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変わりゆくもの6

 黒く漆塗りされたお盆を柔らかい布で優しく拭う。すると、布の動きを追って絵の金魚がふよふよふよと体を左右に動かしながら泳いでいた。指でお盆に触れてみると、突くように数匹が集まっている。


「これ可愛いけどコップ置くとき挟みそうな気がして使いにくいね」


 大ぶりでまるまるとしており、ヒレを優雅に泳がせている金魚を三匹描いたお盆は倉の中では新参者らしい。絵が大きいからこそ、小さな湯呑みでも2つくらい置くと確実に金魚に乗るのでなんか可哀想に感じるのだ。

 くるくる動き回る金魚をそっと風呂敷で覆って桐箱の中に入れる。琵琶と琴によるBGMとたまにそこかしこからカタカタ震える音が聞こえる倉の中の掃除はなかなか賑やかである。


「そろそろこちらで一休みしてはどうじゃな? 魚釣りも楽しいぞ」

「今日はここまでやりたいんで、また今度にしときます」

「つまらんのう」


 屏風の中でおじいさんが釣れた魚を川に戻している。元ここの住民である鞠は倉の中のモノたちと再会を喜んでいるのか、ただ遊んでいるのか、あちこちで跳ねては私の傍に転がってきてを繰り返していた。

 今日は説得の甲斐あって倉の扉も開かれたままだった。すずめくんがパソコンで印刷してくれた目録と照らし合わせながら、きちんと保存されているかを確認し、簡単に埃を払っていくのが今日決めた掃除だった。刀などの扱いが難しいものは手を出さずに、焼き物や木の細工などで出来たものがメインなのでそれほど気を張る必要もない。強いて言えば、LEDランタンにガツガツとぶつかって喧嘩を売っている灯台を定期的に注意するくらいだ。


「ルリ、ルリよ、よく頑張っているな」

「あ、ミコト様」


 明るい扉の方からそそっと入ってきたのは涼し気な色合いの平安装束に身を包んだミコト様である。前は烏帽子的なものを被っていることも多かったけれど、最近は動き回るのに邪魔なのでと付けていないことも多い。昔の男性は髪を見られるのを恥ずかしがったらしいけれど、ミコト様は恥ずかしくない時代も生きているらしいのであまり抵抗感はなかったらしい。その割に私が半袖半ズボンとかでいると今でも慌てるので基準がよくわからないけれど。

 にこにことお盆を携えて来たミコト様が私に休憩を勧めてきた。


「今日のおやつはふるうつ盆地だぞ」

「それ多分ポンチ。フルーツポンチ」

「おお、ぽんち……なんとも変わった響きだ」

「確かに。ポンチって気が抜けますね」


 グレープジュースを混ぜた炭酸の中に、綺麗に剥かれた巨峰や丸くくり抜かれた果物が浮いている。私が勉強をしていた午前中にやってきたお礼参りの人が持ってきてくれた果物らしく、どれも美味しそうに熟れていた。ミコト様の神様としての仕事っぷりを褒めたい。

 透明に薄く水玉模様の色がついた器も冷やしていたようで、口に含むと喉から胸へすうっと冷たいものが流れていった。ミコト様のものは炭酸抜きなので、濃い紫色をしていた。ミコト様は炭酸が苦手なのだ。私がスプーンを口に運ぶのも不安そうに見ている。


「舌がぱちぱちと痛くならぬか?」

「しゅわしゅわしますね。私もあんまり強いのは好きじゃないですけど、たまに飲むとスッキリしますよ」

「うむむ……」


 ミコト様は他にも辛いものとかレモンとかの酸っぱさが苦手だったりする。その代わり私が苦手な春の山菜やフキなどの苦い系は美味しく食べられるので、すずめくんに睨まれながらも時々おかずのトレードをすることもあった。


「そろそろ主屋に戻らぬか? 州浜に掛ける橋の擬宝珠が乾いたのでどうかと」

「おおー、じゃあこれやったら終わりにします」

「私も手伝おう」


 ミコト様がいそいそと私の隣に座って、手拭いを手ににこにこした。

 お屋敷を綺麗にして場を清めようというつもりで始めたお掃除だけれど、ミコト様本人の手を借りるのはどうなんだろうか。逆効果なんじゃと思うけれど、ミコト様が楽しそうなのでまあいいかとも思う。

 ちなみにミコト様もずっと人にお世話されてきた人なので、掃除スキルとしては私よりも下なくらいである。私がすずめくんからきちんと隅まで雑巾を掛けるコツを教わって、ミコト様が私に雑巾は固めに絞ったほうが良いと教えるくらいのレベルだ。でもミコト様はすごく丁寧にやっているので私も負けていられない。

 8個セットになっているおちょこをミコト様と手分けして磨いていく。


「艶々として良い焼き物だな」

「そうですね。私は良し悪しとかはわからないですけど、丸くて可愛いです」

「私もわからぬが、確かにこのふっくらとした形はよい」


 白磁で一箇所に花が彫ってあるおちょこが、ミコト様に褒められてますますツヤツヤしていた。ウキモンというらしい模様の付け方で付けられた植物も心なしか花が沢山咲いている。


「あ、」


 しげしげと眺めていたミコト様の手から、うっかりツヤツヤしすぎたらしいおちょこが抜け落ちる。咄嗟に手を伸ばして座った状態からスライディングするようにミコト様の前へ滑り込んでおちょこをキャッチすると、言葉になっていない声と共に上に何か覆いかぶさってきた。何かというか、ミコト様である。


「あ、あ、ル、……」


 ミコト様も同じようにおちょこをキャッチしようとしたらしく、スライディングした私に驚いて体制を崩したらしい。うつ伏せの私に覆いかぶさるような気配を感じる。ミコト様は自分の手足で支えたらしく体重をぐっと掛けられているわけではないので重くはないけれど、絹の衣の重みが乗っかっているのがわかった。

 しばらくじっとしていたけれど動く気配がないので、寝返りを打って仰向けになってみる。


 真っ赤になったミコト様の顔を照らしていた光が、ギギギと軋んだ音を立てて細くなっていった。

 いや、倉ちゃん、なんで扉閉めたの。






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