アウトサイド3
世の中にこれほどお面需要があるとは知らなかった。
普通のお面は木を彫ったり、台座を作って和紙などを貼っていって作るらしいけれど、最近はキットも販売していて、薄いプラスチック製で模られたお面の下地に紙粘土などで装飾することが出来るらしい。お面の形にもバリエーションがある。
「こういうの軽くて良いんじゃないかな。通気性はどうしよう。普段は外してもらうのがいいのかなやっぱり」
「ルリさまから贈られたのであれば、お休みの間もお召しになっていそうですけどねぇ」
「布で作るのはどうかな?」
アクリル絵の具で模様を描いてもいいし、飾りに使えそうなものも沢山ある。すずめくんとあれこれ喋りながらお買い物をするのは楽しかった。
車で送ってくれた蝋梅さんは駐車をしに少し別行動をしたけれど、大体はにこにこしながらカゴを持って後ろを付いてきてくれた。美人で近付くと良い匂いがするのでフロアの男性が注目しているけれど本人は全く気にしていない。
レジでは私がカゴを持って行って、すずめくんがお財布係。見た目小学生なすずめくんに出してもらうとなんだか非常に自分がダメ人間になった気持ちになる。
「車乗る前にお手洗い行ってくるね」
「わかりました」
すずめくんがずっと手を離さないというのを文字通り体現するようにぎゅっと手を握ったまま女子トイレまで付いて来ようとするのは流石に止める。
「いや、トイレは一人で行くから。個室だし無理だからね」
「大丈夫です。すずめは小さいですから」
「どこも大丈夫じゃないから」
「じゃあ変化を解いて付いていきますから」
「いや全然解決してないからね」
女子トイレで何が起こるというのか。トイレから脱走すると思われているのだろうか。変化を解いてということは、スズメ姿になって一緒に個室に入る気なのか。すずめくんの徹底ぶりが怖い。
押し問答の結果、蝋梅さんが付いてきて洗面台の近くから見守るということですずめくんは渋々納得した。すずめくんもその間にトイレに行くと言っていたので、妥協案に合意されなければもしかして私も男子トイレに入る羽目になっていたのではと思うと非常に怖い。
トイレは他のお客さんが2人くらい並んでいて、高校生だというのに大きなお姉さんに見守られながら入るというのが少し恥ずかしかった。近所じゃなくてよかった。
「あれ、箕坂?」
無事にトイレを済ませて歩いていると、後ろから名前を呼ばれた。ドキッとして立ち止まると、荷物を持っている蝋梅さんがそっと一歩私に近付いてきた。
声の主は顔を確かめるように回り込んで来る。
「箕坂だろ? 偶然だな」
「百田くんか、びっくりした」
ボウズ頭にちょっとくたびれた制服、肩には高校名と名字が刺繍された大きなスポーツバッグを掛けている。
小学生の頃からのクラスメイトが不思議そうな顔をして私を見下ろしていた。
「久しぶり。制服ってことは今日も部活?」
「試合終わって遊びに来てんだよ。ノビがまた腹壊してんの」
「冷房苦手なんだっけ」
うちの高校の野球部はセンバツには早々に敗退して、のんびりしごかれているらしい。夏休みでもほぼ毎日部活があるというのはものすごく大変そうだけれど、百田くん達は文句を言いながらも何だかんだ楽しそうだった。一学期に見ていたよりも明らかに黒くなっている。まだ8月上旬なので、さらに黒くなるのだろう。
「てかお前大丈夫なのか? うちにお前んとこから連絡来てたぞ、家出したとか何とか」
周囲をちらっと見回してから少し声を潜めた百田くんは、心配そうな訝しそうな顔をしている。何度か同じクラスにもなっているせいで、私の家の事情を知っているのだ。
「何かトラブってんの?」
「えっと……まぁそんな感じかもしれない。迷惑かけてごめん」
「別に迷惑とかはないけど。家帰ってないのか? 今どこにいんの? もし何かあるなら寺に相談するか? 無駄に部屋あるから、オカンに言えば泊まっていいって言うと思う」
百田くんの家は大きなお寺で、親御さんが町内会とかPTAとかであれこれやっているので私も見たことがある。百田くんのお父さんは貫禄があって動じない住職だし、お母さんはハキハキして面倒見の良い人だ。ものすごい悪ガキとかでお寺に預けられた子とかもいるらしいので、もし私が事情を話したら一時的に保護もしてくれるだろう。
「ありがとう、でも……」
「行きません!」
断ろうとしたら、ぎゅむっとしがみついてきたすずめくんが先にきっぱりと却下した。