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ブレイクオフ6

 玄関の鍵が開けられる音、ビニール袋のガサガサと擦れる音。それが聞こえてきた瞬間、咄嗟に私は部屋のドアに飛びついていた。驚いたすずめくんが飛び立つのにも気遣えずに、ドアの鍵を掛ける。足音が聞こえたのか、ドンドンと階段を登ってくる音が聞こえた。


「瑠璃ちゃん、帰ってるのか! 出てきなさい!」


 大きな声とともに、ドアノブを回す音と乱暴なノックの音が聞こえる。

 息を呑んで、後退りでドアから離れる。部屋を回るように飛んでいたすずめくんが肩に止まった。


「パパ心配したんだよ。どこ行ってたんだ? 無事だったのか顔が見たい。なんで鍵を掛けてる。開けなさい!!」


 猫なで声で説得するようなことを言ったと思ったら、いきなり激高したように激しくドアを叩かれる。異様な家の原因がこの人だと確信するくらい、その人は様子がおかしかった。呂律が少し回っていないように感じるし、動作も不安定なように聞こえる。泥酔しているのかもしれないが、平日の午前中からそんなことをする人ではなかったので余計に不審に感じた。


「早く開けて安心させてくれ。大丈夫なのか? どこか具合が悪いのか? パパが見てあげるから鍵を開けて……さっさと開けろ!! いい加減にしろよ!」


 男性の怒鳴り声に、反射的に体が竦む。背後から聞こえてきた唸り声にも驚くぐらいに緊張していた。

 いつの間にか窓を越えてベッドに乗った狛ちゃんが唸り声を上げてゆっくりとドアへ近付こうとしている。その姿を見て、ハッと体が動くようになった。同じようにベッドに乗り上げて、ドアのサッシを跨いでせり出した一階の屋根部分へと慎重に降りていく。靴下のままなので、足に凹凸がそのまま伝わってきた。

 振り向いた狛ちゃんに手招きして、同じく部屋を出るように促す。それから少し迷って、ドアの方へ声を掛けた。


「……い、今着替えてるから、ちょっと待ってて」

「やっぱり帰ってるんだね、瑠璃ちゃん。大丈夫だから鍵を開けて。大丈夫だから。パパは待ってるからね」


 震える声で返事をするとその人は急にねっとりと優しい声になったけれど、ドアノブをガチャガチャと回す音は止まらなかった。振り返らずに、サッシから手を離す。音がしないようにそっと屋根を歩いて端の方まで伝い、しゃがみ込んで塀に足を伸ばす。ぐっと伸ばして爪先が当たったら、勢いをつけて塀に飛び乗るのだ。いつもは隣のお家が植えている木の枝に捕まるようにしてバランスをとるけれど、直ぐ側に浮いた獅子ちゃんが背中を貸してくれた。


「瑠璃ちゃん、瑠璃、早く開けなさい。パパ怒ってないからね。2人で話し合おう……」


 聞こえてくる声から逃れるように、塀の上を歩いて玄関の方へ回って飛び降りる。それから一目散に走り出した。


「ルリさま、お早くっ」


 いつの間にか子供の姿に戻ったすずめくんが、隣で手を引いてくれる。狛ちゃん達は守ってくれるかのように、2匹ともが後ろに付いて走ってきていた。


「瑠璃っ!! どこ行くんだ、待ちなさい!!」


 どうして気がついたのか、後ろから怒鳴り声が聞こえた。その拍子に足が縺れて、コンクリートに転んでしまう。巻き込まないように手を振り払ったすずめくんが悲鳴のような声を上げて振り返った。


「ルリさま!!」

「へ、へいき」

「ああ、血が、とにかくお社へっ」


 転んだ時に怪我をしたのか膝と手のひらがじんじんする。靴を履かずに走っているせいか、足の裏もちくちくと傷んでいた。それらを確認する余裕もなく、再び立ち上がって走り出した。心配するかのように狛ちゃんがすぐ近くまで来るけれど、走るのに精一杯で視線を落とすのも難しかった。


「瑠璃ちゃん、パパを心配させちゃダメだろ、早く帰ろう。学校はどうするんだ、ママも心配してるよ」

「ルリさま、急いで」


 追ってくる声を心の中では冷静に否定しているのに、勝手に涙が滲んできた。転ばないようにそれを拭いながら、角を曲がる。息が上がって、すずめくんの声にも頷きしか返せない。

 少しずつ、ミコト様の神社に近付いてきた。それに比例するように、背後の声も距離を詰めてきている。住宅街から僅かに見える小さな木々のてっぺんを目指すように眺めながら走った。






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