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わらわらさん4

 「いわゆる山神さま、と呼ばれるお方です」


 蝋梅さんに車で送ってもらった帰り道、すずめくんが私の頭に蝋梅さんの着てきたジャケットを被せながら言った。良い匂いがするけれども、見た目完全に容疑者である。


「裏山とその向こうの大きなお山をお守りしているお方で、ミコト様とは古い付き合いなのですが、どうにも……」

「どうにも?」

「少し難しいお方で、とにかくお屋敷へ帰りましょう」


 蝋梅さんへのお礼もそこそこにぼろぼろのお社を通ってミコト様のお屋敷へと戻る。門の前でミコト様が待っていて、はよう中へと促した。すずめくんからバトンタッチされた私の手を引っ張って、主屋へ入りミコト様の寝室の中へ通され、御帳台と呼ばれる和風の組み立て式天蓋の中へ入れられた。

 中に灯りはなく、布団が敷かれている。その中へ入るように急かされて、ミコト様が私の額に指で何かを描いた。


「少し苦しかろうが、息は布団の中でするように。喋ってはならぬぞ。誰かの気配を感じたら、出来るだけ動かぬように。誰が声を掛けても決して返事をせぬように。よいな?」


 早口でそう私に言い聞かせたミコト様に頷くと、すまぬと謝ってそっと布団を頭まで掛けられた。視界は暗く遮られたけれども、ミコト様が立ち上がって御帳台から出ていくのが聞こえる。


「ルリよ、少し我慢していておくれ。すぐに呼びに戻る」


 衣擦れの音がして足元側のとばりが下ろされると、音が遮られて遠くなった。バタバタしている音もやがて少なくなり、しんと静かになる。お屋敷はいつも大体静かだけれど、普段の柔らかい静けさではなく、張りつめたような空気で満たされているような気がした。布団の中でめくれかけたスカートをそっと直す以外は、言われなくてもあまり動きたいとは思えないような雰囲気だった。


 不意に、バリバリと大きな音が響いてきた。雷のようなその音は、前にミコト様に助けてもらった時に聞こえた音によく似ている気がする。またミコト様の怪我が悪くなってしまうのでは、と不安に思っていると、どかどかと荒い足音がこちらへと近付いてくる。息を呑んで、掛けられている布団を手で握って引き寄せるように伏せた。狭い空間の中で空気が薄くなっている気がする。


「ルリ! ルリよ! もう終わったぞ! 出て来るがよい!」


 ミコト様の声が聞こえて思わず返事をしそうになったけれど。吸い込んだ息をそのまま閉じ込めるように口を閉じる。

 足音は部屋の中を歩き回りながら私を探すように声を上げていた。


「早く出て来い! 今のうちにもっと奥へと隠さねばならぬ!」


 ミコト様の声なのに、いつものミコト様の喋り方じゃない。自分がついさっき隠した筈なのに、探し回るなんておかしい。しかも、部屋の中で一番目立つのが御帳台なのに、どうして中を覗いてこないのだろうか。

 乱暴な足音はあちこちを動き回るけれど、次第に近くを彷徨くように音が大きいままになった。ぐるぐると御帳台を回るように聞こえるそれは、まるで入口を探しているかのような動きに感じる。


「ルリや、出てきておくれ。私を助けておくれ。怪我をした。手当をしてはくれぬか」


 猫撫で声は、どこか少し前の出来事を思い出すように寒気のするものだった。呼吸する動きさえも抑えたくて、逸る心臓を抑えるように細くゆっくりと音を出さないように息をする。ミコト様の声と見分けがつかないほどのその声は、まるで本人が何かに取り憑かれているのではないかと想像させるほどだった。


「ルリよ、隠れても無駄だぞ。さっさと出て来てどこへなりと往ね」


 ぞっとするほど冷たい声音が響いた瞬間、もう一つの足音が聞こえた。慌てているのにどこか品の良い、聞き慣れた足音である。


「山の、いきなり訪れてこの所業、いささか無礼ではないか?」

「喧しい。つまらぬ隠し事をするからだ。たかが人の子、見せるぐらい構わぬだろう」

「なぜそう暴こうとする。たかがと言うくらいであれば捨て置けばよかろう」


 ミコト様の声が聞こえて、握っていた手の力が少し緩んだ。諌めるような声とそっくりだった声は、ミコト様が喋る度に少しずつ声音が変化していくように感じる。拗ねたような空気を出しながら足音荒く去っていく音が聞こえると、もう一度雷鳴のような響きがして、やがてまた静かになった。


「……ルリよ、もう大丈夫だ」


 しばらくして、ミコト様がそっと声を掛けてくる。それから、開けるぞと言って衣擦れの音がした。それでもじっとしていると、布団越しにそっと背中を撫でる感触がする。


「恐ろしかったろう、すまぬ。顔を上げてはくれぬか」


 その声に、私はようやく布団を手放すことが出来た。






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