アウトサイド1
最近気付いたけれど、ミコト様はしょっちゅう私のことを見ている。中庭に面した場所から主屋を見れば九割の確率でミコト様を見つけることが出来るし、残り一割のときも鞠が跳ねていって巧みにミコト様を発見している。食事の時などはめじろくんに箸が止まっていると叱られていることも度々である。
ミコト様を見つけると、目が合うか、サッと目を逸らす瞬間を見ることになる。あらぬ方向を見ているミコト様をじっと見ていると、チラッとこっちを見てはサッと逸らし、を5回ほど繰り返し、段々挙動不審になって顔が赤くなる。
「主様、お椀」
「う、うむ、すまぬ」
三つ葉の浮いたオスマシが傾いていたのを慌てて戻して、ミコト様は何事もなかったようにそれに口を付けた。私も同じように口をつける。エビが入ったなんかふんわりしたつみれっぽいやつと色付きの冷や麦が数本入っていて、柚子の香りも美味しい。美味しいものは、心を落ち着かせる。
「……時に、ルリよ」
「はい」
同じように心が落ち着いたらしいミコト様が、咳払いの後に切り出した。
「その……、最近、その、わ、私のことをみみみみ見過ぎでは……ないか?」
「主様、お茶こぼれました」
「すまぬ」
湯呑みからこぼれたお茶が畳に落ちる前に手拭いで拭っためじろくんがミコト様に文句を言う。今日のお茶は古くなっていたお茶っ葉を炒って作ったものだ。白梅さんが変わった器で炒るのを見ていたけれど、とてもいい香りがして眠くなった。
「見過ぎではないですよ」
「そそそうか?」
「多分ミコト様の方が私の事見てるし」
「んなん?!」
ミコト様が痛そうに口を抑える。舌を噛んだらしい。向かい側に座っている梅コンビが「気付いてなかったのかしら」「まさかね」「バレていないと思ったのかしら」「まさかねえ」とひそひそしていた。すずめくんは私の隣で豆ご飯をまくまくと口に入れ続けている。
「そ、そな、み、ル、そ」
甘い金時豆は好きなのだけれど、いつも食事のあとのデザート的な位置付けとして食べてしまう。食事中のお口直しで甘いものが出るというのはちょっと意味がわからない。ハンバーグについている甘い人参も意味がわからない。甘いものは最後に食べたいと思うけれど、すずめくんはどんな順番でも美味しく食べられるらしい。ミコト様は辛いのが少し苦手だそうで、キムチとか柚子胡椒とかはミコト様のお膳には入れないことになっているらしかった。この前担々麺をお昼に食べた時は、ミコト様だけ醤油ラーメンで少し寂しそうだった。
お茶をむやみにお代わりしているミコト様は置いといて、私はお茶碗をまた空にしたすずめくんに話しかける。
「そういえばすずめくん」
「はい」
「今日、でなくてもいいけど、外に出かけたいなと……」
「だめです!!」
しゃもじをぽろりとおひつに落としたすずめくんが、ぽかんとした顔のあとで大きく頭を振った。握りっぱなしだったお茶碗も置いて、座布団を乗り越えて私にしがみついて捲し立てた。
「どうしてですか? ルリさま、現し世が嫌になっていたのでしょう? お屋敷を好きだって言ってくれたでしょう? ルリさまが快くいられるようすずめがもっとお世話します。現し世の物が欲しければすずめが取ってきます。だからここにいて下さい。お願いです」
「す、すずめくん、落ち着いて」
「いやですいやです。すずめはルリさまから離れません」
小さい手は意外と力強く私を締め付けてきた。反対側からミコト様がオロオロと声をかけてくる。
「すずめや、とりあえず座らぬか」
「ルリさまがお屋敷にずっといると言うまですずめは離れません! 主様がルリさまをきちんと誘惑しないからです! 主様のばかばか! 甲斐性なし!」
「すずめくん、ミコト様がガーンって顔してるから」
「ルリさま、出て行かないでください。すずめを置いて行かないで下さい」
「ル……ルリよ……私が不甲斐ないせいで……」
「ミコト様もつられないで」
広間でご飯を食べている他の人もこっちをじっと見ているし、向かい側の梅コンビはしくしくと袖で顔を隠している。梅コンビはどうも泣き真似くさいけれど、すずめくんは目をうるうるさせながらしがみついているし、ミコト様は顔色をなくしているし、めじろくんはじっとりとこちらを責めるように見つめている。
「いや、出て行くとか言ってないから。ミコト様のお面の材料とか見たいし、買い物に行きたいなって思っただけ」
「……ほんとうですか?」
「ほんとほんと」
「そのまま逃げようと思っていませんか?」
「思ってない思ってない」
「じゃあ主様に、もし逃げようとしたらお屋敷から出られなくなる呪いを掛けてもらって下さい」
「なにそれ怖」
転んでもタダでは起きないすずめくんを何とか説得して呪いは回避し、出掛けている間はすずめくんの手を離さないということで合意した。
家に戻れる気はまだしない。でも外に出てみようと思えたのはミコト様のおかげだ。
そう伝えようとしたけれど、呪い回避にややがっかりした顔に見えるミコト様を見てなんとなくやめた。