マスクドマン4
しくしくとすすり泣きが庭に響いている。鮮やかな紅葉や銀杏が舞い落ちる中で、小さな子が泣いている。声を掛けても返事がなく、帰ろうとすると手首を掴まれる。振り返ると子供が俯きながら肩を揺らしていて、何か小さく呟く。ぞわりと背筋が寒くなって、そこで目が覚める。
「……またなくなってる」
精一杯かっこいい感じに作ったお面も、太陽の塔っぽさを意識したお面も朝起きれば消えてしまっていた。昨日は念のため木箱の中に入れていたのに、蓋が開けっ放しになって中身がない。
「えーっと、蓋開けたってことはつまり物理的な現象なわけで、誰かが持っていったってことなのかな」
「しかしルリさま、お屋敷のどこを探してもお面は見つかりませんでした」
「かまどの中も探したのよ」
「縁の下にもなかったのよ」
手の空いている人があちこち探し回ってくれた上に、ミコト様が不思議な力でお屋敷の隅々まで見てくれたけれどなくなった3つのお面は見つかることがなかった。
むむむとすずめくんが腕を組み、梅コンビも首を傾げている。ミコト様も気遣わしげな顔になっていた。ちなみに今日ミコト様がつけているお面は私が最初に作った試作で、梅の絵と雀と目白が描いてある割と皆に好評だったものである。ミコト様にがっかりなお知らせを持って主屋にやって来て、今はいつものメンバーで首を傾げている最中だった。
「いたわしや、ルリを悲しませることが屋敷で起ころうとは」
「悲しいというか、割と不思議で。昨日は箱に入れてたし、襖も全部閉めてつっかえ棒してたんですよ」
廊下側からは誰も入られないようにしっかり棒で抑えて、唯一通れる襖は私の寝室に繋がるところのみ。寝室の襖も同じようにつっかえ棒をしていた。襖は二枚になっていて、内側からは片方しかつっかえ棒をすることが出来ないので、もう片方の方には鈴をつけた紐を挟んで襖を閉めていた。もし開ければ鈴が落ちて音が鳴る仕組みである。寝ていて私が気づかなかったとしても、耳の良いすずめくんや梅コンビ達が近くにいたので全員が聞き漏らしたとは考えにくい。
お面を楽しみにしていたミコト様には申し訳ないけれど、頑張って作ったお面が消えたという悲しみより、密室で起きた不思議な事件はもういっそ面白ささえ感じられる。
「ルリさま、何か変わった事はありませんでしたか? 床下や天井裏で物音がしたとか、誰ぞに呼ばれたとか」
「いや特には……起きてたときは白梅さんと一緒にいたし、戸締まりしてお布団に入ってからはすぐ寝たし、夢見るくらいだったから音がしても気付いたかどうか……」
めじろくんの問いに昨夜のことを思い出していてふと気付いた。
「あの……全然関係ないかもしれないし、関係なかったら流してくれていいけど、お面がなくなった夜は同じ夢を見てるような」
三日前に最初にお面が消えた日も、確か小さな男の子がすすり泣いている夢を見た気がする。偶然にしても、同じ夢を3回も見るというのは今までにそう体験していないことだ。
だから何だと言われそうなことだけれど、心当たりといえばこれくらいしかない。そう思って口にしてみると、全員がこっちをじっと見ていた。
「え、ごめん関係ないよね。変な夢だったから覚えてたけど冷静に考えて」
「ルリさま! なぜそれを早くおっしゃってくださらなかったのですか!!」
「えっマジで関係あるの?」
「あるに決まってます! 道理で鈴をつけてもわからないはずです!!」
力のある者は、夢路という道を辿って人の夢に入ったり、誰かを自分の夢に招いたりすることが出来るらしい。しかし他人の夢に潜り込んでいる時にその人が死んだりすると一緒に死ぬことになったり、夢路を辿り過ぎると起きられなくなったりすることがあるらしく、力の強さはもちろん、気持ちも強くないと使えないのだそうだ。
「つまり……」
「主様……」
「なっ、そなたら、何故そんな目で私を見る?!」
お互いにぴったりくっついたすずめくんめじろくんのじっとりした目に晒されたミコト様が、慌てたようにブンブンと手を振って否定していた。
「私ではない! そんな、許しも得ていないのに通い路を作るなど!!」
「しかしお屋敷でそんなお力を持っているのは主様だけです」
「深い情念を抱いているのも主様だけです」
「ち、ちがっ……ルリ、ちがう……!!」
オロオロと狼狽えたミコト様が、悲壮な顔で私を見ながら頭を振っている。すずめくん達は自分の主だというのに割と容赦ない。夜が苦手なのに見張りなどをさせられて怒っているのかもしれない。
「まぁまぁ落ち着いて。ミコト様がわざわざお面を盗む意味もわかんないし。だって次の日になったらミコト様にあげる予定だったんだから、早めに欲しいなら直接言えばいいだけだもん」
「すずめには主様がルリさまの夢に潜り込む意味はわかりますけどねぇ」
「それは……私はどうにも言えないけど」
「無断でそんなこと、せぬ! さすがに!!」
「では他に誰ぞそのような力のものがいるとでも言うのですか?」
「うむぅ……」
一応フォローしてみたけど、ミコト様、分が悪い。ババ抜きで常にビリになっているほど感情が筒抜けなミコト様なので、もしそんなことをしていたらすぐにわかるはずだ。なのでミコト様が犯人だとは疑っていない。けれどそうなるとまた疑問は最初に戻ってしまう。誰が、どうやって、何のために。
首をひねっていると、美人なお花達が甘い香りを振りまきながらにっこりと微笑んだ。
「あら、下手人を見つけるのはとっても簡単なことだわ」
「とっても簡単で素敵なことね」
「大団円間違いなしだわ」
「めでたしめでたしね」
フフフと美しく微笑み合っている2人はとても絵になっているけれど。
なぜか割とろくでもない予感しかしない。




