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一歩、踏み出す8

「う、うむ。うむ。それで、何をする? ルリ、私に何をして欲しい?」


 赤くなった頬を冷ますように扇子で仰ぎながら、ミコト様は小刻みにこくこくと頷いては、まだ繋がれている手を見て仰ぐ扇子の動きを速くしている。


「何でもよいぞ。欲しいものなら何でも創るし、私の知らないものなら絵巻やねっとで見せてくれればよい。恐ろしいものがあるなら退治しよう」


 だから安心してなんでも頼むがよい、とミコト様は笑った。恥ずかしそうな笑顔だけれど、そう言ってもらえるだけでも頼もしいけれど。


「えっと……具体的にあまり考えていなくて」


 このお屋敷の外のこと、神社のある街のこと、私を追っていた人のことについて、具体的にどうしようという考えを巡らせるのはとても難しかった。無意識に問題を避けようとしているのかもしれない。安全地帯にいられるようになって前よりは考える余裕が出来ているはずなのに、どうしたいのか、どうすべきなのかうまく考えられなかった。

 ミコト様は神様だ。大抵のことはこなしてしまう力がある。ミコト様に出来ないことをお願いする方が難しいかもしれない。だからこそ、軽い考えでお願いすることは気が引ける。もし私が酷いお願いをしても、ミコト様は優しいので叶えてしまいそうな気がするから。


「ルリよ、もちろん、無理に言わなくてよい。ルリの心が決まるまで存分に思いを巡らせてよいのだ。ただ、その、私がその、困ったときに頼ってもよいのが居ると、そう思っていて欲しい」


 ミコト様の手は大きくて温かい。


「いつでも、どんなことでも頼ってよい。本当にいつでもだ。ルリが遠慮する必要は少しもない。言い辛ければ文でも良いし……そう、最近は今様の言葉にも慣れてきたから大丈夫だ。そのぅ……今はほら、夏の休みなのだろう?」


 あれこれと頑張って喋っていたミコト様が、私の反応を窺って首を傾げる。頷くと、安心したようにうんうんと笑った。


「学校というのに行かなくてよいのだから、心ゆくまでここで考えるとよい。ここは私の庭だから、外よりも時を緩めることも出来るし。私の他にも、すずめや梅らもいる。いずれもルリを慕っておるから、困りごとがあれば何を放り出しても手助けするであろう」


 あるいは、そうやって甘やかしてくれる人達がここに揃っているからこそ、私はぐずぐずしているのかもしれない。ここには悩みもなく、不安もない。初めてきた場所で、沢山の人がいる場所なのに、なぜかとても落ち着くのだ。それはミコト様がとても優しいからで、そのミコト様が心を砕いて過ごしやすくしてくれているからだ。


「今は、まだ思いつかないですけど、して欲しいことが出来たらミコト様に言います。困ったときも」

「そうしてくれると嬉しい。いつでも待っているぞ」


 前に、神様というのは困ったときの拠り所にするものだ、と聞いたことがあった。その時は誰かに頼って解決する問題なんて、誰かがいなくなった時に困りそうだと思っただけだった。だけど、ミコト様を見ていると、実際に問題が解決するかどうかというのは関係ないのではないかと思う。

 助けて欲しいと素直に言っても良い人がいる。それだけで心はとても軽くなる。そういう人がいるのだからと思うだけで、もう少し頑張ってみようという気持ちになれる。


 神様だからそういう気持ちになれるのか、ミコト様の大らかさが安心させてくれるのか、もしかしたら両方なのかもしれない。

 ともかく、前に進もう。そういう気持ちが湧いてくるのも、ミコト様のおかげだった。


「とりあえずのお願いとして、もう少し手を握っててもいいですか」

「か、か、かま、構わぬ!」


 白くて指が長くて綺麗な手なのに、握ると意外にがっしりしている。温かくて気持ちいそれを、私はミコト様が涙目でそろそろ許して欲しいと言うまで握っていた。






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