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1-13 赤よぎる依頼書

 放課後。ルトは急いで荷物を纏めると、食堂へと向かう。

 およそ5分程走り、到着すると、集合場所として設定してあった、昼食を摂ったテーブルへと移動する。


 放課後という事もあり、閑散とした食堂内はどこか寂しげな雰囲気を漂わせていた。

 その中に、1人優雅に座る少女の姿があった。──ルティアである。


 ルトが近づくと、ルティアは此方に気づいたようで、先程までどこか退屈そうな様相が、一変華やかな笑顔へと変わる。


「ルトさん、こちらですわ!」


「おまたせ、ルティアさん。ごめんね、待たせちゃって」


「いえいえ、ふふっ……今来たところですわ。寧ろ此方こそ、お時間を取らせてしまって、申し訳ないですわ」


 言ってペコリと小さく頭を下げると、ルティアは自身の正面の椅子を指す。


「さあ、どうぞ此方に」


「ありがとう。じゃあ、失礼します」


 言って、ルトはルティアの向かいの席へと腰掛ける。

 一瞬、シンとするも、すぐにルティアがフフッと笑った。


「……何だか、落ち着きませんね」


「うん、それ思った」


 先程と同じ食堂、同じテーブルであるのにもかかわらず、2人は何とも言えないソワソワ感に包まれていた。

 広大な敷地を誇る学園のほんの一部分。そこに、たった2人で向かい合って座っているからだろうか。


「……用件の方へ移りましょうか」


「うん、そうしよう」


 言って2人は何とも言えない笑みを浮かべる。


「あ、その前に。まず、1つルトさんにお聞きしたい事がございます」


「……? うん」


「この前のオーガと遭遇した際に思ったのですが、ルトさんは学園近郊の地形、特にアルデビア草原の地形を詳しく把握していますよね?」


 疑問というよりは、確信しているが、念のため確認をといった風に、ルティアが首を傾げる。


「えっと、まぁ草原の依頼はよく受けるし、それなりには詳しいと思うよ」


「やはり、そうですか」


 言ってルティアが目を瞑る。

 そして一拍開け、目を開くとどこか不安げに口を開いた。


「……あの、もしですよ。もし、術師協会から依頼があると言ったら……ルトさんは受けて下さいますか?」


「術師協会から!?」


「はい。……どうでしょうか?」


 ルティアは真面目な表情を維持したまま、ルトの様子を窺う。

 対しルトは、うんと考えると、ぽりぽりと頭を掻いた。


「……えっと、内容次第、かな。ルティアさんが持ってきてくれた依頼なら是非! と言いたい所だけど、例えばもし死のリスクが高い依頼とかなら、少し考えると思う」


 その言葉を受け、ルティアは一度ふふっと柔らかい笑みを浮かべると、ルトを安心させる為か表情を聖母のような笑みへと変える。


「ご安心下さい。内容的に殆ど危険はございませんわ。……とは言え、絶対にないとは言い切れないのは事実ですが、これはどの依頼にも等しく言える事なので……」


 言って、カバンを漁り、


「とりあえず内容がわからない限り、判断もできないでしょう。……こちらが、今回の依頼書になります」


