ブレイクオフ2
「すずめがついていきます! 例え行き先が地獄であろうとも絶対におそばを離れません!!」
「地獄って……」
普通に家なんですけど。
東の建物に戻った私が一旦家に帰る予定を話すと、すずめくんは鼻息荒くそう宣言した。ぎゅむーっと私に抱き付いて服を握りしめながら。
「狛犬と獅子も連れて行くとして、あとは梅と……主様も連れて行きますか? 1番お強いですし」
「いやウチそんなに広くないから。神社からそんな遠くないし、荷物持ったらすぐ帰ってくるつもりだから」
すずめくんがあれこれと買い出ししてくれたおかげで、日用品に関してはこのお屋敷の中に揃えられている。家に行って取ってくるものは、高校で必要なものとお父さん、お母さんの写真、それに位牌だ。
「……すずめくん、うちの事情とか結構知ってたりする?」
「すずめは存じ上げております。お父様はルリさまがお小さい時に夭折されて、一緒にお暮らしだったお母様も今年亡くなられたのですよね? それから継父様と不仲になったと」
「割と詳しい……。やっぱり神様には色々筒抜けなんだね」
「いえ、すずめ達が皆で調べました。探偵するの楽しかったです」
「そうですか……」
ミコト様はこの近辺の土地の神様だというので知っていたのかと思えば、細かい事情とかはすずめくんが調べたらしい。割と複雑だと思っていた自分の家のことも、他人の口から語られてしまうとそうでもないように感じた。
「そう。その義理のチチオヤになった人、中学くらいから知ってた人なんだけど、去年お母さんが倒れたくらいに入籍してたんだって。それで何だかんだあってお母さんが死んでから一緒に暮らしてたんだけど……あんまりその人と合わなくて」
「ルリさま、お辛いのでしたらお話にならないで構いません。とにかく荷物を纏めて、ぱぱっとお屋敷に帰ってきましょう? すずめもお手伝いしますから」
「うん、ありがとうすずめくん」
ぎゅっと抱きしめ返すと、茶色い頭がぐりぐりと擦り寄って来た。すずめくんは小さいのに、しっかりしていてパワフルだ。見ていて元気を貰えるような子だから、ミコト様も私のお世話を頼んだのかもしれない。
「今日はもうお昼に近いですし日曜ですから、明日にしましょう。人間は平日の方が忙しいでしょう? その人のいないうちに家に入りましょう。それと取ってくるものを大まかに書き出しておいて、大風呂敷も持っていきましょうか」
「本当に頼りになるよね」
「任せてください! すずめが金輪際現し世の未練を断ち切ってみせます!」
何か方向性が凄いとこに行ってる。すずめくんはやる気満々でテキパキと準備を始めた。
すずめくんといい、ミコト様といい、私がここにずっと住みたいという希望をあっさり叶えるつもりでいて、逆に私が拍子抜けを食らう立場になっている。これからのことを考えるとあんまり現実感がないけれど、ここに来てからずっとそんな感じなので今まで通りといえば今まで通りでもある。
すずめくんと話し合った結果、私と一緒についてくるのはすずめくんと荷物持ち兼ガードマンの狛ちゃん獅子ちゃんコンビということに決まった。鞠がずっと近くでアピールするようにポンポン跳ね回っていたけれど、流石に連れて行けない。帰ってから一日遊ぶという約束をすると、ようやく鞠は大人しく転がり始めた。紅梅さんと白梅さんはぶうぶう文句を言っていたけれど、すずめくんに怒られて渋々夕食の支度を始めている。
「蝋梅は丁度学会で離れていまして、呼び寄せるのも難しくて」
「学会とか行くんだすごい」
蝋梅さんは普段は大学院生をしているらしく、今週末は丁度忙しいとのことだった。かさばるものは教科書と制服とアルバムくらいだと思うので、わざわざ用事があるのに呼び戻してもらう必要もない。予行演習に荷物を入れた風呂敷を結び付けた狛ちゃんがめちゃくちゃ可愛かった上に結構力持ちだったので大丈夫そうだった。
もちろん私の持っていくバッグにはミコト様を呼ぶナントカという紙も沢山入っている。
「主様は神様なので、普通の人間でも何となく目が行くということが多いのです。目立ってしまいますと良くないかもしれませんから、すずめら小さいものだけでお供します」
「うん、頼もしいよ。ありがとう」
「ルリや、私も社の方で待っておるから、何かあればいつでも呼んでくれて構わぬ。荷物が多ければ取りに行くし……雨が降るかも知れぬから傘を持っていくか? やはり途中までついていく方が」
「大丈夫です」
確かに、ミコト様は神様であるということを抜いても長身でイケメンで髪が長いという目立ちやすい容姿をしている。家が近所で高校も近いので、平日といえども知り合いに見つかる可能性もゼロではないのだ。私が家出したという話が広まっているということを考えても、家の近所で成人男性と一緒にいる場面を目撃されるのはあまり良くないだろう。
「すずめよ、狛犬らよ、ルリをしっかりと守るのだぞ」
「もちろんです。命に代えましてもお守りいたします」
「命には代えなくていいよ……荷物取りに行くだけだよ……」
そんな戦場に赴くような重い決意はなくていい。段々大げさなことになっていくのを半笑いで止めていると、真剣な顔をしたミコト様がそっと私の手を両手で掴んだ。
「私も明日は恙無く終わるよう祈っておこう。ルリが無事に帰るようにとも。すずめ、今日は精の付くものを出すように厨に告げよ。ああ、やはり日取りをきちんと選んだ方が」
「いやもうホント大丈夫なんで」
「今夜は壮行会ですね。めじろは鯛を選んでまいります」
「だから何の準備なの?」
「ここはやはりトンカツでしょう! ね、ルリさま! ヒレカツにしましょう!」
その日は最終的に夜は宴会になって収拾のつかないことになっていたけれど、賑やかすぎたせいであんまり考え込む暇もなかったのは良いことだったかもしれない。




