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生え得るモフモフ

「あのね、何度来られても同じなんで、無理なんで」

「アウゥ」

「何言ってるかわからないんで……くっ……かわいい……」


 太陽がちゃんと登るようになってからも、山犬の若頭はちょいちょい子犬達を連れて遊びに来るようになった。

 犬用シャンプーで洗ったわんころ達はモフモフフワフワしていて頬ずりするととても気持ちいい。


「ゥオゥ〜オゥオゥ」

「いや……いくらモフモフでもあれなんで……可愛いけど私結婚する気ないんで……」

「アォウ」

「ルルルルリィ! こっちのモフモフの方がよいぞ!!」

「あ、ミコト様」


 キザハシと呼ぶらしい階段のところで座って子犬のお腹に顔を埋めていると、また胡椒でクシャミしてきたらしいミコト様がモフモフした耳と尻尾を出して走ってきた。私の手から子犬を奪い、代わりに少し背向けて隣りに座って自分の尻尾を差し出している。


「わ、私の方が毎日しゃんぷうしているし、と、鳥の面? も付けている!」

「……もしかしてトリートメントですか?」

「そう、鳥と面と」

「ふむふむ、ミコト様の方が確かに良い匂いでフワフワですね」

「そうだろうそうだろう、す、好きなだけ触ってもよいのだぞ」


 ミコト様から生える狐っぽい尻尾はとてもボリュームがある。モフモフしながら探ると骨っぽいのが幾つかに分かれているかららしいけれど、あんまり触るとくすぐったがるのでいくつに分かれているのかはわからない。つやつやして心地良い長めの毛の間に、細かくて暖かい短い毛が生えている仕様なので、ふかふかしていていつまででもモフっていられるのだ。


「ふむむ……そなたらも確かに柔らかいが、ルリのモフるを渡すわけにはいかぬのだ」


 ミコト様は難しい顔をして子犬達に言い聞かせているけれど、きゅんきゅん鳴いている子犬の可愛さにほだされて撫でながらなので全く怖くない。ただし、山犬の若頭に対してはしっかりとお説教していた。近くツテをあたって良縁を探すので大人しくしていろ、と言われた山犬は、くおんと鳴いて帰っていく。同時にミコト様のモフモフも消えてしまった。


「あぁ……モフモフ……」

「そんなに好きなのか……その、わた、うむ……」

「そういえばミコト様、今日はちゃんと薬塗りました?」

「うむ、その何というか、これからしようかと」


 白い軟膏は、すずめくんが薬師如来様にお願いして頂いていたものらしい。しばらく行っていなかったけれど手当をする気になったのなら、と喜び勇んでまたお願いをしに出かけて、今は壺に入ったものが常備されていた。ちなみに薬師如来様は私が提案した手土産のウナギパイをお気に召してくれたらしい。お菓子が好きなのだそうだ。

 わざわざすずめくんが貰ってきてくれた薬にも関わらず、相変わらず傷の手当てをするのが嫌いらしいミコト様は中々自主的に手当てをしようとはしない。


「簡単なのに。また私が容赦なくしみるようにやっちゃいますよ」

「ああ、うむ、いや、その……うむ」

「もう毎日やって欲しいそうです。グリグリやっちゃって下さい」

「めじろォ!」


 めじろくんが薬箱を渡しながら頷いてきた。ミコト様、痛いのが好き的な人なのだろうか。

 薬箱を受け取って、ミコト様と一緒に建物の中に入る。山犬を触ったのでしっかり手洗いをしてから手当しなくてはいけない。


「ミコト様、取りますよ」

「うむ」


 座布団に座ったミコト様の前で膝立ちになりながら、そっと布を剥がしていく。

 あて布がずれないように結ばれた紐を解いて、傷を覆う畳まれた白い木綿の布を取る。その下には油紙というのをあてていた。軟膏が黒くなるので、そのまま覆う布をあてていると布が染まるのを防ぐためと、傷口にあてている内側のガーゼが乾燥してまた癒着しかけるのを防ぐためらしい。

 ごわごわした茶色い油紙は水を弾くらしく、ちょっと独特の匂いがするので、軟膏の漢方薬っぽい匂いと相まってミコト様は近付くとちょっと変わった匂いがするようになってしまった。そしてミコト様はそれがお気に召さないらしい。


