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天狗の巣7

 ミコト様はすごくすごく親切だし、ちょっと心配になるほど優しいし、沢山助けてくれた人だ。私も出来ることであればしてあげたいとは思う。

 でも命とかは流石にちょっと。


「死ぬとか怖いしまだ死にたくないよ」

「だ、だよね。そうだよね。良かった。良かったよ、うん」


 お父さんは安心したように頷きつつも、男としてはちょっと可哀想、と呟いていた。そんなこと言われても。


「でも命関係ない範囲だったら、ミコト様のこと助けたい」

「ルリちゃんは優しいね」

「ぬ」


 天狗の巨大な腕に抱っこされながら考えていると、蓋をしてある藁の壺からちゅかちゅかとすずめくんが鳴いた。もうお腹空いてしまったのかと蓋をどけると、ちーちーと元気に鳴く。すると、小さな鳥が一目散にこっちへ飛んできた。


「すずめっ!!」

「うわっ」


 まっすぐ飛んできたメジロが子供の姿に変わり、飛んできた勢いのまま私の方へとぶつかってくる。ぬ、と言っただけでその衝撃も危なげなく受け止めた天狗がいなければ、私はぶつかって転んでいただろう。

 めじろくんは血相を変えてすずめくんを呼び、そっと巣の中に手を伸ばして小さなヒナを掬い上げた。白くて小さい両手でそれをそっと包み、優しく抱き寄せて息を吐く。色白の美少年であるめじろくんは顔色が悪く、疲れたような顔をしていた。


「すずめ、やっと見つけた。めじろは心配した」


 めじろくんがそっと呟くと、ヒナ姿のすずめくんもちーちーとそれに応えるように鳴いている。もう一度そっとヒナを温めるように手で覆って、ようやくめじろくんは顔を上げた。その顔は、もういつもの涼しげなものに戻っている。


「ルリさまも無事でようございました。屋敷のもの総出でお探ししておりました」

「う、うん、心配させてごめんね。すずめくんもこんな姿になっちゃったけど、元気だから。ごはんもいっぱい食べてるし」

「天狗様にお世話になっていたのですね。気配が見つからなくて心配しておりましたが、闇のうちは却ってよかったのでしょう。天狗様、お見習い様、すずめとルリさまをお守り下さいましてありがとうございます」

「ぬ」


 私と一緒に抱っこされながらも、めじろくんは天狗に丁寧にお礼を言った。それからヒナを藁の籠に戻し、自分の着ている黄緑色の服のあわせを解いて中にそっと入れ込む。ちいちいと何か言っているすずめくんに構わずに蓋をすると、それを守るように片手を添えた。


「ルリさま、どうかお力をお貸しくださいませ。ミコト様は穢れに呑まれかけております。めじろ達はもはや近寄れません。お声が届くとしたらルリさましかおられません」

「えーっと、命とか賭けないなら大丈夫」

「大丈夫です、まだ神の御姿を保っておられますから。大体、ミコト様ですよ。ルリさまのお命を食らって喜ぶと……まあ喜ぶかもしれませんが」

「ちょっと待って?! それお父さん的には聞き捨てならないんだけど?!」

「大丈夫ですよ。ルリさま、ちょっと叱ってあげて下さいませ」

「ルリちゃん危なくない?! やめよう?!」

「お父さんちょっと静かにしててよ」


 確かにミコト様は、私のことに気を遣いまくっている神様である。自分のせいで私が怪我でもしようものなら、ものすごい罪悪感に襲われて人類滅亡まで引き篭もってしまうかもしれない。お父さん曰く有害そうなナニカを醸し出しているらしいけれど、まだミコト様として理性があるのであれば大丈夫だろう。タタリ神的な何かになってたら私も怖いけど、ミコト様であれば怖くない。


「天狗様、私を向こうまで連れて行ってくれませんか? 危なくないとこまでで良いのでお願いします」

「ぬ……、」

「このままだと状況は変わらないですよね? 暗くなると危ないんだったら、今のうちにやったほうが良くないですか?」

「ぬぅ」


 いかつい顔に2つある大きな眉をぎゅっと寄せた天狗の顔が、悩んでいるように顰められる。


「ちょっと待ってルリちゃん、本当に危ないし、どうやればいいかとかもわかってないでしょ? それとも何か考えがあるの?」

「別にないけど、ここだとちょっと遠いし。行ったらなんとかなるかなって」

「そういうぶっつけ本番なところフユちゃんに似てていいけど、お父さんとしては死ぬほど心配だから」

「お父さんもう死んでるじゃん」


 自虐ネタかと思って笑うと、天狗仮面が笑い事じゃない……と肩を落とした。カラスがくわくわと鳴いて仮面の鼻先をつついている。

 こんな時だけど、お父さんが私のことをお母さん似だと言ってくれるのはすごく嬉しかった。ちょっと前まで私はどっちかというとハッキリしないような、当たり障りのない感じで生きていたタイプだったと思う。家にいるときも、お母さんがハキハキしていて、私はそれについていく感じだった。あんたはたまに抜けてるとこがあるしお父さん似かもね、とお母さんが言っていたくらいだ。

 お母さんが死んで、色々あって、ミコト様のお屋敷で生活するようになって私は変わった。自分の意見をしっかり言うようになったし、自分でもびっくりするくらい感情の起伏が出てきた。たまに自己嫌悪したりもするけれど、昔の私に比べたら、今の私のほうが気に入っている。


 私を変えてくれたのはミコト様だった。私をお屋敷へ招いてくれて、少しずつ仲良くなってくれて、うんと甘やかしてくれた。私が死にたくないと応えられるのも、ミコト様が色々楽しいことを教えてくれたからだ。だから私はもっと生きてたいし、もっとミコト様と喋りたい。お父さんと会えたことも言いたいし、すずめくんのことや、天狗の家のことも話したい。ミコト様の怪我も、私が治したい。


「天狗様、お願いします。私をミコト様のとこまで連れて行って下さい」


 もう一度お願いすると、天狗はぎょろりとした目でじっと私を見て、それからぬ、と頷いた。






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