マスクドマン3
「ない!」
東の建物の中央あたりに位置する大きな部屋が、ミコト様の用意した私の部屋だ。そこにおいてある低くて細長い机でいつも作業しているのだけれど、寝る前に完成させてそこに置いてあったはずのお面が消えていた。
机といっても引き出しもないシンプルな作りで、材料を入れている箱も区切りのない漆塗りの木箱がいくつかあるだけでそこにもない。部屋は板張りでだだっ広い空間に几帳や畳などを置いてあるだけなので、どこかに置き忘れることもない。
「なんで? ここに置いてたのに」
「ルリさま、押入れも探させますね」
小さい机を持ち上げて下に落ちてないか見ている私にすずめくんが声を掛けてくれた。いつも私にあれこれ世話を焼いてくれるすずめくんや紅梅さん白梅さんたちも、片付けなどをする時にはひと声かけてくれるし、物を出しっぱなしにしたままの状態で掃除をしたとしても終わればキチンと元通りにしてくれる。
覚えてないけど寝室に持っていったとか? と隣りにあるヌリゴメという名前の寝室を見てみてもない。通りすがりの人達に訊いても首を振られる。庭にも台所にも落ちてない。
「どういうことかわかんないけど、作ったお面が消えました」
「なんと……」
私も微妙にショックだったけど、ミコト様がますます落ち込んだ顔になってしまった。お茶を入れためじろくんが、気を遣ったのかみかんをひとつ付けてミコト様に出している。私にはお漬物を付けてくれた。
「お屋敷のものが盗んだのかもしれません。皆の部屋を検めましょう」
「いやめじろくん、そんな確証もなしに疑うのは」
「けれどもルリさま、お面がひとりでに歩くわけもありません」
年月を経たものならまだしも、と付け足しためじろくんは、お屋敷中を探し回ったほうが良いのではないかと提案する。すずめくんもこのお屋敷でミコト様に仕える人々を纏める立場だからか、めじろくんの意見に頷いていた。
「ルリさまが精魂込めて作ったお面ですよ。めじろには良さはわかりませんが」
「すずめもあのきんきらはどうかと思いますけど、大事に作ったものを盗むのは悪いことです」
「思わぬ低評価だわ……」
私がアーティスト精神満載で作ったお面がそんな風に思われていたなんて。確かに我ながらコレは派手すぎだろうとかそういうのはあったけれど。
「きんきらか……さぞ頑張って作ったことだろうに……」
真剣に惜しんでくれているのはミコト様だけである。どんなお面でも最終的には喜んで着用してくれるミコト様の懐が深すぎるのでちょっと悪乗りした部分はあった。これからは反省してちゃんとかっこいいものも作ってみようと思う。
「とりあえず探すのは探すとして、また新しいの作るので待ってて下さい」
「ありがとう、ルリ。そなたは優しい」
ミコト様が弱々しく微笑むので、その日はミコト様の仕事中に新しいお面の下書きをして、お昼過ぎに暇になったミコト様と少し州浜を作ったりして遊んだ。お面のために買ってきた色んな色のポスターカラーは、州浜へ配置する小物を塗るのにも大活躍している。ペンタイプでパール系の色が入っているのがミコト様のお気に入りで、牛車や小さな庭石などに可愛い鳥などが描かれていてとても微笑ましいジオラマになりつつあった。
「なんかこう、光の入る向きを考えると、こういう形の影が出来て、根本はなんか反射でちょっと明るくなるとかだったような」
「なるほど、影があると浮き出て見えるようだ。ルリは物知りだな」
「絵は圧倒的にミコト様の方が上手ですけどね。自分でお面の絵を描いてみたらどうですか?」
「うむむ」
普段から筆に慣れ親しんでいるミコト様は線の強弱を付けるのがとても上手で、美術の授業で得たなけなしの知識を披露してみるとみるみる自分のものにしていく。鳥や花の名前にも詳しいので、ジオラマを配置して遊んでいたはずが紙にお絵かき大会になったり、それを元にしてミニチュアの調度を作ったりと私達の遊びは割とクリエイティブだった。
「ルリ、ほらどうだ、雀と目白をあしらってみたぞ!」
「うわホントだ、こんなちっちゃいのよく描けましたね」
「こちらには稲穂を描いたのだ。あれらは米が好きだからな」
親指くらいのサイズの唐櫃に鳥が遊んでいる様子を描いたミコト様が嬉しそうに見せてきて、元気を取り戻した様子に私もホッとした。このお屋敷にいる人達はミコト様が大好きなので、皆もきっとほっとするだろう。
お面がなくなったのは不思議だけどまだ材料もいっぱい残ってるし、今度はミコト様が喜びそうなやつを作ろうと決めた。
だがしかし、その夜気合を入れて作ったお面は、またしても朝になると綺麗さっぱり消えていた。




