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一歩、踏み出す2

「ルリ、ルリ」

「なんですかミコト様」


 普段は朝食を終えると部屋に戻るミコト様が、ちょいちょいと私を手招きした。私は自分のお膳を持って洗い場にいこうとしていたけれど、すずめくんがひょいとそれを取り上げて歩いていってしまう。代わりミコト様がすすすっと近付いて来る。手招きしていたのに自分から近付いてくるあたり、なんだかミコト様らしい。


「そ、その……ルリさえ良ければだが……その何も予定がないのであればだが、その、私とその」

「いいですよ」

「そうか! うむ! では今から行こう!」


 ミコト様が喋りながら頬を染めつつモジモジしている時は、大体私を遊びに誘いたいときである。頷くと、ぱっと笑顔になってウンウンと頷いた。花が散っているような笑顔だよねとめじろくんに話したとき、実際にミコト様が喜ぶと庭の花付きが良くなるというのを聞いてさすが神様だと思ったものだ。確かに、最近は春の庭が前にもましてカラフルになっている気がする。少女漫画っぽい演出の神である。


「今日は州浜じゃないんですか? お仕事は?」

「仕事は昨日のうちに終えておる。今日は表の方へ行くのだ」

「いつも思うんですけど、仕事って何してるんですか?」


 いつもミコト様の私室の方でジオラマ作りをするか、庭に出てあれこれ植物や動物を見たりするのだけれど、ミコト様はそこを素通りしてしまった。


「仕事と言ってもまぁ、近所付き合いのようなものか。頼まれたり相談されたりしたことを片付けている。神社の方は誰も来ぬし、急ぐものもほとんどないのだ」

「あの神社、すごく古いし木が茂ってるし何か存在感薄いですもんね。もっと綺麗にしたらお参りする人が増えるかも」

「いや……でもあんまり人が来ても……忙しくなるし……明るいと落ち着かぬし……」


 神様のくせにそんな引き篭もりみたいな理由で消極的にならないで欲しい。


「お賽銭箱も壊れかけでしたよ。そういえば私、ここに来る前にお賽銭入れようとしてて忘れてました」

「おお、そうか。では丁度良いかも知れぬ」


 色々言ってもニコニコしているミコト様が頷きながら、広くて大きなキザハシのところで私に手を差し出した。両側に紅梅さんと白梅さんの本体である梅が植えられているところだ。下の沓石のところには私の下駄が揃えられている。


「ルリ、転ぶといけないから掴まるがよい」

「そんなに転ぶほど危なくはないですけど……こっちに出るの珍しいですね」


 入ってきた大きな門へと続く道がまっすぐ続いているこちら側は、左右に草木が整えられているだけで、他の庭のように小川や池などがあるわけでもない。それにミコト様へのお客さんが通る道でもあるので、普段は来ることはほとんどなかった。たまーに紅梅さん達に誘われて梅の実の収穫に来るくらいである。

 ミコト様の手を握って数段の階を降りきり、下駄をつっかけて歩き出す。平坦な道だけれどミコト様はそのまま気にせずに私の手を乗せるようにして先導していた。前のミコト様は常に片手をカーテン代わりにしていたので自由になるのは右手しかなく、手を貸してもらってもすぐに手放していたのだけれど、今は両手が使えるからか手を引っ込めようとしても気にしなくてよいとニコニコしている。


 石畳の広い道を歩いていると、大きな門が近付いてくる。どうやらそこをくぐる気らしいと気付いて、私は足を止めた。


「ミコト様、どこ行くんですか? あの、に出るんですか?」


 あの門はお屋敷の外、つまり神社のある街へと繋がっている場所だ。そして街に出るのは、今はまだ、行きたくない。いつまでもここにいられるとは思ってはいないにしても。

 立ち止まった私をゆっくり振り返って、ミコト様は安心させるようにふんわりと微笑む。


「安心するがよい、ルリよ。現し世に出るわけではない。すぐそこの門を見にゆくのだ」

「あ、そうなんですか」

「うむ、そ、それに私はルリの嫌がることは一切せぬし、もし外へ行くにしてもきちんとまま守れるようにするし、その、その、ルリがその、ここにその」


 何かもしゃもしゃ言いながらも、私が再び歩き出すのを待つようにミコト様はじっと傍で立っていた。もう一度足を踏み出すと、ミコト様も歩き出す。ミコト様が履いているのは木で出来た履物で、沓というやつだ。クツという響きは同じでも漢字が違って、何かこう、蹴鞠をしそうな雰囲気というか、昔っぽい履物である。歩きにくそうだけれど、ミコト様は慣れているから別に不便に思わないらしい。鞠が蹴って欲しそうにまとわりつくことが多いのでそれで多少困っていたけれど。


「そういえば、鞠ちゃんどうですか?」

「うむ、修繕がうまくいっていると文が来ていたのでそろそろ戻って来よう」


 コロコロと自分で転がってくるあの鞠だけれど、ほつれを直すためにシッカイ屋さんに出されている。何でも、ミコト様が顔を見られて倉に逃げたとき、転んだのは鞠が足を引っ掛けてきたかららしい。鞠なりにミコト様を捕まえる手伝いをしてくれたらしいのだけれど、そのときに弾んで金釘に引っかかってしまっていたとか。綺麗な絹糸が何本かビロンと出てしまっていてどことなく動きも悪くなっていたので心配だったけれど、ミコト様の知り合いにそういう変わった品物でも直してくれる人がいるというので、しばらく預けているのだった。


「あの鞠もルリによく懐いているな。預ける時に寂しがっておった。帰ってきたらしばらく傍を離れぬであろう」

「足元コロコロされるとちょっと踏みそうでひやひやするんですよね。朝は起こしてくれるから助かってましたけど」

「エッ、朝、起こすのか? あれが?」

「そうですよ。一緒に寝てるんで」

「な、な、な、……ルリよ! いくら妖とはいえ、その、安易にね、ね、ねやを許すなど!」

「いや、鞠ですよ? 何言ってんですか?」


 たまにパジャマで夜食を求めて廊下を歩いててすずめくんにはしたない! と怒られることはあったけれど、オスとかメスとかない鞠ですら布団に入れたらダメだとは。ちなみにミコト様によると、白梅さんや紅梅さんもダメで、すずめくんなどはもってのほからしい。梅なのに。鳥なのに。


「東の対は夏ゆえ御簾を降ろしたままで寝ることもあろうが、誰に乞われてもならぬのだ! あいや、誰にというのは、その、その」

「わかってますよ。めじろくんとか鯉とかもでしょ?」

「……いや、うむ……」


 夜はもう誰にも会うなくらいの勢いである。

 実はたまに風が強かったり雷で心細いときは梅コンビとトランプをしてそのまま寝ることがあるのだけれど、騒ぎそうなので黙っておくことにした。






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