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一歩、踏み出す5

 さあどうぞ、と神社を指し示されてよくわかっていない私が動かないでいると、ミコト様が焦れたように説明を始めた。

 曰く、私が来てからというもの、お屋敷は明るくなり、ごはんは賑やかになり、傷は少し気にならなくなり、楽しいことばかりである。感謝の気持ちを少しでも還元しようと、何か出来ることはないかと訊いても、私は答えてくれない。直接言いだすのが心苦しいのであれば、ここでお参りして願うがよい。とのこと。


「その、私はやはり神力が足りないところもあるが、ル、ルリが望むというのなら最大限に叶えようと思っておるし、気兼ねせずに願ってくれると嬉しい」

「えーっと……その前に、訊かれましたっけそんなこと」

「毎日訊いているではないか! 何か困っていることはないか、欲しいものはないかと!」

「あぁ……」


 確かにそんなようなことを言われていたような。てっきりお屋敷の不具合などを訊かれているのだと思って、「冬の庭に雪が降って枝が折れそうです」とか「めじろくんが新しい梅鉢を欲しがってました」とか返していた。


「私はルリの欲しいものを訊いていたのに、ルリといえば、ルリといえば……」

「あ、はい。すいません。落ち着いて落ち着いて」


 片手を上下に振ってムキーと抗議しているミコト様を宥めるためにも、私はお参りをすることにした。


「今おサイフ持ってないんで、5円ないんですけど」

「賽銭か、ほら、これを使うとよい」


 ミコト様が懐から取り出して小銭を握らせてくれる。これ、どうなんだろう。すごくマッチポンプではないだろうか。しかも5円玉じゃない。穴が開いているけど何か四角くて、四方に字が書いてある。ミコト様を見るとニコニコしているので、まあいいかと思って謎のお賽銭を入れて、紐を引っ張って鈴をカラカラと鳴らす。


「うむうむ、ここにおるぞ」

「……」


 神様に見られながらお参りをするというのもとてもシュールだ。ミコト様本人が満足げに頷いているのでいいけれど。

 二回礼をして、パンパンと手を鳴らす。そして目を瞑り、心の中で念じた。


 神様、……ミコト様?

 私を助けて、匿ってくれてありがとうございました。とても助かっています。毎日ごはんも美味しいです。

 えーっと、欲しいものは特にありません。


「なんと?! 何でも言ってよいというに! 何か、何かあるであろう!」

「えっ」


 ナニコレ、直に通じてない? 祈る意味ある?

 思わず顔を上げた私に、ミコト様が何でもよいぞ〜と熱烈アピールしている。お社に向かって念じる意味あるのかと思いつつ、私は再び目を閉じて考え込む。


 何でも……何か……欲しいもの……

 あっ、スマホの充電器があると嬉しいです。


「す、須磨……? じゅで……?」


 電波も届くようになると嬉しいです。Wi-Fiがあるととても助かります。


「伝播……わいはい? よくわからぬが、それがルリの望みであるのだな」


 でも色々あれなので、無理なら無理で大丈夫です。


「遠慮せずともよい。ルリの願いならばきっと叶えてみせようぞ。しばらく待っておくがよい」

「ありがとうございます、ミコト様」


 もう目の前のお社に頭を下げる意味がよくわかんないので、ミコト様に向かって頭を下げた。うむ、と少し照れくささそうにしつつも頷いてくれるので、こっちのほうが良いだろう。

 あと、ミコト様の怪我が早く治りますようにもお願いすればよかった。


「ぅなっ?! そ、な、ル……ルリ……わ、私のことはよい……よいが、そなたの気持ちは嬉しく思う……」


 ミコト様が急に顔を真赤にしてモジモジしだしたので、そのお願いも伝わったらしいことに気がついた。

 普通に思っていることは伝わっていないみたいだけれど、どういう仕組みなんだろう。


「それでは帰るか」

「そうですね」

「いつでも参って良いのだぞ」

「わかりました」


 何かお願いする度にここまで出てくるのであれば、ミコト様を探して直接お願いした方が簡単ではないのか。そう思っていると、ミコト様は狛犬達がいて外も安心だということの説明とサプライズも兼ねてここに作っただけなので、あとで私が寝泊まりしている建物の近くに移動させるらしい。


「もちろん、私に直接言ってもよい。いつでも、何でも言ってもよいぞ」

「ありがとうございます」

「うむ……ルリは欲がなくて少し寂しい。何かないか? 好きな花でも、菓子でもよいぞ」


 ミコト様は私に何かお礼をしたくて仕方ないらしい。別にお礼されるほどのことをしていないし、むしろ私がお礼する立場だと思うけれど、ミコト様が期待した目で見てくるので断るのも気が引ける。


「好きな花……は、ラナンキュラスが好きです」

「ら……? 蘭……?」

「ラナンキュラスです」

「……な、茄子?」

「ラナンキュラス」

「き、聞いたことのない花だ。しかしルリが好むのであれば、そ、その、ら、らにゃんなす? とやらも植えよう」


 ミコト様はらにゃ……にゃらん……としばらくブツブツ呟きながら主屋まで歩いていた。主屋へ入ると、花の名前を書いておいて欲しいと私に紙と筆を渡す。縦書きにしたラナンキュラスを見つめながら、きゅ……きゅうす……とか言いながらしばらく格闘していた。


 その日の夜。おやすみを言う前に、すずめくんが首を傾げながら質問してきた。


「ルリさま、主様によると、ルリさまが須磨に受田されたいと言うことでしたが本当ですか?」

「よくわかんないけど違います」


 神社にお参りするより、ミコト様に直接言うより、すずめくんを通したほうが正確に通じたようだ。後日、めじろくんはミコト様が最近カタカナ語辞典を読みふけっていると教えてくれた。ミコト様が外来語に強くなりますように、というお願いはしなくてよさそうだ。






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