2-2 小さな綻び
アロンの提案により、1戦目はルトvsアロンとなった。
両者が向かい合い、構える。
久しぶりの模擬戦だからか、将又普段とは意識が違うのか。
何やら2人の間に、妙な緊張感が漂っていた。
風が吹き、草葉と共に髪が靡く。
と、そんな緊張の糸が張り詰める中、ここでアロンが口を開く。
「……いつでも来い、ルト」
「うん。じゃあ遠慮なく行かせてもらうよ──ッ!」
言葉と同時に、ルトはぐっと地面を蹴った。
以前とは比べ物にならない速度で、肉薄。
と、同時にルトは右手に持った死狩を横へと薙いだ。
「────ッ!」
過去の対戦の記憶があったからか、ルトの速度の変化にアロンの反応が少し遅れる。
しかし、流石は風使いといったところか。
アロンはルトを上回る速度でバックステップをし、死狩の刃から逃れる。
次いで、着地と同時に脚部に纏う風の量を増やすと全方、つまりはルトの方向へと加速し接近。
そして、薙いだ事でがら空きとなったルトの身体へと空気の塊のようなものを、ぶつけようとする。
しかしそれを読んでいたかのように、ルトは薙ぎの勢いを利用し身体を捻ると、その勢いのままに左手を振るった。
「…………!」
アロンは手を引っ込め、後方へと大きく跳ぶ。
「……危ねぇ。そういや、ルトの武器は大鎌だけじゃなかったな」
先程振るわれたルトの左手。
そこには、以前までルトが用いていた武器、短剣が握られていた。
……因みにルティアから借りていた短剣は、デーモン戦後に返しており、今回用いたものはその後報酬などを利用し自ら買ったものである。
「……うん、幾ら新たな武器を得たといっても、まだ手に入れて間もない。当然、扱いは大して上手くないし、隙も多く生まれちゃう。だから、とりあえず持っているんだ」
「なるほど、ルトらしいな」
言って、アロンは小さく笑う。
しかしすぐに、その表情は真剣なものにすると、
「……さて、もう一度行くぜ」
「うん。いつでも」
「────ッ!」
今度はアロンが先に動き出した。
グイグイとスピードを上げ、ルトを中心とした円を描くように走る。
「身体能力は向上しても、動体視力は変わらずか……」
自身を囲うように走るアロンの姿を必死に追うも、完全に捉える事ができない。
やはりこの辺りは、もう少し戦闘訓練を積む必要がありそうだ。
と、ここでアロンがルトに向け、隙を突くように、空気の塊のようなものを放つ。
「…………ッ!」
原理はわからないが、一概に空気の塊といっても、この塊は岩石並みの硬度を持つ。
また刃をぶつけてもすり抜けてしまう……という事もない。
よってルトは再度死狩を振るうと、空気の塊へとぶつける。
この際、今までならば、強い衝撃がルトを襲っていた。
しかし、今回はそんな事はなく、何の抵抗もなく風塊を分断し、同時に消滅させた。
「……!?」
アロンが小さく動揺する。
だが、すぐに気を取り直すと、ルトの隙を突くように何度も何度も風塊を放つ。
対するルトは何度も死狩を振るうと、全ての風塊を分断、消滅させた。
「核を切ったか、やるなッ……!」
走り、風塊を放ちながら、アロンが口を開く。
魔術には基本的に核が存在する。
核とは、魔力を練り上げて作ったものであり、その周囲を覆うように属性を付与すると、比較的簡単に技を扱う事ができるようになる。よって大半の魔術師は核を用いた技を使用する。
普段ならば核は属性の付与された部分で守られている為、核が傷つき技が消滅する事はあまりない。
しかし、今回のように切れ味の鋭い武器などを相手取る時には、核が傷つけられてしまう事があるのである。
と。当然、これらの事をアロンはよく理解している。
が、それでも攻撃の手を緩める事は無く、風塊を放ち続ける。
ルトはその全てを分断しつつ、頭を悩ませた。
何故アロンは、風塊が効かないとわかりながら、こうも攻撃を続けるのか。