 その後、依頼書をルトの方へと差し出す。


「──アルデビア草原のパトロール?」


「はい、そちらが主な依頼内容になりますわ」


 書類へと目を通していく。

 その内容はある意味驚くべきものであった。


 明日より1週間、毎日指定時間にアルデビア草原のパトロールを行う。たったそれだけだ。


 報酬は、1日200リル。


 ルトが1日で最も稼いだ日でも、ゴブリン20体討伐で得られた300リルである事を考えれば、ゴブリン討伐の依頼よりも明らかに難易度が低く、高い報酬だと言える。


「……いや、流石に割りが良すぎないかな? この依頼内容でこれ程の報酬だと、何か裏があるんじゃないって疑っちゃうよ」


 ルトは怪訝な表情をルティアへと向ける。


「……裏という訳ではありませんが、もちろんこれだけ報酬が高いのには理由があります。……ルトさん、先日の一件は覚えていらっしゃいますか」


「……当然だよ。何もかもが衝撃だったからね、忘れたくても忘れられないよ」


 オーガも十分衝撃的であったが、その後のルティアが比較できない程大きなインパクトを残していった為、どちらかと言えばそちらの方の記憶の方が色濃いが。


 ルティアが話を続ける。


「……ルトさんもご存知だと思いますが、オーガは単独行動が主ですわ。だからこそ、あの時もオーガ討伐に成功した為、ひとまずは安心だと協会は判断し、現在草原への立ち入りも禁止しておりません」


 時折、場違いの魔物が現れる事がある。


 その際、討伐完了後に立ち入りが禁止されるかどうかは、基本的にその魔物が単独か複数のどちらで行動するかによって判断される。


 今回の場合、オーガという単独で行動をする魔物であった為、草原については警告はあれど、立ち入り禁止にはなっていない。


 と、ここでルティアは眉間にくっきりと皺を寄せると、


「しかし、不可解ではありませんか? なぜあの場にオーガが居たのか。そしてオーガが使用した魔法の様な物は何なのか。通常では説明できない事が沢山ありますわ」


「うん、そこは僕も不思議だった」


 ルトの言葉に、ルティアは一度うんと頷くと、更に話を続ける。


「そこで、私は一つの仮説を立てました。前回のオーガは何者かに操られているのではないか、即ちオーガを操る事ができる存在……絶対の王。オーガキングが近くに居るのではないかと」


「……!? オーガキングって、あの?」


「はい。オーガの突然変異体にして、一回り大きな体躯と、発達したツノを有し、通常単体で行動するオーガを特殊能力で操ってしまう恐ろしい魔物ですわ」


 文献で読んだ事がある。

 時折現れる突然変異体。

 通常の個体に比べ圧倒的な力を有し、また同種族の魔物を意のままに操ってしまう恐ろしい個体であり、その様子がどこか国を統べる王のようであった為、キングの名が付けられている。


「……もしも今回の件にオーガキングが関わっているのならば、オーガキング単体ではランクB、複数体のオーガと同時となれば討伐ランク最高のAとなります。これは並みの術師団が2組あってやっと倒せるかどうかというレベルですわ」


