アウトサイド6
おみやげに一番人気のチョコベリーパンケーキを携えて、私とすずめくんは満腹で蝋梅さんの車へと戻ってきた。変わった紙箱に入ったパンケーキはクリームが溶けやすいので、ちょっとお行儀が悪いけど駐車場に停めてある車の中で食べてもらうことにする。すずめくんが開けた後部座席の左奥ではミコト様がちょんと行儀よく座っていた。その右側に私に乗り込むよう促したすずめくんはさっさと車を回り込み、蝋梅さんの隣、助手席へと納まってしまう。
「クリームをパンケーキに乗せて食べるんです」
「ほおぉ、くりいむとは……なんとも……」
物珍しさにパチクリしていたミコト様は、プラスチックのフォークを使ってパンケーキを小さく切り、赤いベリーソースのかかったクリームと一緒に口の中へ入れる。するとパッと表情が明るくなった。
「なんと美味な! ぱんけえきもくりいむもふんわりとして甘い。水菓子の甘酸っぱい味がよい!」
「ミコト様、甘いもの好きですもんね」
「うむ。これはよい。ぷりと同じくらいに好きだ」
「プリンねプリン」
ミコト様はニコニコパクパクと笑顔でパンケーキを食べている。前の座席では蝋梅さんも手を付けていたけれど、半分くらいすずめくんの口に入っていた。あのふくふくほっぺであーんとねだられたらつい分けてしまう気持ちはわからなくもないけれど、すずめくん、あれほど食べたばっかりなのに……。
蝋梅さんも非常に上手にフォークをさばいてバランスよくすずめくんの口に入れていくなあと眺めていると、ミコト様が急にソワソワしだした。
「ん゛んっ……そそそのルリもこれを食べてみてはどうか」
「え? あ、いいです。ほんとにお腹いっぱい過ぎて何も入らないんで」
「そ、そうか」
いきなり早口で言われたので一瞬聞き取れなかったけれど、ミコト様は味見をさせてくれる気持ちだったらしい。私はもうしばらくパンケーキはいいやと思うくらいに満腹なので断ると、ミコト様はしょぼしょぼとした顔でパンケーキをぱくついている。
「ではでは、帰りましょう〜!」
蝋梅さんとミコト様のパンケーキもなくなり、すずめくんが発進の音頭を取った。まだ太陽は高いけれど必要なものは買ったし、色々あって疲れたのでちょうどいいくらいだと思う。
上半身を背凭れにぐでんと預けてみると、眠気がすぐに湧いてきた。そのまま隣りに座るミコト様を見ると、両手で自分の前にあるシートベルトを握りながら前を向いている。けれどもチラチラとこっちを見ては前に向き直るのを繰り返しているので首から上が忙しそうだった。
さっきから鞄の中で、スマホが何度か震えている。
ミコト様を見ていきなり真っ青になった百田くんには、何が見えていたのだろう。口を押さえ込んで吐き気を抑えるほどの何を感じたのだろう。考えてみても、私にはわからない。私には親切でシャイで引き篭もりだけど優しいミコト様にしか見えないからだ。
ミコト様はそんな百田くんの反応に怒るでもなく、ただ仕方がないというように何もしなかった。百田くんの態度に驚くこともなかった。
「ルリさま寝ちゃいましたか? ミコト様、ブランケット掛けてあげて下さい、その後ろの毛布です」
「う、うむ、これか」
ひそひそと話し声が聞こえ、しばらく後でふわっと全体に何かが降ってきて体が温かくなる。
私には見えていないことがたぶん色々あるんだろう。百田くんについていったほうが良かったと思うことがあるのかもしれない。
けれど、私にしか見えない部分もあるかもしれない。
「ミコト様、まだしばらくかかりますけど、先にお戻りになられますか?」
「いや、よい」
ふわっとかかったブランケットの下で、座面に置いた手の先に何かが触れる。車の揺れで触れたようだったそれは、少しずつ接点を広げていった。
ミコト様がどんな人であっても、私に手を差し伸べてくれて、私が助かったと感じたのは事実だ。お屋敷の中で暮らしているミコト様とのやり取りは、私の心の中にある。例えこの先ミコト様のことをもう少しよく知って違う面を目の当たりにしたとしても、それだけは誰にも否定することが出来ない。
段々とぼやけていく意識の中で、重い指を動かして私はミコト様のそれを捕まえた。




