表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
84/302

わらわらさん3

 用務員さんがまとめて受け取ってくれた荷物を、申請書を提出して渡してもらう。重さはそれほどでもないけれど、何箱もあるので教室まで運ぶのが大変だった。それでも箱を開けて荷物を纏めたり、リレーバケツ方式にしたりとノビくんがあれこれ工夫を提案してくれて、結果的に少しは楽になっていたと思う。

 ホームセンターに買い出しに行った人達を手伝うために学校を出発すると、ノビくんだけが自転車を持っていた。


「ノビくん自転車通学だったんだ」

「うちバス停遠くてチャリの方が早く着くんだわ。雨とテストのときはバス乗るけど人多いしなー。ミノさんも前チャリじゃなかった?」

「うん、引っ越してから歩きに変わったけど」


 前に住んでいた家よりも、神社の方が高校に近い場所にある。いくら誰も寄り付かないような神社とはいえ自転車を放置しておくことは出来ないので、お屋敷に来てからは高校まで歩いていた。


「このまま歩くの暑いしホムセンまで俺のチャリ乗る? オレ走っていくし」

「いや、大沢くんも歩きだから」

「オーサワくんも走ろうぜ! なっ! はいミノさんチャリね」


 ノビくんはばしばしと大沢くんの背中を叩いて同意を促した。

 野球部にとっては走るのはそう苦でもないのかもしれないが、細い大沢くんは大変なのではないだろうか。案の定出発してしばらくすると、大沢くんは息切れしながらどんどん遅れてしまっていた。


「待って、ちょっと早いみたい」

「オーサワ体力少なっ! ホラ頑張れ!」

「いや……先行ってくれていいから……」


 長い前髪が汗で張り付いて暑そうだ。自転車のハンドルの真ん中あたりに留まっているすずめくんとめじろくんも暑さで怠そうに見える。熱中症になったら大変なので、自販機でスポーツドリンクを3本買った。


「うわっ! ミノさんがまた恵んでくれた! ほらオーサワ!!」

「あ、どうも」

「走るのはいいけどムリしないでね、倒れたら危ないから」


 一人だけチャリに乗せてもらっていて心苦しいが、私も暑いので早めに着きたい気持ちもある。冷たいペットボトルを横に倒すとすぐに乗ってきたすずめくんとめじろくんのためにも。


「やっべあっちー。ミノさん俺らちょっと顔洗ってくるわ」

「私自転車停めてくるね。のん達フードコートにいるって」

「はいよ。サンキューなー」


 涼しさを求めて建物に直行するノビくんの自転車を、脇にある駐輪場に止める。簡単な屋根のついたところに入るだけで暑さがマシになった。すずめくん達のために買ってある水のペットボトルはぬるくなっていたけれど、キャップをお皿にして差し出すと小さな嘴がすぐに突っ込んでくる。


「暑いのにごめんね。後でご飯食べよ」


 ちゅん、とすずめくんが元気に鳴く。鳥は夏でもダウンジャケットを着込んでいてものすごく暑そうだ。普段、羽繕いをしているところを見ているのはとても楽しいけれど。小さいのにあちこち細かく嘴でお手入れする姿を見ていると無条件に癒やされるのだ。


 籠から鞄を取り出して肩に掛け、すずめくん達も乗せると、ふいに背筋がぞわっとする。汗ばむ暑さがサッと引いて、生暖かい風が舐めるように吹き付ける。

 思わず振り向くと、先程までよりも暗くなっているように感じる。眩しいくらいに明るかった筈なのに、いつの間にか今にも降り出しそうなくらいに雲が立ち込めていた。


 変な風が吹いているのに空気が止まっているように感じて、手足を動かすのにも妙な怖さが有る。

 固まっていると、両肩に止まったすずめくんとめじろくんが急に鳴き始めた。耳元でちゅんちゅんと大きく騒いでいる。それに気を取られた次の瞬間には、また元の明るい夏が戻ってきていた。ホームセンターから聞こえてくる遠いBGMや車の通る音、蝉の鳴き声が徐々に大きく響いてくる。


 ……なんだったんだ、今の。


 全てが元通りになった今となっては、一瞬幻でも見ていたのではないか、というくらいの遠いものになっていた。だけどすずめくんとめじろくんは騒がしく鳴き交わし、めじろくんが飛び立ったかと思うとくるんと男の子姿に戻ってしまった。慌てて周囲を見回すけれど、誰も見た人がいなかったようでほっとする。


「ルリさま、早く人の多いところへ行きましょう。中に入ったら、めじろは蝋梅を呼びに行きます。帰りは車で帰りましょう」

「え、うん、今の」

「お口に出してはいけません。早く。鞄を手放してはいけませんよ。決してご学友と離れませんように」

「わかった」

「すずめがおそばにおりますから大丈夫です」


 小さな手で力強く私の手を握っためじろくんが、引っ張るようにホームセンターの中へと連れて行く。蝋梅を呼ぶから夕方になる前に早めに帰るように、と念を押して、それから私を引っ張って屈めさせると耳元で囁いた。


「絶対に主様を呼んではいけませんよ」


 その理由を聞く前に、めじろくんが走って出ていってしまう。すずめくんが私を励ますように、肩に乗ったまま首に近寄ってちゅんと鳴いた。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