「そんなに……」


 目を見開くルト。


「とは言え、あくまでも私の仮説ですので、実際はどうかわかりません。もしかすると、既にオーガは存在せず、ただ平和にパトロールをして終わるだけになるかもしれません」


 言って、ルティアは苦笑する。


 そしてまるで先程までの会話の内容をルトの頭に定着するのを待つように一定の間を開けると、再び口を開いた。


「……ルトさん、どうでしょうか。悪くない依頼だと思うのですが……」


 ……確かに金銭面を考えても、魅力的であった。しかし、ここでおいそれと頭を前に倒せる程情報が得られていないというのも確かである。


 ルトはそう考えると、頭に浮かんだ疑問をルティアへとぶつけた。


「……一つ聞きたいんだけど、万が一オーガやオーガキングと遭遇したとしたら、その時はどうすれば良いの?」


 ルトは高い戦闘力を持ち合わせていない。


 そんな状況で、もしオーガやオーガキングにでも遭遇してしまったのならば、間違いなくルトに待つのは死のみとなってしまうだろう。


 そんなどこか不安げなルトの問いに対し、ルティアはリラックスした表情のまま、


「ふふっ。ご安心下さい。その時は、私が全力を持って討伐致しますわ」


「え、ってことはもしかしてこの依頼って……」


「はい。私も同行させていただきます」


 ルトは、目を丸くした。


 まさかのあのルティアが、共に依頼を受けると言うのである。


 つまりは、あの学園でも最高峰の実力を有する『天使』の戦闘を、間近でみられる機会が多くあるかもしれないという事でもあった。


 ルトは一瞬逡巡する様子を見せると、何とも言えない笑みを浮かべると、


「成る程、凄く魅力的な依頼だね。だからこそ、わかった……と言いたい所なんだけど、実は簡単に首を縦に振れない理由があってね」


 幾らルティアが同行するとは言え、絶対に戦闘がないとは言い切れない。

 となれば、必然的にルトも武器を所持し草原へ向かうことになる。

 しかし──


「その、この前のオーガ戦で短剣が折れてから、僕の武器がなくなっちゃってさ。新しいの買おうにも資金が足りなくて、今頑張って集めてる所なんだよね」


 言って、アハハとルトは笑った。


 そう、現在ルトにはおおよそ武器と呼べるものが1つもないのである。


 これでは少し厳しいのではないか、そう考えるルトであったが、対するルティアはあっけらかんとした様相で、ごく当たり前の様に1つの提案をした。


「……それでしたら、うちにあるものを何点か譲りましょうか? 母が剣のコレクターでもあって、様々な剣を飾っているのですが、丁度数日前にスペースの関係上いくつか廃棄か売りに出したいと言っていまして。恐らく母も快く譲ってくれると思います」


 対し、ルトは最早何度目かわからない遠慮の言葉を口にする。


「いや、気持ちは嬉しいけど、短剣なんて高い物を貰うなんて流石にできないよ」


 と、ルトが遠慮すると思ったのだろう、ルティアは人差し指を一本立てると、代替案を出した。


「……あ、でしたら譲るではなく、貸すならどうでしょうか。今後の事を考えたら、武器は持っていた方がルトさんの安全もある程度は保障されますし。私も一友人としてその方が安心ですわ」


 上手い返しだ。


 ルトからしても、なるべく早急に武器を手に入れておきたいと思っていた為、断り切る事が出来ない。


 何よりも、友人という言葉に、こちらを心配するようなルティアの言葉に若干の嬉しさを感じてしまったと言うのもあった。


 だからか、ルトはしっかりとルティアと目を合わせると、


「うん。お言葉に甘えて、お願いしようかな」


 言って少し恥ずかしげに笑う。


「了解ですわ!」


「あと、依頼の方も受けさせていただきます」


「本当ですか!」


「うん、武器を貸してもらう以上、流石に断れないよ。それに、ルティアさんの戦闘シーンを再び間近で見れるかもしれない、その事実に少しワクワクしてしまっている自分が居るんだ」


「ルトさん……」


「だから、よろしくお願いします」


「はい! こちらこそよろしくお願いしますわ!」


 その言葉の後、ルトは依頼の内容へと目を向けた。

 そして、何ら問題はない事を確認し、サインをしようとした所で──ふと、依頼主に書いてある名へと目がいった。

 同時に何やらとてつもなく嫌な予感がする。


「ん? アリア・スカーレットって──」


「昨日ルトさんがお会いした、受付嬢のアリアさんですわ」


 陽気に笑う、赤髪の女性の姿がルトの頭に浮かぶ。


「やっぱり!? え、でもさっき依頼は術師団からって……」


「申し訳ございません、先にお伝えした方が良かったのかもしれませんが、実はその方が都合が良いというのが理由で、今回の依頼は術師団からとなっております。しかし、正確に言うのならば、術師団の受付嬢、アリア・スカーレットさんからの依頼となりますわ」


 ……何故だろうか、その名をそしてあのアリアさんの相貌を思い浮かべただけで、ルトはどこか途方もない不安を感じてしまった。


「……やっぱり、辞めておこうかな……」


 思わずポツリと呟く。


「……! そんな、突然どうしてですか」


 しかし、ルティアがあまりにも純粋な疑問の眼差しを向けてきた為、


「……いや、ごめん、嘘」


 ルトはそう言うと、引きたくなる手を何とか前に出し、依頼書へとサインをした。


 かくして、ルトとルティアのパトロールが始まった。

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