わらわらさん8
オレンジ色っぽい毛皮で、ピンと耳が立っている。犬に似ているけれど体は小柄で細く、尻尾が膨らんで先が白っぽい。黒い鼻をこちらに向けて、じっと視線を動かさない獣と目があった。
キツネだ。
「あっ……」
黒い鼻の下から、茶色い羽が見えている。焦げ茶と茶色の混ざった羽の小さな生き物を、牙の間で咥えていた。
「すずめくん!!」
私が叫ぶと、キツネはそのまま塀の上を走り始めた。黒い瓦の連なる上を音もなく走る。それを見失わないように追いかけ始めると、キツネは一瞬だけこちらを見た。
夏の庭の外側を囲う塀を走り、そのまま秋の庭の方へと曲がる。私が追いつくまでスズメを咥えたままじっと見ていたキツネは、私が落ち葉を踏みしめた瞬間にひょいとジャンプして塀の向こうへと消えていった。
「ミコト様! すずめくんが!!」
叫んだ瞬間に、目を開けていられないような風が秋の庭を吹き抜ける。顔を覆って息を止めると、風の勢いで体がぐらついたのがわかった。転ぶと思った瞬間に、足の下に感じていた地面が消える。吹き付ける風が、体を押しているように感じた。浮遊感で上下がわからなくなる。
「ルリ!!」
ミコト様の叫び声と誰かが笑う声が、グラグラと回る世界の遠くで聞こえていた。
ぱきぱき、と小枝を折るような音がして目が覚める。体を起こすと、落ち葉がいっぱい服に付いていた。近くで動きを止めていたキツネが、また頭を下げる。軽い音が何の音なのかに気付いて、私は血の気が引いた。
「すずめくん!!」
大声で詰め寄ったせいで、キツネが跳ねて遠ざかる。グルルと喉を鳴らしているけれど、警戒しているのか距離を保ったままだった。
「うそ、すずめくん! やだ!!」
羽が散らばっていて、体も半分くらいしかない。動かないそれに悲しさと気持ち悪さを感じて口を覆う。そろそろと残りを狙って近付いてくるキツネを、手を振り回して追い払った。キュウ、グル、と鳴くキツネは素早く身を翻すけれど、間を置かずに近付いてこようとする。
「あっち行って!! ミコト様! ミコト様!!」
「あれは来ぬよ。ここは我が土地、我が結界の中じゃ」
背後から声が聞こえてきて、振り返ると女の子が立っていた。赤い着物を来て、黄色の帯を背中で大きく結んでいるのが僅かに後ろから覗いている。おかっぱで、顔の目尻と唇に紅をさしていた。つり目で微笑んでいるけれど、浮かべる表情は冷たくて子供らしさがない。私を見下ろしてけたけたと鈴のなるような声で笑うと、口の間から尖った犬歯が見えていた。
「ああ、おかしやおかしや。こんな小娘にあんなに慌てて。なんとも胸がすいたわ」
「あなた誰? 何ですずめくんを殺したの!?」
「人とは愚かなものよの。この姿を見てもわからぬのかえ」
ふんと女の子が鼻を鳴らすと、キツネが高い声で鳴きながら傍へ寄る。その頭を撫でて女の子は笑った。
「妾らは古き天狐の一族じゃ」
「わらわら? てんこ?」
「愚かじゃのう、人は言葉も忘れてしまったのかえ」
可愛い声だけれど、思いっきりバカにしているのがわかるように顔を顰めて女の子はキツネと顔を寄せ合う。その姿にムッとして起き上がると、たちまち女の子は楽しそうにニンマリと目を細めた。
「何なの? 何ですずめくんに酷いことするわけ!? あんたが山の神様なの?」
「いかにも。何か怒るようなことがあったのかえ? 妾の下僕が野原でエサを獲ってきたのが気に障ったのかえ
?」
「野原じゃないでしょ! すずめくんは、すずめくんは、」
無残な姿になったそれを目に入れるだけで涙が滲んでくる。ぐっと詰まって袖で目を拭うと、いかにも楽しそうにころころと女の子が笑った。怒りと悲しさと、少しの恐怖で体が震える。
ミコト様がこの女の子と仲が良くないのがよくわかった。




