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下駄の音6

「ただいまです」

「よく帰ってきた、ルリ……よ?」


 夕方、帰ってくると動く石像番犬の狛ちゃん達を撫でていたミコト様が笑顔で立ち上がり、それから首を傾げた。不可解そうな顔で近付き、私の周りをくるくる回る。狛ちゃん獅子ちゃんも尻尾が2つに見えるくらいに振りながら同じように回っていた。

 歩きにくい。すずめくんは薄情にも私を置いてお屋敷の中に真っすぐ飛んでいってしまう。帰り道も暑かったので水浴びでもする気だろう。


「汗かいたんで着替えたいんですけど」

「な、なぜ天狗の見習いの気配がするのだルリよ!」

「街で会いました。アイス奢ってもらいました」

「なんと……」


 私もルリと街でアイスを食べたい……と嘆くミコト様のすぐそばで、狛ちゃん達がジャンプしている。様子からして慰めているというより遊んで欲しいというアピールだろう。ミコト様が袖の間からチラチラこっちを見ているので、私も特に慰めたい気持ちにはならなかった。


「ミコト様にもお土産買ってきましたよ。凍らせてはんぶんこしましょう」

「はっはんぶんこか! それは楽しそうだな!」


 ミコト様機嫌直すの早すぎないか。

 昔ながらの半分に折って食べるアイスは結構安かったけれど、ミコト様が喜んでくれたので良しとした。本当は柑橘類の入ったアイスをお土産に買ったのだけれど、暑すぎて溶けかけたのですずめくんと食べてしまったのだ。

 とりあえず外が暑すぎたので冬の庭にでも行きたいと私が歩こうとすると、ミコト様がそれを引き止める。


「ルリ、しばし待て」

「何です……えっマジでセクハラ?」

「ち、ちがっ」


 私の肩や背中をミコト様が手でぱぱっと払う。すっと首筋から下へ素早く払った手が、微妙にお尻に当たった様な感じがして一歩距離を取ると、慌てたように謝ってきた。


「すまぬ、そんなつもりでは、その、悪縁を払おうと」

「……」

「私は一応神であるから……! そういう力もあって! 決してその、そんなことをするつもりでは!」


 ペコペコと謝るミコト様の方がダメージを受けていそうなので、親切心でやってもらったものだしと私は流すことにした。


「まあいいですけど、悪縁って何ですか?」

「いや、少し嫌な空気が付いていたというか、埃を払ったようなものだ」

「埃とは随分違いそうですけど」

「わからぬのであれば、このようなものはあまりはっきりさせぬ方がよい。それよりも早く帰ってはんぶんこをしよう」


 シャワーを浴びて着替えてから、主屋に置かれたテーブルで宿題の山を切り崩す。


「ルリ、ルリよ、それでどうしたのだ、あの同級生という男子おのこらもいたのか」

「……」

「学び舎とはいえ、男女の区別なく机を並べるとはいかがなのだろうか」

「……」

「ましてやあんな、あ、あんな、そ、頼りない布の衣で」

「ミコト様、ちょっと黙って下さい。あとここわかんないです」

「う、うむ、どれどれ」


 外出中のことをそれとなく聞き出そうとするミコト様の露骨な態度を交わしながら、古文を教えてもらう。といっても私は全然わからないので、ミコト様に例文を読んでもらって口語に訳してもらって、ほぼほぼ答えも教えてもらっている。

 プリントされた問題に目を落とすミコト様は、涼し気な目が伏せられて非常に麗しい。いつもの言動で忘れがちだけれどキリッと黙っていれば非常にイケメンな人なのである。


「正解は、これだ。この……つの反対のような文字のやつ」

「cです」

「しいというのか」

「えっほんとにこれですか? これでいいの?」

「そうだ」

「えぇ……じゃあこれ、酔っ払いが吐く話なんですか……」

「有り体に言えばそうなるかもしれぬな」


 そんな話、何百年も残さないで欲しい。ミコト様はこの本を全部読んだことがあるらしく、他にもこんな話が、とか、こういういい話も、とか色々教えてくれる。ミコト様の口から聞いている分には楽しいけれど、自分から読みたいという気にはあんまりならない。口語文で書いて欲しい。


「でも、ミコト様がいてくれて助かりました。古文全然ダメなので」

「いつでも聞くがよい。それでその、ぐるうぷとやらでどういう話を」

「次これも教えてください」

「構わぬが、すずめが言っていたことは本当なのか、同じ卓で」

「ここも。もう最後までやって下さい」

「ルリ、ルリよ」


 ミコト様を質問攻めにして古文の宿題をほとんど終わらせたけれど、ちょっとイラッとした気持ちをミコト様の頬にぶつけないための勢いだったので許して欲しい。






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