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変わりゆくもの4

 うちの高校は文化祭に力を入れている。この登校日も大体が文化祭の準備のためのもので、ノビくんが実行委員に立候補していた。何をやるかについて候補を決めておくというのが今日の目標である。うちのクラスはパンケーキ屋と洋風お化け屋敷とスリラー喫茶に絞られた。食品を作って出す系の出し物は保健所のなんたらで出店数が限られているため、3年以外では競争率が高くて希望が通らないこともある。なのでお化け屋敷と買ってきた食べ物を食べられる場所である喫茶室も候補に入ることになった。スリラー喫茶は正直あんまりやりたくないので、パンケーキ屋になることを祈りながらホームルームを終える。


 久々に顔を合わせた友達からは、結構色々と話を突っ込まれた。お屋敷に電波が届くまで連絡が取れなかった上にあの人が色んな人に迷惑をかけたので心配をかけてしまっていたのだ。いっぱい謝ったけれど事情はぼかしてしか説明できない私を察してあんまり追求せずに許してくれたのは嬉しかった。そして私の肩で大人しくしているすずめくんが大人気だった。


「箕坂〜、お前ほんと心配したんだぞ〜」


 帰る間際に私を呼び出した担任の先生は、いつも根城にしている数学準備室でのんびりと説教した。


「箕坂が家出したって連絡あってびっくりしてなー。先生夜の繁華街に探しに行って職質されかかったんだぞ。4回も」

「あっ……お疲れ様です。ご迷惑をおかけしてすいません」


 職質の理由としては無精髭とぼさぼさの頭となぜか常に着用している白衣が理由ではないかと思ったけれど、私は黙って頭を下げておく。揺れて落ちかけたすずめくんがちゅんと鳴いて首筋の方へ移動してきた。


「お前はお袋さんのこととかあって大変だっつーのはわかるけどな、無茶だけはすんなよ。ほんとお前らの年頃は何も怖くないみたいな無敵感あるかもしれんけどな、世の中広いから。先生のオデコだけは広くさせないで」

「はい」

「親戚の人の家に引っ越したんだったら、その人の気持ちも考えて行動するんだぞ」

「えっ……はい」

「しかしめっちゃ美人だったわ〜独身だったら先生のこと推しといて」

「いやです」

「公務員だぞ〜先生もてないから浮気しないぞ〜」


 横を向くと、すずめくんがむんと膨らんでちゅんと返事をした。私が知らない間になにやら動いてくれていたらしい。美人というと、蝋梅さんだろうか。とにかく私は保護者と住所を変更する届け出がされていたようだった。


「進路指導も始まるし、夏休みはゆっくり休んで気持ち落ち着かしとけ〜。はい、これ先生達からのプレゼント」

「何ですかこれ……」

「これやって大人しくおうちにいなさいね」

「最悪……」

「うんうんいい顔だわ。やっぱ高校生はそうでなくっちゃな。じゃあまた登校日にな〜」


 3センチくらいの厚みがある英語と生物と現国と古文と数学のプリント盛り合わせには、各先生からの手書きの応援メッセージが付いていた。残りの夏休みでこれを仕上げないといけないらしい。無理。拒否したいけれど、私がいなくなったことでおそらく先生にも多大な迷惑と心配をかけたのだろうし、他の先生からのメッセージも気遣いや励ましが篭っている。もうあんまりこっちの世界には未練はないんじゃないかと思っていたけれど、それを目にするとやっぱり嬉しかった。ずるい。


 プリントともう学校すらやめてお屋敷にヒキニートすればよかったという気持ちを抱えながら、私はようやく学校を後にした。


「ただい……」

「ルリィ!!」


 門番を務めている狛ちゃん達を撫で回した後、お屋敷の門をくぐると空から魚が落ちてきた。真っ黒な鯉はビチビチ跳ねて私の帰りを喜んでくれている。

 太陽に反射する黒い鱗にぼんやりとした丸い目。

 怖い。


「すずめくん、ちょっとお願いしたいんだけど」

「持って行きますね」


 ぽわんと男の子姿に戻ったすずめくんが、ビタンビタン跳ねる鯉の尻尾を掴んでお屋敷の方へと走っていってくれた。歓迎してくれるのは嬉しいけれど、普通の地面に魚が跳ねている姿はどう見ても死にそうなのでやめてほしい。

 鯉が跳ねていた場所を避けながら進むと、ミコト様がいそいそ近付いてきた。


「るっ、ルリ、よく帰って来たな。無事か? 暑くはないか? 今冷たい茶を用意させているぞ」

「ミコト様、ただいまです」

「うむ、うむ」


 にこにこと笑ったミコト様が頷いている。紺色の袴の裾が微妙に砂埃で白くなっているけれど、もしかして私が帰ってくるのを待っていたのだろうか。じっと見上げていると、ミコト様はどうしたと無邪気に首を傾げた。


「あっお参りしないと」

「うむっ? 何か願い事があるのか?」

「その前にお風呂も入らなきゃ」

「ふ、風呂……あ、いや、その、汗を流すのだな、うむ、今梅らを呼んでくるから」


 さっと視線を下げて私の体を見た後顔を赤くしたシャイなミコト様は、慌てて梅や梅やと呼びながら主屋に入っていく。私もそれに続いてローファーを脱いで階を上がった。






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