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1-22 ルティア VS デーモン

章の終わりが近づくと、途端に言葉が思い浮かばなくなる現象に名前を付けたい。

 視線を空へ、正確には空に浮かぶデーモンへと目を向けながら、ルティアはゴクリと唾を飲み込んだ。

 そして、何かを決意するかの様に、一度額にしわを寄せると、口をグッと一文字に結ぶ。

 次いで、その場に立ち上がると、一歩二歩と歩を進め、小さく口を開いた。


「……ここは私がやります。ルトさんは下がっていてください」


「ダメだよ! 僕も手伝う!」


 最高ランクの魔物を相手取るのだ。1人では危険だと声を上げる。

 しかし、ルティアは譲らず、


「──申し訳ないのですが、今回ばかりは私に任せていただきたいです」


 強い口調でもって、そう言った。視線をデーモンへと向け続けたまま。


「…………」


 ルトはそのルティアの様相に、押し黙る。


 ルティアも、そしてルトもわかっていたのだ。

 まず間違いなく、このデーモン戦において、ルトは足手まといになると。


 Aランク相当と、Aランクでは天と地程の差がある。

 Aランク相当とはつまり、複数体を合わせて相応の力がある状態のことだ。

 つまり、相手の力をうまく分散すれば、単体の力はそこまで高くはなくなる。


 しかし、Aランクとはたった一体でそれだけの力を有しているという事だ。

 攻撃の破壊力も、速度も、特殊な能力も。

 その全てにおいて尋常ではない力を発揮する。


 と、なれば当然力の分散は図れない。


 いや、もしルトがルティアと同等かそれ以上の力を有していたのならば、それも不可能ではないだろう。

 片方が攻撃を繰り出し、そちらへと視線を誘導している隙にもう片方が不意をついた攻撃をするなど、方法はいくらでもある。


 しかし、ルトにはそれ程の力はない。


 せいぜい、命と引き換えに特攻するぐらいしか、役に立つ方法はないと、はっきりと言えてしまう程に、絶望的なまでに力が足りないのだ。


 だからこそ、ルトは頭を悩ませた。

 何が最善か。どう動けば、ルティアは楽に戦えるのかと。


 そしてすぐに結論を出す。

 ルトは何かに耐える様に、一度口を固く結ぶと、はっきりとした声音を持って彼女へと伝えた。


「──わかった。ルティアさんに任せるよ。……そのかわり──絶対に負けないでね」


 情けないがこれが最善だ。

 今のルトでは、足手まといにはなれど、決して役に立つ事はない。


 そんなルトの考えが届いたのか、ルティアはここにきて、グッと笑みを浮かべると、


「……ルトさん、以前も言いましたでしょう? ──私は、決して負けませんわ!」


 力強くそう宣言をした。

 同時に錫杖を翳すと、


「だからルトさんは、どうか大人しくしていてください。──天護(ヘクト)


 そう口にする。

 瞬間、ルトの周囲が輝いたかと思うと、ルトを覆うように天護が展開された。


 分厚く張られた天護。

 倒れ伏す皆の周りには張られず、ルトの周りのみを囲うそれには、外からの攻撃を防ぐのと同時に、ルトが余計な事をするのを阻止しようという魂胆が見受けらる。


 と、ここで。

 ルティアは、初めてその背に広がる翼をはためかせると、ゆっくりと空へと浮かび上がる。

 そして、地に伏す面々に被害が及ばないようにと考えたのだろう。森の上部へと瞬時に移動した。

 同時にルティアは再び錫杖を翳す。


「……速攻で終わらせますわ! 天鏡(ヘミラ)


 言葉の後、デーモンを囲うように光の塊が展開される。

 続けて、


「──連動閃(デュアル・プラーク)ッ!」


 と唱えると、錫杖より大量の光が分岐しながら発せられる。

 その光は天鏡に反射される形で方向を変えると、全てがデーモンへと向かった。


 ──直撃。


 デーモンの周囲が眩い光に包まれた。


「…………やった!?」


 天護に包まれながら、ルトが表情を明るいものにする。

 しかし、当の本人であるルティアの表情はあまり優れなかった。


 視線の先。眩い程に輝く光が次第に薄れていく。

 そして完全に霧散した頃、そこには周囲を謎の黒い靄で覆い、無傷で浮遊するデーモンの姿があった。


「…………なっ!?」


 ルトは思わず声を詰まらせる。

 しかしそうなってしまうのも仕方がないと言えるだろう。

 なぜなら、これまで彼女の攻撃を受け、傷1つつかない魔物など存在しなかったのだ。


 加えて、今回の攻撃は恐らくルティアの中でも上位に位置するほど強力な技の筈である。

 なのに、それを躱すのではなく、真正面から受け止められてしまった。


 ルトの視線の先で、ルティアの額に汗が伝う。

 しかし、その瞳には未だ諦めの2文字は見られない。


「…………負けませんわ」


 ポツリと誰に伝えるでもなく声を漏らす。


 そして、ルトが見守る中、数々の技を展開しつつ、デーモンへと果敢に攻撃を繰り出そうとする。

 ……が、ルティアの攻撃がことごとく防がれ、かわりに大量の攻撃を浴びせられる。


 ──その為か、次第に防戦一方となってしまった。


 デーモンが繰り出す攻撃を天護で防ぎ、避けるルティア。

 一瞬の隙を見つけ、攻撃を加えようにも、すぐにデーモンの攻撃が来るため、これも出来ず、ただ身を守る事で精一杯なのだ。


 時が進むごとに、使用する天護の光が弱まっていく。

 守る度に、天護を使用している為、力の残量が残りわずかとなっていたのだ。


 ──そして遂に、ルティアの反応が遅れた。


 デーモンが瞬時に移動し、右手に創った黒球を放とうとする。

 しかしその段階で、ルティアは未だデーモンへと背を向けた状態であった。


 黒球が放たれる。


 遅れたルティアは、咄嗟に天護を展開。

 しかし、それで衝撃を弱める事はできても、完全に無くすことはできない。


「…………ッ!」


 天護が砕け散り、黒球がルティアへとぶつかった。

 凄まじい衝撃を受け、地へと一直線に吹き飛ぶ。

 そしてコンマ数秒もしないうちに、地に叩きつけられた。


「……ルティアさんっ!」


 覆う天護を叩きながら、彼女の名を叫ぶルト。

 駆け寄りたい。その思いもあり、思いっきり拳を叩きつけていると、突然拳にかかる抵抗感が無くなった。

 同時に、拳が空振りした事で、ルトは前方へと軽くよろける。


「…………え」


 呆然と声を漏らす。

 拳が空振る。ルトが自由に動ける。


 つまりそれは、ルトを覆うように展開された天護が、完全に消滅した事を表していた。


 同時に、ルトは理解する。


 天護の消滅──それが、ルティアの力が完全に尽きてしまった事を、もうこれ以上彼女は戦えないという事を表しているのだと。


「……あ……ああ……」


 彼女が完全に敗北した事を理解し、ルトは信じられないといった様相で、呆然と声を漏らした。

 目を大きく見開き、倒れ伏すルティアへと目を向けたまま──。

次回、ついに主人公が覚醒します。


ここから先は特にかっこよく書けるよう頑張ります。

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