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ブレイクオフ3

「いざ出陣!!」

「出発ね、出発。ミコト様、行ってきます」


 今日こそは一秒たりとも離れません、と決意を新たにした抱きつき人形、じゃなくてすずめくんをくっつけたまま、お屋敷の門でミコト様を振り返る。ちなみに今日のミコト様は黒っぽい服だ。キリッと締まって見える。

 服はキリッとさせていても本人は顔をへにゃっとさせて、私の手を心配そうに握っていた。私とミコト様の視界に入るように、しきりに鞠も跳ねている。


「やはり私も付いて……」

「その格好、めっちゃ目立ちますよ。あと外だとすごい暑そう」

「き、着替えを、すぐ」

「すぐ帰ってきますから。いっしょに晩ごはん食べましょう」

「うむ……」


 説得すると、渋々諦めたらしいミコト様が右手の人差し指と中指で私のおでこをするするっと撫でた。それから、ふっと優しく息を吹き付ける。ふわっとミコト様が付けているお香の匂いがした。


「よし、これで安心だ」

「何したんですか?」

「ルリが呼べばすぐに応えられるようにした」


 満足気にウンウン頷いているけれど、これまでに山ほど持たされた御札的な紙もミコト様を呼ぶためのものだった気がする。

 気持ち、盛り過ぎかと。


「ほらそのう、手が使えぬ時などはあれを持てぬから」

「いや……もう、はい。ありがとうございます」

「一声呼んでくれればすぐに飛んでゆくぞ、どこでも、いつでも」

「いってきまーす」

「行ってまいります、主様〜!」


 隙あらば鞄に入ろうとする鞠をミコト様に抱かせて歩き始めると、尻尾を揺らしておすわりしていた狛ちゃんと獅子ちゃんも周りをくるくる回りながら付いて来た。見るからに質感が石のわんこ達だけれど、躍動感にあふれていてパット見では犬に……いや、遠目に見ると何となく犬に……見えなくもない。いや、無理か。


「よく考えたらミコト様がアウトなら狛ちゃん達もアウトなのでは……?」

「ルリさま、狛犬と獅子は普通の人には真の姿は見えませんよ。各々それらしき犬の姿に見えるでしょう」

「えっ、真の姿ってこの石っぽいやつだよね? 私は見えてるけど」

「ルリさまはルリさまですから!」

「なにそれわかんない」


 渡り廊下を通って社に出ると、むわりと暑い。くわっと口を開けている獅子ちゃんは舌をでろんと出してヘッヘッと暑そうだし、普段は口を閉じている狛ちゃんも僅かに口を開けている。石でも暑いらしい。まだ9時前なので過ごしやすいくらいの筈だけれど、温度調節が完璧なお屋敷で暮らしていると地球温暖化を感じた。すずめくんはそれでも私の手をしっかり握ってぴったりくっついている。


「ルリさま、参りましょう」

「うん。あっちの信号渡って、真っすぐ行って右の方だよ」


 学生にとっては夏休みだけれどまだ午前中だし、住宅街なので人通りは少ない。狛ちゃんが前を歩いてフンフンとあちこちを嗅ぎ回り、私とすずめくんがその後ろを歩いて、最後に獅子ちゃんがチャカチャカと歩いている音が聞こえる。スーパーの前で幼児と母親の2人組とすれ違ったけど、幼児が狛ちゃん達を指差して「わんわ……?」と首を傾げていただけで、母親は「そうよー。ワンワンよー」と特に違和感を感じていなかったようでホッとした。


「あそこの家だよ」


 ミコト様の神社から15分くらい歩くと、私の住んでいた家がある。庭といえるスペースもほとんどない小さな区画の小さな中古の一戸建てだけれど、小学校の頃からずっと住んでいた思い出の多い家だ。ここに越してくる前のことはほとんど覚えていないので、私の人生の大半を過ごした場所といえる家だった。

 ここしばらくは帰りたいと思えない場所になってしまったけれど、それでも玄関をくぐるとほっとする、そんな場所だった。そのはずなのに、それだけ馴染みのある場所だというのに、今こうして立って見てみると違和感がする。


「なんか……」


 午前の明るい夏の日だというのに、外から見ていても家全体が暗いように感じる。違和感に戸惑っていると、すずめくんがギュッと手を握って顔を曇らせた。


「ルリさま、ここはとても良くない場所になっていますよ。本当にここが住んでらした場所ですか?」






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