四季の咲く庭5
こっちこっちと連れてこられたのは主屋の正面にある大きな階段。そこから道幅3メートルくらいの広い石畳が大きな門へと続いている。あそこの向こうは街にあるぼろぼろの神社に繋がっているのだろう。
美女2人は主屋を出てすぐのところで立ち止まってニコニコした。そうしてお互いにそれぞれ握っていた私の手を引っ張って逆方向へいこうとする。
「これが私よ。近くに寄ってみて」
「こっちが私よ。よく見てみて」
「ちょっと待ってちょっと待って」
両側から引っ張られても大岡裁きは始まらない。自力で踏ん張ってタイムを申し出て、2人がそれぞれ指す方向を確認する。
主屋を背に右に白い花を付けた木が、左に紅い花を付けた木が階段の両側を彩るように植えられていた。
「梅?」
「そうなの。私は紅梅」
「私は白梅」
「梅かぁ……動物だと思ってた。紅梅さん、白梅さんだね」
いつも最初に口を開く方が紅梅さんで、白梅さんはそれに頷いてにこにこと笑っている方の美女である。2人は同じ顔立ちだけれど、毎日それぞれ違う組み合わせの着物を着ている。服装からはあまりわからないけれど、よく見ると紅梅さんの方は目尻にほんのりと赤いアイシャドウを塗っているのに気がついた。すっと綺麗な美人コンビだけれど、よく見ていると紅梅さんの方がやや活発そうで、白梅さんの方がややおっとりしているように見える。
名前を呼ぶと、2人の顔がぱっと明るくなった。まさに花が咲いたような笑顔が眩しい。
「人間に名を呼んでもらうの、いいわね」
「嬉しいわ。素敵だわ」
「もっとお花も見てほしいわ」
「匂いも嗅いでほしいわ」
「あ、はい。順番に。順番にね」
もう一回逆ベクトル方向へ負荷をかけられそうになったのでさり気なく回避しつつ、最初は左側にある紅梅に近付く。
枝のあちこちに陽の光で濃いピンク色に見える花が付いていて、華やかでとても可愛い。近付くと濃い花の香りがして、それは2人から香っていた良い匂いと同じだった。甘いけれどくどくない優しい匂い。
「可愛い」
「嬉しいわ」
「気に入ったのね」
「梅の花、すごく良い匂いですね。花もかわいい」
「綺麗でしょう? 取ってあげるわ」
「えっ」
にこにこ笑った紅梅さんがたおやかな手を伸ばすと、紅梅の枝がぽきりと勝手に折れてその手に収まった。
「折れた!」
「この枝、良いでしょう? よく咲いているわ」
「素敵な枝ぶりだわ」
「えっ、これ勝手に折っちゃっていいんですか? 梅大丈夫?」
きゅっと手に握らされた30センチくらいの枝は沢山花が付いていて確かに可愛いけれど、お屋敷の正面にある枝を勝手にどうこうしたら良くないのではないか。勝手に折れたように見えたけれど、どういう仕組なのか。
慌てていると、紅梅さんと白梅さんがくすくす笑う。
「可愛いわねえ。大丈夫よ。すぐ生えるから」
「えっ」
「すぐ生やしてあげるといいわ」
「えっ?」
紅梅さんは頷くと、そっと折れた枝のところに指先を添えた。するとそこからするすると枝が伸びだして、もとの大きさへと成長する。それから枝の途中でむくむくと丸いものが膨らみ、紅く色付いてゆっくりと開いてゆく。新しい花は濃い香りを放っていた。
「え……すごい! ほんとにすごい。どうやったんですか!」
「手を動かすのと同じようにすると生えるのよ」
「枝は手に似てるわね」
「生え……? え? これ、えっと、本当に紅梅さん、この木……の精? 妖精?」
「妖精ってかわいい呼び方だわ」
「かわいいわ」
「昔は付喪と呼ばれていたわね」
「主様は式と呼んでいるわね」
「つくも……付喪神? ほんとにこの木が本体?」
この2人は普段から自分達は人間じゃないっぽい感じの言い方をすることが多かったけれど、まさか本当に人間じゃないとはあんまり考えていなかった。確かに人間離れした美しさをしているし、どう考えても人間業じゃないものを見てしまった今は納得する根拠が出来てしまったけれど。
「私達は人間のお屋敷で打ち捨てられていたの」
「主様が拾って下すったのよ」
「そうだったんですか」
ずーっとずーっと前、人間の貴族のお屋敷に対で植わっていた梅の木だったけれど、時代が流れて住む人がいなくなって荒れ果てていたらしい。そこにたまたま主様が通りかかってここに植え替えて、しばらくすると変化できるようになったので身の回りのお世話をすることにしたのだと2人は教えてくれた。
