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マスクドマン8

 子供が泣いている姿というのはそれだけでなんだか罪悪感みたいなものが出てくる気がする。

 そこまでするほどではないんじゃ、と言うと、ミコト様は厳しい顔のままで私を説得するように口を開いた。


「ルリよ、精魂を込めたものを盗んで食らうというのは、後々に厄介なことを引き起こしかねぬ。ましてや神格があり、寄る辺である屋敷の主である私のもの……になる予定だったものだ。いかな幼子とて、礼儀をわきまえねば」

「でも小さい子のやることだし、お面もまだ材料残ってますよ。これから盗まないようにほら、更生を見守るのも教育じゃないかなって」

「ルリは優しすぎる。そこが良いところだが、いつかそれにつけ込む者が出ぬか心配だ」


 別に私は優しいわけでもないと思う。ただ目の前で泣かれて追い出されたら、後味悪いことになるから穏便に済ませられたらいいなと思っているだけだ。だからどちらかと言うと男の子のためというよりは、自分の気分のために言っているだけなのかもしれない。

 そう言うと、ミコト様は引き締めていた表情を緩めた。


「そこが良いところなのだ」

「どこが?」

「わからずともよい。その、そなたのよいところを、私だけが知っているのだから」


 そっと伸びてきた手が私の手を握る。ミコト様の顔を見上げると、柔らかく微笑まれた。温かいその手を握り返してみる。


「私の知ってるミコト様の良いところの一つは、助けを求めてる人をきちんと助けてくれるところですよ」

「うっ……ルリ、そなたは中々賢い。そこもよいが」

「ミコト様、いつも私を助けてくれてありがとうございます」

「……わかった。わかったから」


 じっとミコト様の目を見て心から口にすると、じわじわと頬を赤くしてミコト様が目を逸らして何度も頷いた。

 ミコト様こそ、押しに弱くて少し心配だ。押しといて何だけど。

 少し頬を覚ますように片袖で仰いでいたミコト様は、またキリッと表情を厳しくして男の子に言い渡す。


「ルリの恩情により屋敷に留まることを許すが、二度はないぞ。もしまたルリに何かしようものなら、この私が手を下す」

「ありがたくぞんじます、あるじさま、ルリさま」


 肩をひくひくと動かしながらも、男の子は深く地面に身を伏せた。最初にミコト様にお礼を言って、私の方へも向き直って頭を下げている。正直私もこのお屋敷に置いてもらっているだけだし、最終決定権はミコト様が握っているので別にお礼を言われることもあんまりないような気もするけれど。


「これに懲りて小狡い手を使わず、精進に励みなさい」

「そうします」

「みかんの木の近くばかりにいるのもめじろが困るので止すがよい」

「はい」

「もちろんルリの精魂を盗み食いしてはならぬぞ。あれほど美味なるものはないゆえ、また欲にかられることのないようゆめゆめ……」

「ちょっと待って」


 ミコト様が男の子に神様らしく説教しているのを聞いていると、割と聞き逃したらダメそうな下りがあった。繋いだままの手を引っ張ると、うん? とミコト様が首を傾げる。


「何かまるでミコト様が私の精魂の味を知っているみたいな言い方だったんですけど」

「……ぇえ、そ、そな、そん、そうであったか?」

「動揺しすぎ」


 明らかに狼狽し始めたミコト様を、じっとりとした目で見つめてしまった。この人、男の子にそれらしく言い渡してたけど、もしかして自分も食べているのでは?

 ミコト様はいつも私と同じ普通の食事をしているけれど、神様なので精魂とか食べそうだし、むしろお面も食べるとか言っても不思議ではない。土台がプラスチックだしあんまり美味しそうに見えないけど。


「ち、ちが、ルリ、私は面なぞ食べてはおらぬ! せっかくルリの贈ってくれたものだというのに勿体無い!」

「じゃあ何を食べたんですか? 私気付かないうちにおつまみ扱いされてたんですか?」

「し、しておらぬ! ルリよ、信じておくれ」

「慌てるとこがますますあやしい。味見とかヤダ〜」

「ルリ……! ちがう! そ、そのようなこと!」


 ミコト様がアタフタしているところを楽しんでいると、男の子がフフと小さい声で笑った。ごしごしと腕で涙をこすって立ち上がりながら、ぺこりと頭を下げてくる。


「ルリさま、おたすけくださいまして、ほんとうにありがたくぞんじます。このごおんはかならずおかえしいたします」

「いや、別に何もしてないんで……気にせずに頑張って下さい」

「はい。たくさんしゅぎょうをして、いつかルリさまのおやくにたちとうぞんじます」


 男の子は私とミコト様にもう一度ずつ深く頭を下げて、それから庭を駆け出してふっと消えていってしまった。


「還ったようだな。幼子ながら夢路を拓くほどの力を持つのだから、まっとうに育って欲しいものだ」

「そうですね。本人も反省してるみたいだし、一件落着で良かったです」

「その、ルリよ。また蛇の子が夢路を通うかも知れぬ。その、そうせぬように、しばしば寄ってもよいだろうか……? その、勿論、蛇から守る為で」

「いいですけど、勝手に私の精魂食べないでくださいよ?」

「せぬ! 今までもそんな、してはおらぬから……!!」


 キリッとしたイケメンなミコト様は厳しい顔をしているとちょっと近寄りがたいけれど、慌てふためいていると少し可愛くなる。握っている手に汗を掻いて来るまでミコト様を追求してから、ちょっと現実とは違う庭を少し散歩してその日の夢は終わったのだった。


 後日談として、庭を歩いているとちょいちょい顔を出すようになった蛇の子に驚いたすずめくんに2時間程説教をされたけれど、ミコト様も並んで怒られていたので気にしないことにした。






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