「傷の生臭さを知られぬようにと香を強く焚いていたのに、さらにひどい匂いになってしまうとは……」

「確かにミコト様、しっかり良い匂いするなぁと思ってたら。そんなこと考えてたんですか。確かに漢方っぽい匂いになってますけど、でも良い匂いもしてますよ」

「かかか嗅がないでくれ」


 ミコト様が赤くなった頬を隠す。手当の邪魔なので私はそれをどける。

 自分の匂いを気にするとは、本当に乙女度が高い人だ。むしろみかん収穫とかしている私の方が汗臭かったりしないだろうか。


「終わりました」

「うむ、ルリ、ありがとう」


 軟膏を塗り、きちんと傷を覆い直してから声をかけると、ミコト様はようやく鏡をちらりと覗いた。

 顔の傷は鏡を見ながらやらないといけないので、傷を嫌っているミコト様は自分でやるのは嫌なのかもしれない。それで憂鬱になるよりは、私がちゃちゃっとやったほうがストレスは少なそうだ。


「私がやるので治るまで毎日替えましょう」

「えぁっ?! そ、それはそのう……その、も、もしずっと治らねばその」

「ダメですよ。病は気からですから。ポジティブに! もうむしろ既に治ってるくらいの気持ちで! ほら!」

「な、わ……わ、わかった! 近い! ルリ!」


 ミコト様の手を握ってブンブン振ってあげると、ミコト様もポジティブ思考に同意してくれた。ストレスで抵抗力が落ちたりするらしいし、傷を気にする気持ちが少なくなればきっと代謝も良くなって多少治りやすくなるだろう。ミコト様は神様だけど引き篭もり生活が長いせいか、たまにネガティブになるのでその度に励ましてあげたほうが良いかもしれない。


「えぇ、その、そう、そうだルリ! モフモフが好きかろう!」

「えっ? はい好きですけど」

「モフモフを作ってやろう。しばし目を閉じるがよい!」


 慌てたミコト様に促されて目を閉じると、しばらくして頭とお尻の方が温かくなる。それから耳鳴りのようなものが一瞬したので目を開けると、すぐ近くでミコト様がじっとこっちを見ていて、目が合うとはっと離れて顔を袖で隠す。


「そ、ルリ、どうか、それ」

「どれ? わー、耳生えてる!」


 ミコト様が指した先、私の頭の上には三角の耳が生えていた。フワフワとした感触は、手で触っていると少しくすぐったく、勝手にぴくぴく動いてしまうのが面白かった。手を背中側に回すと、もふもふしたものに当たる。それを捕まえて胸の側に持ってくると、稲穂色の毛皮の生えた尻尾がふさふさと動いた。ふかふかして不思議とシャンプーの匂いがする。


「わー! 鏡! ミコト様鏡貸してください!」


 自分の顔にキツネのお耳。そして尻尾。


「これミコト様がやったんですか?」

「うむ、その、一刻ほどしか保たぬが、そのルリが喜べばと」

「喜んでます! ありがとうございます。皆に見せてこよっと」


 モフるのが好きならセルフでモフっておけということかどうかはわからないけれど、ミコト様が神パワーでやってくれたサプライズは私を大いに満足させ、すずめくんや梅コンビにも好評だった。紅梅さんと白梅さんにそれぞれの耳をまふまふまふまふと指で揉まれた時には流石にくすぐったかったけれど、適度な力加減にすれば大丈夫だし、尻尾もブラッシングするとなんとも言えず心地良い。

 大きな尻尾はモフり甲斐があって気持ちいいので、抱枕代わりにすると最高だった。ウトウトしていると鳥の姿になったすずめくんも尻尾のモフモフの中に埋まるように昼寝しに来たのでますます最高だった。




「主様、女性の寝顔を盗み見るのはどうかと思います」

「う……うむ……」

「良かったですね。ルリ様がお喜びになって」

「うぅ……」

「触らせてくれと仰ったらよろしかったのに」

「い……言えぬ……! あんなかわゆいルリの姿、とても触れられぬ……!!」


 お揃いにして喜ぼうと思った主が自らの首を絞める結果になっている。いつも通りの行動を尻目に、めじろは変化を解いて自分もルリと昼寝をすることにした。






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