一歩、踏み出す4
「では次に行こうか、ルリ」
「次? 他にもどこか行くんですか?」
狛ちゃん獅子ちゃんと遊ぶのが目的かと思っていたら違ったらしい。ミコト様のお屋敷に来てから門の外に出るのは初めてだし、最初に来た時も周囲をよく見る余裕なんかなかったので、この辺りに何があるのかは全く知らなかった。お屋敷を囲っている塀の向こうは遠くに山が見えたり、動物の鳴き声がしたり明らかに街にあった神社の周囲とは違っている。シャツとジーンズ姿の私はともかく、いつもの平安貴族スタイルなミコト様もそんな野性味溢れる場所に行くような服装ではないので、近所に行くのだろうか。
「なに、すぐそこだ、その、すぐ……少し歩くのだが、その、て、て、手を」
そわそわと視線をあちこちに投げかけつつ、ミコト様はモジモジいじっていた右手を差し出す。右半分だけ見えているミコト様の顔がじわじわ赤くなっていた。
どうやら手を繋ぎたいらしい。差し出された手に左手を重ねると、ミコト様は更に顔を赤くしながらも嬉しそうにうむと頷いて、私を連れて門を出て左側へと歩く。
「反対の方が良くないですか? ミコト様右利きだし、手で塞いじゃうと何となくやりづらくないですか?」
「私はこちらの方が良い。その……左は」
ああ、と気付いた。傷が左側にあるので、そちら側に立って見られたくないのだろう。
「傷、ちゃんと布で覆ってるから見えないですけどね」
「それでも、何かの拍子に布が外れてはその、困る」
「何かマスクとかしたらどうですか? えっと、マスクは……お面?」
「面をしたら顔が全て隠れるではないか」
「半分だけのやつですよ。オペラ座の怪人みたいな」
「お、お寺の灰燼……? あぁあの、織田の?」
「オダノ? 怪人の名前はエリックじゃなかったっけ?」
「うむ……?」
お屋敷には魂を持ってしまったり、逃げてきたり、行き場がなかったりした物が結構沢山置かれている。その中にお面も探せばあるだろうとミコト様は言っていたけれど、よく考えたら木製のお面は固くて傷口によくないかもしれない。軽いプラスチックの方が良さそうだけれど、ついついお祭りで売っているようなお面を付けているミコト様が頭に浮かんでしまい、なんだか面白い光景を想像してしまった。
「プラスチックの方が軽くて疲れなさそうですよね。ハンズとかでお面の材料とか売ってそう」
「よくわからぬがその、ルリの良いと思うようなものを見繕って欲しい……もちろんルリが良ければだが!」
「いいですよ。すずめくんと相談してみます」
私はただひたすら暇なので、ミコト様のお面作りとかむしろやりたいくらいだ。色々な飾りをつけて、日替わりで楽しめるようにしたらいいんじゃないだろうか。
考えながら歩いていると、ミコト様が止まって私の手を軽く握った。
「ルリよ、ここだ」
お屋敷を出た門から、15メートルも離れていない。すぐ近くにあったそれは、お屋敷の門と同じ並び、塀に埋め込まれるようにして作られていた。
簡素な屋根に木の格子の扉。大きな鈴が根元についた紅白の縄が真ん中に垂れて、下には小さなお賽銭箱。
「……神社?」
「うむ。小さいものだが、作ってみた。どうか?」
「どうかと聞かれても……ピカピカですね」
金箔で飾られているというわけではなく、使われた木材もまだ木の匂いを放っているほど新しい。作られたばかりだということがわかる小さな神社だった。塀に埋め込まれているような形だが、お屋敷の内側から見てそれっぽいのは特に目につかなかったように思う。またミコト様の摩訶不思議空間でどうにかなっているのだろうか。
「これ、どうしたんですか?」
「うむうむ。ルリに参ってもらおうと思ったのだ」
さあ、好きなだけお参りするがよい! とデーンと手を広げたミコト様。
何これどういう状況なんだろう。