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四季の咲く庭2

「あ、えーっと、ミコト様?」

「うむ」

「おはようございます……?」

「うむ。おはよう」


 まだ夜が明けてすぐ、すずめくんに起こされて支度を整えた後、連れてこられたのは主屋にある豪華な広間だった。昨夜はすずめくんが裏の方と言っていた台所の近くの簡素な広間で食べていたのに何でかと思ったら、初日に見た朝顔の屏風が上座にでーんと置かれている。そのすぐ近くに案内されたので声をかけると、既にミコト様が席についていた。私が一番遅かったらしくちょっと反省。


「私もたまには皆と共に食べるのも悪くないと思ったのでな、ここに用意させたのだ」

「そうなんですか」

「言い訳ですよ。ルリさまと食べたいと我儘を仰って、用意を整えるのが大変でした」

「めじろっ! シッ!」


 ミコト様の嘘をあっさりばらしためじろくんは、しれーっとした顔でミコト様のお膳を調えている。私はどういうリアクションをすれば正解なのかよくわからないので、とりあえず運んでもらった朝食に手を付けることにした。


「賑やかでいいわねえ」

「楽しいわね」

「ルリさまは佃煮が好きなのね」

「かわいいわ」

「胡桃も食べる?」

「美味しいのよ」

「ありがとうございます」


 広間では20人ほどが食事を摂っていて、この他にも働いている人がいるらしいけれど、身分が低かったり仕事の途中だったりして顔を見せていないそうだ。

 ミコト様を上座に据えて、その正面、左右2列に座って朝食を食べる私達の中にはあの美女コンビもいる。昨日夕食を食べた時に一緒に居合わせた人をすずめくんが軽く紹介してくれたけれど、美女コンビはそれを押しとどめて私が名前を当てるまで教えないと笑っていたのだ。当てれる気がしないので早く教えてもらいたい。


 ミコト様からみて左側の一番手前に私が座り、その隣にすずめくんが座っている。私達の向かい側に美女コンビが座っているので、このお屋敷で働いている人の中でも2人は地位の高い方なのだろう。めじろくんは給仕をした後、ミコト様の後ろでじっと座っているだけだった。


「こらルリさま! 好き嫌いはダメですよー!」

「うっ……」


 昨日の朝食にも出てきた蕗味噌をさり気なく避けていると、目ざといすずめくんに怒られた。


「ルリさまは蕗味噌が嫌いなのね」

「人間っていいわね」

「食べてあげようかしら」

「こらこら! ルリさまもちょっとなんですから食べて下さい」

「えぇ……」


 美女コンビを叱ったすずめくんが食べるようにとじっと見つめてくる。フキは風味が独特でなんか好きになれないのだ。どうしようか迷っていると、上座から咳払いが聞こえてきた。立派な屏風が遮っているけれど、皆がミコト様の方に注目して広場が静まりかえる。


「……いや、今日の蕗味噌はいつにもまして美味いな。もっと食べたくなった。ルリ、」

「主様ぁー! あまやかしてちゃ好き嫌いは直らないんですよ!」

「べべ別に甘やかしてなどおらぬ。ただ蕗味噌が食べたい気分なだけで」

「やったー」

「ルリさま! もう!」


 素早く蕗味噌の乗った小皿を持って、ぷんぷん怒るすずめくんの隣から立ち上がると、屏風の端から手が伸びていた。指が長く爪の形も整っているけれど、大きくて男の人の手だった。


「ミコト様、ありがとうござい……ます?」

「手を伸ばしているというのに何故覗くのだ、ルリよ」

「気になったので」

「き、気になっ……ても良いが、良いが、良くない。これをあげるから戻りなさい」


 屏風の向こうを覗き込むと、ミコト様がサッと顔を隠す。小皿を受け取った手で何かを掴んで私に押し付けた。包んでいる紙を開くと、かりんとうが入っている。

 かりんとうって。


「おじいちゃんか」

「ぬっ? 何故おじいちゃん? この近頃ではこのお菓子が流行っているのではないのか?」

「それもう随分昔の話ですよ。おじいちゃん世代です」

「ままま待てルリ私はおじいちゃんではないぞ! 少し年は重ねているが、まだまだ若い! 決しておじいちゃんでは!」


 現代知識が色々とズレているなと思いながらミコト様を見つめていると、わたわたと慌てながら言い訳をしている。すると後ろに座っていためじろくんが冷たい目で私達を一瞥した。


「主様、ルリさま、お食事中に騒がない」

「ごめんなさい」

「すまぬ」


 大人しく平らげた朝食のデザートにはセミドライのイチジクが出た。昨日私とすずめくんが収穫して干したやつである。まだ一日しか経っていないので柔らかくて食べやすかった。四分割して干しているので結構小さいけれど、甘さが濃縮されてひとつでも満足感が大きい。


「うむ。とても美味い。ルリは菓子を作るのが上手だな」

「いや、私は採って並べただけですよ」

「ルリさまが作ったなんて嬉しいわ」

「美味しいわ」


 調理すらしていないものなのに褒め殺しされると恥ずかしい。すずめくんはにこにこして食べていた。


「あちこちに果物の生る木が生えてますよ。菜園もありますし。ねえ主様」

「うむ。好きなものを採って食べるとよい。手の届かないものは呼べば私が取ろう」

「ありがとうございます」

「今日もお庭を歩きますか? すずめは外に行くのでお供できませんけど」

「うん。今日は秋のお庭に行くつもり。一人で大丈夫だよ」


 ミコト様が「えっ……」と声を上げていたが、待ってみても何も言わないのですずめくんが話を続ける。


「籠を用意しておくので、果物を取るなら多めに採っておいて下さい。鋏もありますから」

「収穫作業じゃん。いいけど」

「すずめはルリさまのお着替えを買ってきますからね!」

「頑張って収穫します」


 すずめくんは買い出しやご近所偵察などでちょくちょくお屋敷の外に出掛けるらしい。ミコト様はもうずっと出ていないので、その代わりにあれこれお遣いに行くことも多いそうだ。道理でかりんとうを流行スイーツだと思っているわけである。






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