなく接してくれた2人だからね。そりゃ、やっぱり心を許しちゃうよ」
言って、すっかり信頼しきっているのだとわかる優しい笑みを浮かべる。
その表情に、エリカは──
「……少し羨ましいわ、貴方が」
ルトに届かない程小さく声を漏らした。
「……ん?」
「……なんでも無いわ。それよりも、あそこが──」
「うん、目的地だね」
と、そうこうしているうちに、前方に草原への入口となる門が見えた。
同時に、エリカが立ち止まり、合わせてルトも止まる。
その後、エリカは数歩歩を進め、くるりと向きを変えると、ルトと向き合った。
「……今日はありがとう、とても助かったわ」
「いえいえ、困った時はお互い様ですよ」
言って、ルトが微笑む。
その表情に、フードの奥で、エリカも口角を小さく上げた。
「……では、ルト。またいつか機会があれば会いましょう」
深い仲では無いとは言え、随分とさっぱりした別れである。
そんなルトの心情が表情にも現れていたのか、エリカが呆れた様に声を漏らす。
「私が言う事ではないけれど、時間……大丈夫なの?」
「…………え」
忘れていた訳ではないが、気にしていなかったのも事実である。
パッと近くにある時計へと目を向けると、針は約束の時刻である9時丁度を指していた。
「呆れたわ。……てっきり気づいているものだと思っていたのだけれど」
エリカが何度目かわからない息を吐き、すぐに言葉を続ける。
「大切な友人なんでしょう? ほら、こんな所で時間使わないで、早く行ったらどう?」
「ごめん、そうさせて貰うよ」
「ふふっ。今日はどうもありがとう。では、今度こそさようなら」
「うん、またいつか」
言ってルトはエリカに背を向けると、ぐっと地面を蹴った。
そして、どんどんと加速しながら集合場所である噴水へと向かう。
と、この時──
『──あの娘……まさかな』
ハデスが小さく声を上げたのだが……急ぐルトの耳には、届く事はなかった。




