一歩、踏み出す3
門の上に部屋や手すりなどがある豪華で大きな門は、普段は閉じられている。その大きな門の隣に小さい門も付いていて、すずめくんや他の人がお遣いなどで外に出る時はそこを使うらしいけれど、お客さんや重要な人が通る時には大きな門を開けるらしい。
このお屋敷の主人であるミコト様が近付くと、ひとりでに大きな門がゆっくりと開いた。門の外には左右に広がる道と少し広い空間があって、それを挟んだ向こう側に神社に続く建物がある。
「今の、ミコト様が開けたんですか?」
「うん? いや、門は屋敷のものの出入りを管理するようにしているので屋敷に許した者に対しては自然と開くようになっているのだ」
知らない人とか挨拶なしの人が入ろうとしても門は開かないらしい。識別機能付き自動ドアとは、ミコト様はセキュリティ意識が高い。
ミコト様は門に近付くと、私の手を取っている方とは反対の手でしー、と静かにするように私にジェスチャーした。そろそろと2人で歩くと、足元にある仕切りのギリギリ手前でミコト様が身を乗り出して向こう側を見てみるようにとそっと伝えてくる。体を乗り出すようにして門の向こう側の左を見ると、狛犬が乗っている台座がある。けれど、その狛犬は晴れの日の日光を浴びているようにだらんと寝転がって体を伏せていた。
「……」
反対側を見ると、同じような狛犬が仰向けになって前足で空を掻いている。
どういうことなの、と思っていると、ふいにこちらに顔を向けて、素早く狛犬が体を起こして台座から身軽に降りてきた。
「おお、気付かれたか。どうだルリ、可愛かろう」
「石なのに動いてる……」
ごつごつしてそうな石で出来た狛犬は、座った高さで1メートルくらい。片方が口を開け、片方は口を閉じている。巻き毛の立派なたてがみの他に、足元や尻尾もくるくるした毛が彫られていて、もちろん同じように石でできた尻尾をフリフリと小刻みに動かしてはミコト様を見上げたり、私の回りをくるくる回ったりしていた。口を開けた方が体重をかけないようにそっと上げた前足で私の足に触れてきたので手を出してみると、頭を擦り付けるように擦り寄ってきた。可愛い。けど石の感触。
「動く狛犬、可愛い……」
「そちらは獅子だな、こっちが狛犬。ほら、角が付いているだろう」
「えっどっちも狛犬じゃないんですか。ほんとだ角生えてる。こっちは生えてない」
頭に一つ、こんもりと小さめの角の生えている方が、挨拶をするように寄ってきた。スリスリと角を手に擦り付けるのは口を閉じている狛犬。遊んで遊んでと言わんばかりに前足でちょいちょいしてるのが口を開けている獅子。スムーズに動いているが石である。
「モフモフではないが、可愛いであろう。ルリも気に入ると思ってな」
「モフモフじゃないけど可愛いです。石だけど」
「うむ、前は木で出来ていたんだが、周囲の警固を任せるうちに、いつの間にか石になっていてな」
「木製で動くのもよくわかんないし、なんで石になったのかもわかんないですね」
おなか撫でてと言わんばかりに転がると、地面の石畳と擦れてゴリゴリと音がしている。でも動きはまるっきり人懐っこいわんこのようだった。
「こう見えても優秀な門番でな、しばらく放っていたあちこちの見回りもさせて昨夜戻ってきたばかりなのだ」
「そうなんですか」
「悪しき者は狛犬と獅子が屋敷に入れぬし、助けてほしければ名を呼ぶと飛んでくるから、ルリも何かあれば遠慮せずに使ってやれ」
二体は足元にちょんとおすわりした。石で出来た目がじっと私を見上げている。
「狛犬……狛ちゃん」
「狛ちゃん?!」
「獅子ちゃん」
「ルリ……?」
名前を呼ぶと、呼ばれたほうがぴょんと立ち上がってフリフリと尻尾を振った。それからぴょんぴょんと跳ねながら私とミコト様の周りをぐるぐると回る。
「狛ちゃん、お手。獅子ちゃん、伏せ」
「ぉおおぬしら……ルリよ……なんとふれんどりいな……」
太い前足をぽてんと手に乗せたり、したっと伏せて尻尾だけフリフリさせたり。可愛い。石ということが何のハードルにもならないくらい可愛い。むしろ石っぽい感触もチャームポイントに見えてきた。ミコト様によると怒ると割と怖い番犬のようだけれど、とても愛想よく振る舞ってくれている。
「うむ……仲良きことは良いことだな……うむ」
「狛ちゃん達、お散歩してもいいんですか?」
「いや一応門番であるから……そう何度もはダメだと思うが……」
ミコト様は悩み悩み、たまーにお屋敷の中の庭を回るくらいであれば良いと言ってくれた。狛犬と獅子も嬉しそうに跳ねている。石なのにやたらと滞空時間の長いジャンプをすると思っていたら、空をも駆けることができるそうだ。すごい。
「その……2匹がじゃれついてルリに怪我をさせてもいけないので、私も行こうと思うが」
「じゃあ一緒に散歩しましょう。ミコト様、犬の散歩は歩きやすい靴じゃないとダメですよ」
「そうなのか」
「運動靴とかあります?」
「うむむ……」
私とミコト様に思う存分頭をざりざり撫でられた獅子と狛犬は、やがて満足するとそれぞれの台座に戻り、ぴしっと番犬らしい格好で前を睨んで静止した。近付くと僅かに尻尾が動くので、きっと時間が経つとまただらんと寝そべるのかもしれない。