「へぇ……歴史のある木なんですね」
「さあ、次は白梅を見て」
「かわいがってほしいわ」
白梅は雪のように白くて紅梅とは違った可愛さがある。花のガクの部分が赤茶色で、ちらほらと見えている色のコントラストと丸っこい形が昔懐かしのうぐいすボールみたいに見える。白梅さんのかざした手にほろほろと落ちている様子もそれっぽかった。
「懐紙に入れるといいわ」
「ルリさまに匂いが移ると素敵だわ」
和菓子を乗せるような紙にたくさん落ちた白い梅の花を挟んで、そっと半纏の下のジャケットに忍ばせられた。濃い香りがそこから立ち上っている。
「匂い、おそろですね」
「おそろ! 素敵な響きね」
「かわいいわ。おそろ」
「紅梅もおそろにしましょう」
「白梅もお部屋に飾りましょう」
キャッキャと楽しそうな美人は眺めているだけで癒される。
なので気が付いた時には、私は梅の花に埋もれていると形容していい状態になっていた。
「梅や、ルリで何を遊んでおる……」
「主様、ルリさまはとても梅が似合うわ」
「とてもかわいいわ」
結んだ髪には沢山花が飾り付けられ、腕にはわんさか枝を抱えて、花びらがあちこちにくっついている。見かねたらしいミコト様も戸惑った様子で声を掛けてきた。振り向いて見上げると、相変わらず左手の袖で顔を隠したミコト様が主屋へ登る階段の上からこっちを見ている。顔は隠れているけど見えているらしい。
「仕事を終えたので覗きに来てみれば……ルリが困っているのではないか?」
「だけどかわいいわ」
「困っていてもかわいいわ」
「そなたら……」
ミコト様は呆れた溜息を吐き、それから右手を伸ばして指先でくるくると空気をかき回すような動作をした。すると弱い旋風が吹いて、振りかけられまくった花びらや過剰な髪飾りが巻き込まれて飛んでいく。
「主様ひどいわ!」
「ルリさまがおそろなのに!」
「これ、己の楽しみだけを求めれば目も曇ろうが、ルリを煩わせるのではないぞ」
ぷんすか怒った美女コンビも、ミコト様にびしっと言われて大人しくなる。
「しかと見よ。ルリはこのくらいが1番愛らしいではないか。飾ればよいというものではない」
「確かにルリさま、一番かわいいわ」
「一番かわいいのをわかっているのね。さすが主様ね」
「いやっ、その、そう、ルリよ、別に他意はなく……」
「照れたわ」
「照れているのね」
私の話題なのに私を差し置いてミコト様と梅コンビはなんだか楽しそうだった。ミコト様は慌てながらすたこらと逃げ出し、残っためじろくんが私の持っている梅の枝を半分受け取ってくれる。
「全て部屋に飾ると匂いが篭ります。お好きなところへ飾ると良いでしょう。すずめに器を用意させます」
「ありがとう。その半分も主屋にでも飾ってくれる? 良い匂いだからミコト様も好きだと思う」
「……めじろは少し憂鬱です」
「エッ手間かけさせてごめんね? 今日取ったみかんもあげるから許してくれる?」
「みかんは好きです」
あちこちに飾った枝は長い間瑞々しい匂いを放って、東の建物全体が梅の香りに包まれた。紅梅さんも白梅さんも「おそろ」が気に入ったようで、それから私の服もお香を焚きしめる代わりに梅の花を置いて香りを移すようになった。お香みたいに煙っぽさがなくてほんのり香るのが香水より上品なので私も気に入っている。
「ルリが花をくれた」
「語弊があります」
「ルリが……私に……」
「正確には、ルリさまはめじろに花を飾れと仰ったのですよ」
うっとりと夢見がちな目をする主に眉を顰めつつ、めじろは墨をすっていた。長らくこの屋敷に篭っていたせいで、沙汰のなかった相手に送る詫び状の数も尋常ではない。
「飾っているではないか」
「母屋と塗籠だけに飾って独り占めではないですか。御帳の中にも持ち込んで。いやらしい」
「いっ……い、いやらしくなんかない! 別にそんなつもりはない! ただ良い香りであるから!」
「慌てるとますますあやしいですよ、主様」
「あやしくないぞ!」
うろたえる主にめじろは紙束を山と置く。時が流れ始めた屋敷の中には、まだまだ仕事は沢山残っていた。




