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天狗の巣2

 ものすごく大きい天狗とじっと目が合う。

 大きくギョロギョロした黒い目玉が、金色にも見える白目の部分に浮いている。くわっと険しい顔つきで固定されたようなゴツゴツした顔立ちも、上に小さくて黒い帽子を乗せて顎の下で結んでいるのも、よくある天狗のお面そのままだった。ただ質感だけが生々しく、微妙な眉の動きや長い鼻から勢い良く吐き出される息、それに揺れる髭などがお面でもマスクでもないということを物語っていた。


「ぬぅ」


 また一歩、天狗が近付いてきて、思わず私は一歩下がる。すると天狗はそれに気が付いたように動くのをやめた。じっと私を見ながら私に掛けられていた薄いシーツにゆっくりと手を伸ばすのは、別に危害を加えるための動きではないとアピールしているようだった。

 シーツを手に取った天狗は、それを軽く振って首に掛ける。するとシーツはどう見ても天狗の手拭いになった。のしのしと縁側から回り込んで、土間の壁の向こうでバシャバシャと音が聞こえる。それから家に入ってきた天狗は、その巨大手拭いで顔をゴシゴシ洗っていた。ついでに付いていったカラスも水浴びをしたのか羽を震わせている。天狗の歩いた跡に水が垂れていたので、足にも水をかけたことがわかった。


「ぬ」


 大きな木の蓋を持ち上げてかまどをヒョイと覗いた天狗は、そばにあったイスにできそうなサイズの木のお玉で中をかき混ぜる。吊り下げ型の棚に置いてあった器を取り、ぬ、と唸って私の方を振り返ってもう一つ、大きな徳利の横に伏せてあったおちょこも取る。

 とろとろになった釜の中身を器とおちょこによそい、お箸をがちゃがちゃと掴んで下駄を脱ぎ、板の間をのしのしと歩いて畳の間で座る。それから私の方へおちょこを差し出した。湯気がもうもうとたつおちょこは私で言うところのどんぶりサイズで、中には野菜も入ったどろどろのおかゆのようなものが入っている。良い匂いがふわんと漂ってきた。


「ぬ……、」


 同じようにお箸も差し出したけれど、私にとってはすりこぎサイズだと気が付いて天狗が唸る。それから一度席を立って土間へ戻り、小さな木のスプーンを持ってきて満足そうにこちらへ差し出した。


「ありがとう、ございます」

「ぬん」


 天狗にとってはとても小さいスプーンは、私にとっては結構大きい。けれど熱々のおかゆを掬って冷まして少しずつ口に入れるにはちょうど良かった。

 お米が崩れるほど煮込んだおかゆは、ダイコンや菜っぱが入っていて、かき混ぜると干し肉のようなものも入っていた。味付けは塩だけだけれど材料の味が良く出ていて、飲み込むと生姜が効いてぽかぽかと体が温まる。


「おいしい……」

「ぬ」


 同意するように天狗が唸り、巨大な器を口にあてがってガツガツとかきこんでいる。熱くないのだろうかと眺めていると、首を傾げながら手を差し出された。首を振ると、自分の分だけおかわりを入れに行く。途中で天狗が提げて来た籠の中に入っている野菜をちぎって土間に放り投げると、カラスが嬉しそうにくわくわと鳴きながらそれを啄んだ。


「あの……、」


 天狗が3回目のおかわりを終えてお箸を置いたのを合図に声を掛けてみると、勢いのある眉毛を少し上げて私の方を見た。いかつい顔をしているけれど、物静かにしているし、こちらを脅かさないように気を付けているのがわかる。


「その、私を助けてくれたんですよね? ありがとうございます」

「ぬ」


 ぬ、というのがどういう内容なのかはわからないけれど、頷いたので肯定したのだというのはわかった。


「ミコト様のお知り合いですか?」

「ぬ」

「あの、天狗かめ……お見習いさんの先生ですか? ミコト様にお礼参りに来てる」

「ぬぅ」


 大きな鼻が縦に動く。イエス・ノーで答えられる質問を繰り返して、ここがミコト様のお屋敷のような少し街とは違った場所にあること、お屋敷とは少し離れた場所にある山の中だということ、この家は天狗の住処だということ、空中に投げ出されていた私をキャッチしてここまで連れてきてくれたことなどがわかった。

 相変わらず言葉として返事は返ってこないけれど、細々と質問していく私に嫌な顔せずにきちんと首を動かしてくれている。


「じゃあ、あのお見習いさんもここに来るんですね」

「ぬ」


 頷いた天狗が、ごそごそと懐からみかんを取り出して私にくれた。これでも食べて待っていろということらしい。みかんは枝についたままの状態だったけれど、ごつごつした指が枝の棘をむしって庭に投げ、安全な状態にして渡してくれる。もしかしたら、もぎ取ろうとすると潰してしまうからかもしれない。


「ありがとうございます」

「ぬ」


 天狗はがりがりと頭を掻いて、それから立ち上がって土間へ通りて何か作業をし始めた。

 私がそれを眺めながらみかんを剥いていると、ちゃっかり近くへ来たカラスが私の手元でくわわと口を開けて鳴いた。






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