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マスクドマン5

「なぜ……なぜ……こんなことに……?!」

「私もそれ聞きたい」


 お風呂上がり。いつもなら寝室に引っ込んで寝るだけのはずなのに、なぜかすずめくんと梅コンビに引っ張られて主屋に来ていた。主屋の、寝室に。


「それでは主様、ルリさま、失礼いたしますね〜」

「明日は遅めに参ります」

「主様、よかったわねえ」

「糯米のご用意も必要かしらねえ」


 すずめくんとめじろくん、そして紅梅さんと白梅さん達が適当なことを声掛けながら出て行く。

 残ったのは私と、ミコト様と、御帳台と呼ばれる、畳と木枠と絹織物で作った和製天蓋ベッドみたいな代物。いつも寝ている時に使っているのよりずいぶん大きいので何となく中を覗くと、2組のお布団がぴったりとくっついて敷かれていた。私の動きに釣られて視線をやったミコト様がますます挙動不審になる。


「な……ル、ルリ……こ……ちが……」

「ミコト様、どうどう。水でも飲んで落ち着いて」

「う……んぐっ」


 ミコト様がお風呂入った意味ないのではと思うほど真っ赤になり汗を流して狼狽えていたので、お盆に乗っていた水を勧めると今度はひどく噎せていた。苦しそうに咳き込んでいるので背中を擦ると、ビクーンと跳ねて2メートルほど後ずさる。それから背後の扉を開けようとしているがなぜか開かない。


「その……す、すまぬ、その、る、ルリ……このような……文も通わずにこのような……」

「いや、ミコト様のせいじゃないので」

「こ、ここ、こうなったからには、その、私もその、きちんとその責任を持って……」

「ですね。もうさっさと寝て犯人を見つけ出しましょう」

「えっ……あ、そ、そうだな……」


 お面を盗んだ犯人Xを除くと、このお屋敷で人の夢に入れるような力を持っているのはミコト様だけである。姿を見せないままお面を持っていく犯人を捕まえるためには、私の夢に入ってミコト様が捕まえることが一番手っ取り早い。初めて夢路を開くというのは結構不安定なもので、相手が近ければ近いほど成功しやすい。ご神力が万全とは言えないミコト様としては、距離のある状態で夢路を通わせるのは難しいかもしれない。

 というわけで、私とミコト様がくっついて寝ればいいじゃん☆ という梅コンビの寝ぼけた提案がなぜか可決され、現在に至ったのであった。


「何か私のとこのより豪華ですね、これ。布があると暗くて眠りやすくていいですよね。風が通らないけど」

「う、うむ……」

「中暗いけど、灯りなくって大丈夫ですか? 火事になりそうで怖いし」

「う、うむ……」

「あ、私この枕使えないわ。だから枕持たされたのか」

「う、うむ……」


 ミコト様がコクコク頷く人形になってしまった。確かに私としても大人の男性と隣同士のお布団に入るというのは結構びっくりする出来事だけれど、むしろミコト様の狼狽えっぷりを見ていると逆になんだか気の毒に思えてくる。


「……やめます? 私、戻って寝ましょうか」

「えっ?!」

「いや、無理にそんなしなくてもいいし、お面持ってきてるから今日は出ても別に大丈夫だろうし……」

「ま、待て、そのような、その、」

「道わかるんで灯りあれば一人で戻れますよ」

「ルっ、ルリ!」


 膝立ちになって灯台に近付き持ち手の付いたお皿みたいなやつに火を移そうとしていると、ミコト様が私の手を掴んだ。距離が近くなったので、ミコト様からボディーソープの匂いがする。いつもより薄い着物のせいでしっかりした体格が強調されていて、不覚にもミコト様に男らしさを感じてしまった。


「……私は、その……無理ではない。そ、そなたは、嫌ではないのか」

「怖い夢とか見なくなるなら、その方が良いかなと」

「そうではなく! その、私とその、同じ寝屋というのに、その……何も思わぬか?」


 灯りに照らされたミコト様は赤くなっていて、照れたような、切ないような顔をしていた。きゅっと少し力を入れられた手が手首を握っていて、そこだけ熱い。お風呂上がりで新しく塗り直した膏薬の匂いが僅かに漂うほど近くにあるミコト様の瞳は揺れているけれど、私を映していた。