何か、策があるのだろうか……と。
気を引き締め、警戒する。
そしていつどんな攻撃が来ても対処できるようにしていると、アロンの攻撃に遂に変化が訪れた。
「…………ッ!」
アロンの放った風塊。その内の1つが、今までとは違い酷く変則的な挙動でもって、ルトの方へと迫ってきたのである。
何かある。
ルトはいくつか放たれた風塊を対処しつつ、眉を潜める。
しかし、ルトの動き自体は変わらない。
1つを分断し、また分断し。
ある意味では作業をこなすように、風塊を消していく。
そして遂に不規則な動きの風塊が目の前まで近づいてきた所で、それよりも先に迫っていた風塊を死狩で処理し──ようとしたが、何故か風塊は消滅せず、ルトへと迫ってきた。
「…………なっ!?」
慌てて短剣を抜き出すルト。
しかし対処は間に合わず、風塊が直撃した。
直径20センチ程の塊を受け、ルトの身体がくの字に折れる。
と、ここで追撃するように不規則な動きの風塊がルトへと直撃した。
吹き飛ばされ、ゴロゴロと地を転がる。
が、ハデスと契約したからか、以前よりも負ったダメージの量は少なかった為、ルトはすぐに立ち上がると、死狩を構えた。
「……まさか、不規則な方がフェイクだったとはね」
「成功して良かった。どうだ? 不規則と核なしのコンボ。結構びびっただろ?」
「うん。かなり」
言ってルトは小さく笑う。
同時に、アロンの策に心の内で感心していた。
単調な攻撃を繰り返し、突然目に見える変化を与える。
当然、警戒していたルトはそちらに意識が寄せられる。
その為、単調に放たれる風塊の方は対処できると驕ってしまう。
結果、今までと同様だと思っていた風塊が核なしだと気づけず、直撃。
見事な策であった。
「にしても核なしなんていつ覚えたの?」
「ついこの前。ルトが目を覚まして少し経ったくらいかね」
先程述べたように、魔術を使用する為には、基本的にまず魔力を練り核を作る必要がある。
だが、やろうと思えば核を作らずに魔術を扱う事もできる。
直接、属性を付与した塊を作りだせば良いのだ。
しかし、それには相当な集中力を要する上に、威力が弱く、制御も難しい為、一部を除き核なしの魔術を利用する人はほとんどいないのである。
「やるね、アロン」
「ルトこそ。まさか起き上がるとは思わなかった」
そう。普段ならば、これ程のダメージを負えば、立ち上がる事が出来なくなっていただろう。
しかし今のルトは違う。
多少のダメージこそ負えど、まだまだ問題なく動ける。
ルトの成長と言うよりも、ハデスのおかげという方が正しいだろう。
が、それでも以前よりも格段に進歩しているのは明らかであった。
ルトが目を閉じる。
多くの課題が見つかり、かつ多少はアロンとやりあえた。
死狩を扱った初めての模擬戦としては、大成功と言えるだろう。
ルトはそう考え、目をゆっくりと開けると、
「……参った。僕の負けだよ」
とポツリと呟く。
こうして、ルトvsアロンの模擬戦は変わらずアロンの勝利で終わった。
その後行われた模擬戦についても、いつも通りルティアが2勝、アロンが1勝、ルトが0勝という結果で幕を閉じた。
以前よりも善戦できていたルトであるが、やはり未だ力関係に大きな変化は無いようである。
模擬戦を終え、片付けをする頃には日も落ちかけていた。
このままでは、街へ到着する前に日が暮れてしまう。幾ら低ランクの魔物しか存在しない地域とは言え、やはり夜は危険が増す。
だから、3人は急いで帰り支度をすると、街へ向け歩き出した。
いつも通り談笑を交えながら帰路に着く3人。
一見、その光景に普段との違いはあまりないように見える。
しかし実はこの時、アロンの表情に時折小さな陰りが見えていたのだが、この時のルトとルティアは気づく事が出来なかった。




