天狗の巣5
すずめくんやめじろくんは長い間ずっとミコト様にお仕えしてきたので、神のケンゾクというのになっているらしい。早い話がほぼ神なので、よっぽどのことがないと死なないそうだ。すずめくんの場合魂が成長しすぎて元のスズメの姿が朽ちてしまい、今現在は鳥の姿は借り物らしい。普段は他のスズメから譲ってもらったり死んだスズメの体を治してもらったりして、ちょくちょく入れ替わっているのだそうだ。今回は急だったので、生まれたてのヒナに慌てて入り込んだのだそうな。
「凄い。すずめくん不死鳥じゃん」
「まさにそうだね」
「お父さん物知りだね」
「うん、いちおう修行中の身だからね。色々勉強するんだよ」
お父さんの解説を聞きながら、ちーかちーかと口を開けるスズメのヒナに餌を上げる。耳掻きを小さなスプーン代わりにして、すり潰した穀物や菜っぱをぬるま湯でふやかしたものを口の中に放り込んでいくのだ。鳥は首の横にごはんを溜めておく袋があって、それが膨らむと満足してすずめくんは寝てしまう。お腹が空くとまたちーちー鳴いて口を開ける。
すずめくんは死なないものの、キツネに齧られた時についでに力も齧られたらしいので、省エネでいられるスズメの姿でしばらく過ごす方が良いとのことだった。エサを練っていると、カラスもそばに来てくわわわと同じようにエサをねだってくる。こっちには指で掬ったものを差し出すとニャムニャム言いながら食べているけれど、お父さんによるともう大人のカラスらしい。
「その子もいることだし、今日はゆっくりここで休んだ方が良いよ。また落ち着いたら送っていくし」
「でもすずめくんがこんなんだからこそ、早めにお屋敷に行ったほうが良いんじゃない?」
「ルリちゃん……お父さんは寂しい……」
お父さんは食事を終えて、天狗の仮面を付け直していた。前はこの天狗の仮面が正体不明な感じを醸し出していたけれど、お父さんだったと知ってしまっているからもうミステリアスな感じはしない。
あちこち探してすずめくんを見付けて帰ってきてくれた巨大な天狗は、今は座って巨大なすり鉢ですずめくんのエサを作ってくれている。貝殻なども入れてそのまま砕いているので、ヒナは栄養たっぷりのエサで丈夫に育ってくれるに違いない。
お腹いっぱいになったらしいヒナ姿のすずめくんをそっと手拭いを敷いた籠の中に入れると、カラスが跳ねるように近付いてきてその中に入った。片方の羽を浮かせて囲うようにすずめくんを温めてくれて、すずめくんが起きたら鳴いて知らせてくれる優しい保育士さんである。
「なんかお父さん、やたらと私をお屋敷に行かせないようにしてない?」
「えっ……そうかな〜? そんなことないんじゃないかな? ねえお師匠?」
「普通に怪しいんだけど」
あからさまに目をそらして顔を引きつらせているところを見ると、お父さんはミコト様と同じくらい隠し事が出来ないタイプのようだ。
「私がお屋敷に行かないほうがいい理由とかあるの? 山の神様がまだ暴れてるとか?」
「いや、それはもう大丈夫なんだけど」
「じゃあミコト様がどうにかなってるとか?」
言葉に詰まったお父さんが目をそらしたので、当たりらしい。
「ミコト様、どうしたの? まさか傷が悪化したとか?」
「えーと、うんまぁちょっと……ルリちゃん、ちょっと落ち着いてお父さん苦しい」
前に私が助けてとお願いした時に、傷が悪化してでも助けてくれたミコト様だ。私がさらわれた上に吹っ飛ばされたと知ったら、山の神様に対してもどうにかしようとする可能性が高い。
自分で言うのも何だけどミコト様は結構私のことが好きなので、山の神様に対して恨みを持ってしまうかもしれない。そうなれば、傷がまた広がってしまうのに。
「いや、ますますじっとしてる場合じゃないでしょ。早く帰してよー!」
「ほんとルリちゃんお願い、今日一晩だけでいいから、せめて日が出るまで待って!」
お父さんの首元にかじりついて揺さぶっていると、カラスがくわくわ騒ぎ、すずめくんが起き出してちかちか鳴いて、天狗までもがオロオロしていた。ギブを宣言しているお父さんは、けれども最後まで頷いてはくれない。
「ほらよく言うでしょ。夜は善くない力が強くなりやすいから。太陽が出ているうちだったらあれだから、とにかく今夜は我慢して。ほらお風呂沸かすから。ねっ」
「善くない力が強くなりやすいって……」
それがなんでミコト様のお屋敷に近付いちゃいけない理由になるの、とは訊けなかった。
大きな桶に張られたお風呂に入って、お父さんのいつも使っているらしいお布団に入る。捨て犬のような目で見られたので、今夜だけはお父さんと隣り合って眠ることに同意した。お父さんはしまってあった冬用の布団を使うらしく、暑そうだったけれど嬉しそうにしている。枕元にはすずめくんとカラスの入った籠とエサの元が置いてあって、いつヒナがお腹を空かせても良いように準備してある。天狗は明かりを消すと立ち上がって、土間から家の外へ行ってしまった。
巨大な蚊帳の中で、ごうごうと鳴る風の音を聞きながら目を閉じる。ざわざわと騒がしい木の擦れる音がなくっても、私の寝付きは悪いままだっただろう。




