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四季の咲く庭3

 今日も着物だけれど、袴姿に一枚だけ着物を羽織った簡易スタイルである。すずめくんは色々と重ね着をさせようとしていたけれど、私が収穫作業を盾に抵抗したところ妥協してくれた。今日の袴は暗い紫っぽい色だ。

 せっかく秋の庭に行くのだからと私を秋の色らしい着物に着替えさせたすずめくんだけれど、自分は洋服に着替えてさっさと出かけてしまった。水干というらしいあの平安チックな服がとてもしっくりきていたけれど、洋服は洋服でその辺にいる小学生のように馴染んでいたのがすごい。


「夕飯の支度までには帰ってきますからねえ。危ないことはしちゃダメですよ。何かあったら人を呼ぶこと」

「いってらっしゃーい」


 すずめくんを見送って庭に出る。私が寝ている東側の庭は昨日制覇したのですいすい歩けた。

 建物の外側を装う庭、東側の建物沿いに奥の方へと歩いて角を曲がると暑苦しかった空気が急に涼しくなった。木々は鮮烈な赤や黄色で染まり、小川を紅葉が流れている。赤とんぼが飛び回り、所々でススキが揺れていた。


「うわ、すごい不思議」


 角に立って歩いてきた方向を振り返るとまばゆい夏が広がっていて、前を向くと秋のこっくりした色合いになっている。曲がり角のところは冷たくも暑くもない風がやんわり吹いていて、そこが境目になっているようだった。

 

 さくさくと落ち葉を踏みながら歩くと、実を沢山つけている木が2本あった。

 ひとつはみかん。半分くらいは青いけれど、ものすごく沢山実を付けている。背も低いので近付くだけで幾つかもぐことが出来た。ひとつ食べてみると、甘いけれど酸っぱさもあってとても美味しい。スーパーで買ったみかんは酸っぱさがないものも多いけれど、私はこっちの方が好きだと感じた。


 もうひとつは柿で、みかんほどではないものの、オレンジ色に熟した実がいっぱい生っていた。てっぺんの高さは結構高いけれど、せり出すように伸びた枝には鈴なりに実がついているせいかおじぎをするように下がっていて手を伸ばせば実にふれることが出来た。つるんとした表面の柿は皮を剥いていないので食べられないけれど、多分渋柿ではないと思う。もし渋柿だったとしても、すずめくんなら干し柿にする方法も知っていそうだ。


 籠と鋏を持ってまずみかんを収穫して、それから柿の木へ戻る。みかんはたくさん食べられるけれど、柿はあんまり沢山は食べられない気がする。少なめに取ろうと熟れていそうなやつを探していると、お屋敷を囲う塀の向こうからキュッキュッと鳴き声が聞こえてきた。


「何の鳥だろう」

「あれは鳥ではなくて鹿ですよ」

「うわびっくりした」


 手を止めて塀の方を眺めていると、すぐ後ろから声がして驚く。

 黄緑色の水干姿をしためじろくんがいつの間にか近くにやって来ていたらしい。めじろくんはすっと切れ長の目で少し冷たい印象のある美少年なので、黙って立っていられるとそれなりに怖い。


「鹿? えっ鹿って鳴くの?」

「鳴きます。あの向こうを行ったところに小さい山があるので、ここの庭では良く聞こえますよ。オスなんかは番を探す時期に女性の悲鳴のような声を出します」

「へぇ……夜とか聞いたら怖いね」


 まさか鹿の解説をしに来たわけではあるまいと思って何か用事があったのか訊ねてみたけれど、めじろくんはじっとこちらを見つめていた。それから手を出してくる。


「え? あ、柿? 食べる?」

「みかんがいいです」

「みかんね。はい。これでいい?」


 くるくる表情が変わって親しみやすいすずめくんとは対照的にクールな印象のめじろくんだけれど、こっくり頷いてみかんを両手で受け取った姿はとても可愛かった。

 ミコト様のお遣いで来たのかと思ったけれど、めじろくんはその場で皮を剥いてみかんを食べ始めた。白い頬がもぐもぐ動くと微笑ましい。


「美味しい? めじろくんも果物好き?」

「めじろはみかんが一番好きです。主様にお願いして、みかんの木のお世話はめじろがやっているんです」

「そうなんだ。よっぽど好きなんだね」

「ここの木は早生で、冬のお庭にも植えています。めじろが肥をいっぱいやったので、沢山実が生りました」


 自分で肥料もあげちゃうほどみかんが好きらしい。私も冬は家にあるだけ食べてしまいそうになるので気持ちはわかる。


「いっぱい生ってるもんねえ。毎日食べてるの?」

「今年はあまり食べていません。あそこに蛇が出るんです」

「えっ! それ早く言ってよ!」


 めじろくんが曇り顔で指したのはみかんの木の辺りである。さっき私が収穫していた場所だ。


「めじろは蛇が怖いので近寄れません」

「私も怖いよ……知ってたら近寄らなかったよ……誰かに捕まえてもらえば?」

「その蛇は西のお方から主様に預けられた蛇神の子なので、あそこでしばらく暮らすのだそうです」

「へぇ」


 生まれたばかりの蛇にとって外の世界は危険がいっぱいなのだそうだ。時には兄弟とも争うことがあるらしく、大きくなるまでここに預けているらしい。


「神様も子供がいるんだね……子供だったら小さいの? 毒ある?」

「まだ普通の蛇なので毒はないと思います。大きさはこれくらいです」

「なんだ、まだほんとにちっちゃいんだ」


 めじろくんが両手で示したのは20センチくらいの長さである。それくらいで毒もないのであれば、私は遭遇しても逃げ出すほど怖いことはないと思う。

 けれどめじろくんはむぅと眉を顰めていた。


「小さくても怖いんです。めじろは蛇は嫌です」

「蛇が怖いのって本能だとかいうもんね。取ったみかん食べていいよ。なくなったらまた取りに来るし。蛇が怖くなかったらだけど」


 ごろごろみかんの入った籠をめじろくんに渡すと、じっとそれを見つめたあと、顔を上げてめじろくんがにこーっと笑った。

 か、か、可愛い!!


「ルリさまはとてもお優しい人です」

「ありがとう……」

「みかん、一緒に食べましょうね」

「うん」


 クールな美少年が満面の笑みを浮かべるとギャップで可愛いさがすごい。

 結局、私はめじろくんが喜ぶ顔を見たいがためにもう一度みかんの収穫をした。蛇は出なかった。






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