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下駄の音3

 ミコト様の手紙は相変わらず歴史の香り漂う、というか墨の香り満載の読めない系だ。花の咲いた枝に結ばれているものがほとんどだけれど、最近めじろくんを通して送られてくるものは分厚くて結べないのか、枝に乗せるような感じで持ってこられることも多い。横長の紙を広げてみても相変わらず私には複雑な曲線のストライプにしか見えない。

 最近では細長い紙にボールペンで書かれているものも幾つか送ってくれるけれど、達筆すぎてよくわからないこともある。ただ、「さみしくおもう」とひらがなで一つ一つ区切って書かれたものもあるので、ミコト様としては続け字のやつは読まれなくても良いと思って書いているのかもしれない。


「うーん……」


 可愛いレターセットをすずめくんが用意してくれたけれど、何を書くのか決まっていないので宿題に使っていたレポート用紙に下書きをする。するつもりだけれど、一文字も出てこない。ミコト様へ、とだけ書かれた紙には、ぐるぐると落書きだけが色を濃くしていた。


 態度が悪くてごめんなさい。ここ毎日お参りでそれしか言ってない。

 ミコト様といると何故かイライラしてしまいます。傷付ける結果しか残らなさそう。

 最近私情緒不安定なんです。すごい勢いで病院に連れて行かれそう。


 そもそも、言い訳しか思いつかない時点で何か間違っている気がする。お面制作が捗っていないのも、掃除に逃げているのも、謝って得られるのは自己満足でしかないだろう。ミコト様は謝られれば許してしまうだろうし、謝らなくても怒ったりしていないのではないかと思う。そう考えると非常にもやもやした。


 ミコト様ほどじゃなくても、例えば友達とか百田くんとかノビくんとかは親切だ。私の家が面倒だということも何となく察しているけど触れないでいてくれて、心配だけはしてくれる。優しくて救われるのもミコト様と同じだ。でも、ミコト様の気遣いだけが、なんだかもやもやするのはどうしてなんだろう。


「ルリさまは甘えたいのでは?」

「うわっびっくりした」


 足音もなくすっと現れたのは、夏の庭からの熱い風が入ってくる中でも涼しそうな顔をしためじろくんである。今朝採ったみかんを絞ったらしいみかんジュースを2つお盆に乗せていて、私の隣に座って一つを手渡してくる。刺し子模様のコースターも持ってくる辺り非常にしっかりしていた。


「人間には反抗期というのがあるそうです。本で読みました」

「えぇ……反抗期って……私あんまりなかったけど」

「ルリさまはご母堂様を困らせないように頑張っていらしたからではないですか?」

「えー、いや、それはそうかもしれないけど」


 めじろくんはどんな本を読んでいるんだ。

 頑張っているお母さんを困らせないようにしようという気持ちは確かにあったかもしれない。だからといって、じゃあミコト様を保護者として反抗期を迎えたのではと言われると違うような気がする。別にミコト様の洗濯物と一緒にされてもイヤじゃないだろうし。洗濯は洗濯機があるので自分の分は自分でやってるけども。


 だけど、私が嫌な態度をとってもミコト様が怒らないだろうな、というのを見越しているというのは確かだ。どれだけ無茶苦茶してもミコト様は許すのではないかとさえ思う。それがまたイラッとくるし、なんか八つ当たりしたい気分にもなる。親にどこまで甘えられるか試している子供みたいだ。反抗期どころか、幼児レベルでは。


 少しつぶつぶの残っているみかんジュースは、口に含むとやんわりと食感がある。無意味にそれを噛み締めながら複雑な気持ちになっていると、めじろくんが首を傾げて覗き込んできた。


「ルリさま、めじろはルリさまが不機嫌でいらして嬉しいです」

「えっ?」

「ルリさまはここでも良い子でいらっしゃいました。下々にもお気遣い下さって嬉しく思いましたが、めじろはもっと図々しくてもいいと思いました」


 いきなり来たお屋敷で、知らない人達ばっかりで確かに気を張っていたかもしれない。色んな住人が好き勝手するのを見ながら暮らしてきて、当初に比べたら私も随分馴れ馴れしくなってきた。めじろくんはそれが嬉しいと目を細める。


「主様は神様でいらっしゃいます。うんと長い時を過ごされていますから、ああ見えて気だってうんと長いんです。だからミコト様のことばっかり気にせずに、我儘になさってもいいんですよ」

「めじろくん……」

「長く暮らすことになるんですから、不満は溜め込まずにいたほうが良いです。主様はどうせルリさまにされることなら大体何でも嬉しいのですから」

「えぇ……」


 不満を溜め込まないというのはどうすればいいのかあまりわからないけれど、こうしてめじろくんが気にしてくれていたというだけでも少し楽になったように感じた。知らないうちにストレスが溜まっていて、それが不満になってミコト様に八つ当たりしていたのかもしれない。そう思うと、なんだかこのもやもやに対してもどうにか対処できそうな気がしてきた。


「めじろはすとれすが溜まったら鳥に戻ってみかんを食べます」

「えぇ可愛い」

「体が小さいと沢山食べられて便利です」

「なにそれ可愛い」

「ルリさまも、すとれす解消にめじろの鳥の姿を撫でていいですよ」

「やったぁ」






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