わらわらさん6
「……確かに私は、心配だからといってミコト様が朝起こしに来るのはどうだろうとは言いました」
「うむ……」
「だからといって、起こしに来ないけど廊下の端で出てくるのをじっと見ているのもどうかと思います」
「しかし……」
「ミコト様、ストーカーって捕まりますよ。しかも私高校生なんで条例に引っかかりますよ」
「なんと……」
ミコト様は見た目は若々しい青年だけれど、神様だけあって何百年とかそういう単位で生きている。年齢差で言うと死ぬほどロリコンではないかと思うけれど、流石にそれを言うのはとめじろくんにやんわり窘められた。すいません。
ミコト様と仲の悪い山の神様が私に何かしようとしてきて以来、ミコト様は心配性に拍車がかかってしまっていた。ほぼおはようからおやすみまでを見守る勢いである。ありがたくも少し息苦しい。
「ほら、ミコト様に貰った依代いっぱい持ってますから」
「し、しかし、いつ何が起こるか……例えばそう、依代が全て濡れてしまったら危ないではないか」
「はいはい、ジップロックに入れておきますから。ほら全然濡れない」
和紙で出来た依代が何枚も重ねられているものをビニールバッグに入れて桶の水に浸けると、ミコト様は非常に感心していた。現代の技術バンザイ。ちなみに台所では普通に食材ストックやお漬物にシリーズで使われている。私はタッパーはガラスの方がなんか好きだけれど、紅梅さんは軽いプラもお気に入りらしい。
「大体隣だし、何かあったらすぐにわかるじゃないですか。木造だし」
「そ、そうかもしれぬが」
山の神様が何をしてくるのかよくわからないので、という名目で私は今まで使ってきていた東の建物からミコト様のいる主屋に住処を移していた。といっても布団とテーブルと着替え教科書くらいしかないので、あっという間に運ばれてしまう。私の持ち物は長持という木製の大きな箱を用意してもらって入れているのだけれど、これ花いちもんめの歌詞に出てきたやつだと最近気が付いた。箪笥の保存性が良いという意味ではなかったのか。
移動した先は、ミコト様の部屋の隣である。主屋はミコト様の居室と寝室が大きくて、他に小さい部屋があるような感じだったけれど、気付いたら同じサイズの寝室が隣に増えていた。ミコト様が新しく作ったのだろう。襖とか天井とかも何かいろんな絵が描いてあったり金箔が散らしてあったりするせいか、広いけれどあんまり殺風景には感じない部屋だった。たまに襖の中で鷺が飛んでいるので、もしかしたら倉にあったものなのかもしれない。
朝起きれば既に起きているミコト様が嬉しそうに挨拶してきて、夜はしょんぼりしたミコト様におやすみを言って寝る。食事も同じ広間で取るしミコト様が暇な時は一緒に遊ぶ。ちょっと顔合わせすぎではないか。
「今日は私庭掃除するので、ミコト様はちゃんと仕事してくださいね」
「しかし」
「梅の近くだし、めじろくんもついてきてくれるんで大丈夫です」
「めじろは梅を吸いたくなったのでルリさまと行きます」
「めじろ……」
「主様、今日はすずめがお付きいたしますから。ほら、仕事が沢山溜まっていますよ!」
「すずめ……」
ミコト様の恨みがましい目線もどこ吹く風で、めじろくんはマイペースに私と手を繋いで歩いていく。
梅の花の蜜は甘くてとても美味しいらしい。花の付け根の方を舐めるとほんのりと甘かったけれど、小鳥サイズでないと堪能できなさそうだった。緑色の姿に戻っためじろくんは白梅と紅梅の枝を行ったり来たりして蜜を吸いながら、たまに掃き掃除している私の肩へと戻ってきた。ツイツイとすずめくんよりも高い鳴き声も可愛い。
「こーんにーちは」
「あ、こんにちは」
カコンカコンと軽い音とともに、天狗仮面こと天狗のお見習いさんが門からやって来ていた。お屋敷は山の神様が許可なく入ってこれないようにミコト様が守りを強くしていたけれど、お見習いさんは入れるようになっていたらしかった。
「何か大変だったんだって? 大丈夫だった?」
「はい」
「神様って厄介だから気を付けてね。これ、僕が作ったお守り。あんまり上手じゃないけど」
草木で染めたような茶色い色合いで味のある素材の布で作られたお守りは、いかにも手作りっぽく少し歪んでいた。表には「守」という文字が刺繍されていて、裏には白糸で何か動物の刺繍がされているけれど、何の動物なのかわからない。四本足があることだけはわかるけれど、犬にしては首が伸びているし、キリンにしてはずんぐりしている。
「これ何の動物ですか?」
「えっアルパカだよ! 好きでしょアルパカ?」
まあまあ好きくらいだけれど、とりあえず頷いておいた。若い女の子はアルパカ好きみたいなイメージがあるのだろうか。
「これはね、チャルマカって名前のアルパカなんだ。可愛いでしょ?」
「え……そうですね。可愛いです」
天狗仮面は意外とメルヘンな部分があるのかもしれない。ミコト様と手芸で気が合うのではないだろうか。ただ、器用かどうかはちょっと言及しかねるけれども。
「ミコト様のご利益に比べたら豆粒みたいなものだけど、心配だから」
「ありがとうございます。あっ、そういえばカップケーキ焼いたんで、よかったら食べていって下さい。後でミコト様のお部屋に持って行きますね」
「わーい。あ、ミコト様だ。こんにちは〜」
デコレーションにハマった白梅紅梅コンビと一緒にバタークリームでデコったので、きっと喜んでもらえるだろう。柱の陰からじっとこっちを見ていたミコト様も、きっと機嫌を直してくれるだろう。