「えっと、まあ、色々と思うことはあります」

「いっ色々と」

「でもこれ、犯人を捕まえるためなんですよね?」

「そ、そうだが、しかし」

「ミコト様、恋人にもなっていない相手に手を出すような人じゃないですよね?」

「ちが、違う! 決して!」

「じゃあオッケーです。とりあえず寝ましょう。何も考えずに。速やかに」


 私は灯りを移すのをやめて、部屋の端に置いてあった几帳を持ち上げ、御帳台の中の布団の間に入れ込んだ。真ん中の辺りというよりやや奥の方へ置いたので、上半身側が衣で遮られるような配置である。これで寝転んでも顔が見えない。


「よし。これならシャイなミコト様でも大丈夫です」


 ぽかんと私の行動を見ていたミコト様は、さっさと枕を持ち込んで寝転がった私にオロオロし、しばらくしてから几帳の向こう側へとソロソロ入ってきた。衣の向こう側で、もぞもぞとミコト様が身動ぎする音が聞こえる。

 主屋のお布団はフッカフカで、掛け布団が中に何か詰物をした着物っぽい形になっている。私がいつも寝ている布団はマットレスと羽毛の上掛け布団っぽいものなので、すずめくんの気遣いで現代ナイズされていたのだと気付いた。長方形の布団に慣れているのでちょっと戸惑うけれど、体にまとうように掛けられるのでこれはこれで良いかもしれない。寝転がってじっとしていると、布団が温まって眠くなってくる。


「る、ルリよ、外の灯りは消すか、このままで良いか」

「このなか結構暗いし消しちゃっても変わらないんじゃないですかね」

「その、ルリ、寒くはないか、そなたはいつも夏の夜で眠っているゆえ」

「平気です。これ重いけど何入ってるんですか?」

「え、さあ、真綿とは思うが……」

「綿って重いんですかね? 羽毛にしたほうが良いですよ。軽くてあったかいし」

「そ、そうなのか……」

「はい」

「……そ、そうだルリ、香はきつくないか?」

「いえ、別に気にならないですよ」

「それなら、その良いのだが、もし気になるのであれば梅の枝を出しても」

「大丈夫です」

「そうか……」

「……」

「ルリよ、小腹は空かぬか?」

「ミコト様、寝れないんですか?」

「す、すまぬ」


 そわそわ衣擦れの音を立てながら、ミコト様はあれこれ几帳越しに話し掛けてくる。お風呂上がりでいい感じに眠い私とは対照的に目が冴えているようで、あれこれ話題をひねり出していた。眠気に乗じてさっさとこの状況を終わらせてしまおうという私の努力を地味に阻んでくる。


「寝ましょう。お面泥棒を捕まえるためにも」

「うむ……そうだな」

「おやすみなさい、ミコト様」

「うむ、ルリも」

「はい」

「……」

「……」

「……その、ルリ」

「今度は何なんですか」


 もうさっさと寝て下さいという言葉が喉元まで上がってきつつもモジモジ口ごもるミコト様を待っていると、「てっ、て、て……手を繋いでも良いか」と小さい声が聞こえてきた。


「いいですよ。手を繋いだらちゃんと目を瞑って眠るようにしてくださいね」

「わかっている」


 布団の中から出した片手を几帳の方へと伸ばす。カーテンのように垂れた絹の衣に指が当たると、向こう側からそれが僅かに持ち上げられ、温かい手が私の手の下に潜り込んだ。


「その、その、ほら、夢路を拓くのに、その、触れている方がやはりその、その、それだけではないがその」


 何か色々と言っているけれど、もう返事をしないでいることにした。繋いだ手に力を入れると、ミコト様の言葉も途切れて、僅かな衣擦れの後に握り返される温かさだけになる。

 東の建物では微かに聞こえてくるような虫の声もなく、今日は風もない夜なのかとても静かだった。目を閉じてじっとしていると、体の感覚がぼやけてきて浮いているような沈んでいるような感覚になる。それを眺めるような意識でぼんやりしていると、握った手をくっと引かれるような感覚とともに私は夢の中へと落ちた。






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