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天狗の巣4

「あっうわ、えっ」


 素顔が出てしまっていることに気付いたその人は、天狗の仮面を慌ててかぶろうとアタフタしている。私は立ち上がって走り、高い段差を降りてそのまま天狗仮面のもとに走った。


「あ、ちょ、裸足」

「お父さん!!」

「えっ……」


 後ろに回していた仮面を肩の辺りで引っ掛けて変な状態でいた天狗仮面がまた固まる。それから目を真っ赤にして、くしゃっと表情をくずした。顔全体は泣きそうなのに、口元だけ頑張って笑おうとしているようだ。


「な、なん、なんで」

「お父さんでしょ? 違う?」

「違わないよぉ……ルリちゃん、覚えててくれたんだ……」


 天狗仮面が仮面を取った顔は、アルバムに載っていたお父さんの写真そっくりそのままだった。小さい頃からお母さんと一緒に何度も見たし、お屋敷に移ってからもフィルムを現像してもらって新しいアルバムも作った。

 生まれたての私を抱っこして困っている写真、お祝いの席で私を膝の上に乗せている写真、私にケーキを口に塗りたくられて笑っている写真、痩せた姿で病室にいる写真。


「って違う、お父さん死んだんじゃないの? オバケになったの?」

「お、オバケ……いや、そう、お父さんはホラ天狗とか、もうちょっとかっこいいのになる修行中なんだよ」

「だから天狗仮面になってるんだ」

「天狗仮面……」


 お父さんは生前から普通の人間よりもあの世とかに近いタイプだったらしく、天狗とか神様とか妖怪とか幽霊とかが見えるような人だったらしい。人間として生きていくのは難しいくらいの力は狙われやすかったらしく割と幸薄い人生だったようだけれど、今は天狗様の元で力を活かすべく修行をしているのだとか。


「ルリちゃん、むかーし何度か天狗様に会ってるんだよ。見えてなかったみたいだけど」

「全然覚えてない」

「そうだよね、あの頃はこーんなにちっちゃかったんだよ。手もこんなちっちゃいのに、ちゃんと爪まであって感動したなあ。おっきくなったよね」


 まさか会えるとは思わなかったお父さんなので、こうして会えたことは嬉しい。

 でも、私とそう年代の変わらなさそうな姿でしみじみされるとちょっと微妙な気持ちになるのは確かだった。お父さんが死んだのは24とかそれくらいなので、一緒に並んだら親子だとは普通思わないだろう。

 天狗仮面改めお父さんが妙に嬉しそうなのでそのことは黙っていることにしたけれど。


「そうだ、私お屋敷に帰りたいんだけど。ミコト様が心配してそうだし」

「えっ、せっかくこうやって会えたから、もう少しゆっくり喋らない? ほら、ごはんも出来るし」

「いや、お父さんとはまた会えるんでしょ? 天狗仮面だし」

「うっ……ルリちゃん、そういうさっぱりしたところ、フユちゃんそっくりだね」


 お父さんはお母さんのことをフユちゃんって呼んでたのか、と今更知ってちょっとこそばゆい気持ちになる。お母さんに似てると言われるのも嬉しい。


「ここどこ? お屋敷まで時間かかる?」

「そのことなんだけど、今夜はここで休んでからの方がいいんじゃないかな。もう夜になるし、ねっお父さんと寝よう」

「えー……いや。この年になって流石にお父さんと一緒はちょっと」

「娘と寝るのが夢だったのに……」

「大体お父さん、もっと頑固オヤジみたいな性格だってお母さんが言ってたよ。気が強くて変なとこに拘る人って」

「あーそれはね、お父さんがそう伝えてって言ってたんだよ。娘にはかっこよく思ってほしかったし。フユちゃん、鼻で笑ってたくせにちゃんと伝えててくれたんだなあ」


 テレテレと笑うお父さんは、どう見ても頑固には見えない。変なとこに拘る人というとこだけ正しかったようだ。確かによく考えてみるとお母さんがハッキリした性格だったので、気が強いタイプよりもお父さんみたいな方が相性が良さそうだ。


「フユちゃんのこともっと聞かせてよ。ルリちゃんともしっかり話ししたいし、今晩はお父さんと喋ろう」

「だからまた今度でもいいじゃん、とりあえず帰ってミコト様に無事だって知らせておきたいし」

「ルリちゃんはお父さんよりミコト様を選ぶんですかっ!」

「何めんどくさい」


 正体がバレたことにより急速に距離を縮めようとするお父さんを適当にあしらっていると、菜っぱをつついていたカラスがくわくわと騒ぐ。すると風の音が聞こえてきて、ぬっと大きな天狗が顔を出した。


「あ、お師匠、お帰りなさい。見てみて、ルリちゃん気付いたんだよ〜」

「ぬ……」

「いやいや不可抗力で、顔を洗ってついそのまま……わかってるから!」

「ぬ」


 お父さんが「ぬ」と会話している。

 じっと眺めていると、天狗が屈んで私にそっと手を差し出した。巨大な赤い手の中には、小さい小さい鳥のヒナがちゅーちゅー鳴いている。まだ羽も生えそろっていない、ツンツンした棒のような羽根の間からピンクの地肌が見えているようなヒナ。それを眺めていて、すずめくんのことが急に思い出された。

 そっとそのヒナを両手で掬うと、ヒナがおぼつかない目を開けながらクチバシを思いっきり開けてちーちーとエサをねだった。


「すずめくん……ミコト様に、すずめくんのことも言わないと……」


 涙が溢れないように瞬きながら鼻を啜った瞬間、ぽわんと音がして急に腕が重くなった。ぎゅうと首に抱きつく感触がする。ルリさま! と呼ぶ声に驚くと、目の前ですずめくんがふくっと笑う。


「すずめくん!」

「ルリさま……板垣死すとも、すずめは死なず! です!」


 何言ってるんだ、と思った瞬間、すずめくんはぽわんとまたヒナに戻って、黄色いくちばしを一生懸命に開けてちーちー元気に鳴いた。






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