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天狗の巣6

 お父さんと天狗とカラスとヒナのすずめくんとで食べた食事は、想像していたより普通だった。

 川魚の塩焼きにアオサのお味噌汁。ごはんは粟や麦が混ざったもので、お漬物と納豆と生卵も付いている。ヒナ姿のすずめくんにあげるエサにも卵黄が混ぜられていて大丈夫なのかと思ったけれど、カラスも卵を器用にクチバシで割って食べていたので大丈夫らしい。同じ鳥でも種類が違えば共食いではないのかもしれない。


 朝食の後は余ったごはんでお昼のためのおにぎりを作った。天狗の巨大な手はバスケットボールより大きいおにぎりを作り、私は普通のおにぎりを握って、お父さんは俵型のものを作っていた。熱心にお願いするので私のおにぎりはお父さんのものと交換して俵型のものになったけれど、唐揚げも付けてくれたので文句はない。鶏を飼っていて卵や鶏肉にしているのかと思ったけれど、そのへんはお父さんがスーパーで買ってきてるらしかった。


「ルリちゃん、本当に行くの? お父さんはやめておいたほうが良いと思う」

「だっていつまでもここにいるわけにもいかないし、とりあえず帰る。着替えもしたいし」

「いつまでもいてもいいのに……」


 大きな天狗もお父さんの後ろでウンウンと頷いていたけれど、私の態度が変わらないのを見て渋々出かける準備をした。

 すずめくんには沢山エサを食べさせて、お父さんが編んでくれた藁の巣に入れる。カフェオレボウルくらいのサイズの巣は、その口径に合った丸くて平たい蓋も付いている。中に布を敷いてすずめくんを入れ、蓋をして紐で緩く結ぶ。それをしっかりと腕に抱くと、天狗が私を抱き上げた。大きさのせいで完全に赤ちゃんみたいな抱っこの仕方になっているので、安定感は問題ない。

 足元では、天狗のお面を掛けたお父さんが背中を丸めている。天狗がそっちを見ると、お父さんがぼそりと呟いた。


「ぬ」

「お父さんがおんぶしてあげたかった……」

「いや、すずめくん持ってるから」

「抱っこでも良かった!」

「お父さん細いから何か落とされそうだし」

「ウッ……」


 子供の頃であれば抱っこしてもらえたかもしれないけれど私もしっかり育っているので、私くらいではびくともしなさそうな天狗の方が安心である。お父さんには、代わりに慰めるようにカラスが抱っこをねだっていた。


 私を抱っこしたまま天狗は空高く飛ぶ。仕組みはわからないけれど、一本歯の下駄でぐっとしゃがんでジャンプすると、見る見るうちに高度が上がっていった。それを追って天狗仮面となったお父さんも昇ってくる。小刻みにあちこちへ片足で飛びながら上昇する姿は、まるで空中に何か見えない段差があるかのようだった。

 ある程度まで高く昇ると、ぐんぐんとそのままジャンプしながら進んでいく。風が激しく吹き付けるので、私はすずめくんが寒くないようにしっかりと巣を抱え込んだ。


「ぬぅ」

「うわぁ本当だ……あれ、近付きたくないなぁ……」


 高台にある送電線の鉄塔、その天辺に立った天狗が唸ると、すぐ近くの空中で立ち止まったお父さんがイヤそうに同意した。よく見える風景を見下ろすと近所にある見慣れた建物や学校があるので、2人の視線の先にはミコト様のいるお屋敷、それに繋がっている神社があるようだ。街の中に小さい森のようなものと、その近くに小さい山があるのが見えるのがそうだろう。

 じっと見ていても、私にとっては普通の風景にしか見えない。近くを電車が通ったりすると私達は格好の写メ対象になっているのではとドキドキするけれど、お父さんも天狗も気にする様子はないので見つかりにくいのだろうか。


「何で近付きたくないの? 何かあるの?」

「えっ、あーもしかしてルリちゃんは見えないのかな」


 フユちゃんのいいところを受け継いだのかもねえと言いながら、お父さんが小さい森のような部分を指差す。


「あそこに近付くと有害そうなものが淀んでいるんだよ。あと、ルリちゃんを必死に探してる」

「有害そうなもの……」

「ミコト様、随分穢れが溜まっちゃったなあ。昨夜、お師匠に見張ってもらっていて正解だったね」


 夜に外に出た天狗は、ミコト様が私を見付けないように気配を消してくれていたらしい。その時から薄々感じてはいたものの、ミコト様が良くない状況にあるというのがハッキリしたのだという。


「あのまま穢れが広がると、ミコト様は神様でいられなくなってしまう」

「えっ! 何かそれやばくない? どうにかしなきゃ」

「やばいやばい。だけど近付くのも危ないし、ルリちゃんを見付けてもおさまるかどうかわからないから、お父さんはルリちゃんを近付けたくないんだよ」


 荒ぶった神様というのは、慰めることで元の姿に戻ることがあるらしい。その慰めるというのを人間が行うのであれば、命をもって慰めるということも珍しくないのだそうだ。ひとりふたりで済むのは簡単な方で、毎年一人ずつとか、集団でとかそういう規模で飲み込んだりすることもある。昔のヒトバシラとか、生贄とかがそうらしい。


「僕はルリちゃんを行かせたくない。まだこんなに小さくて、色んな未来があるんだから。でも、ルリちゃんは、ミコト様を救いたいと思う? 命を賭けても良いと思える?」


 天狗の仮面をずらして、お父さんが私に視線を合わせる。

 真剣なその問いに、私は考え込んでから言った。


「無理」






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