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這い寄るモフモフ10

「みんなー、おまた」


 せ、と同時に篝火がみんな消えてしまい、倉の外まで真っ暗になってしまう。倉の扉を開けて見えたすずめくん達が一瞬にして見えなくなってしまった。紅梅さん達ののんびりした声が暗闇から聞こえる。


「あら、火が消えたわね」

「見えないわね」

「……なんで消すんですか」

「こ、心の準備が……」

「そんなんいらないいらない」

「いるのだ私には……!」


 ミコト様は予防注射に連れて行かれる子供のように倉の扉にしがみついて動かなくなってしまった。めじろくんは身の回りのお世話をしていたので今ミコト様の顔がどういう状態なのかも知っているようだけれど、他の人にはやっぱり見えないように暮らしてきたらしく、長年一緒に暮らしていたすずめくんや紅梅さん達に対してもノーガードで対面するのは非常に勇気がいることらしい。

 癖のように上がっている左手の袖を引っ張って、右手の袖と纏めて掴む。その袖を引っ張るようにしてミコト様を促した。


「はい、大丈夫ですよ。私が付いていますから」

「この格好はなんだか納得がいかないのだが……だが、ルリがその、そばに居てくれるのは心強いと思う」


 足が長い癖に進むのが遅いミコト様に合わせて倉の外に出る。そこでミコト様は一旦止まって、一度大きく深呼吸する。それから、篝火のうち倉に近い両側の2つにぽっと小さい炎が戻った。紅梅さんと白梅さんはそれに小枝を近付けて火を移して回る。めじろくんとすずめくんは立ったままきょとんとしていたけれど、明るくなるとミコト様に視線を向ける。それらを見回して、ミコト様が咳払いをした。


「う、うむ……みな、心配をかけたな。その……これからは、その、主としてもう少し動じぬようにしようと」

「お帰りなさいませ、主様」

「もう! 真っ暗で大変でしたよう!」

「これでお昼が戻るわね」

「さすがルリさまねえ」


 ミコト様の演説をまちきれないように遮ったのはめじろくんだった。

 すずめくんが駆け出してそばに寄り、ぽこぽこと子供の力でミコト様を叩く。めじろくんが「めじろはみかん10個で流します」というと、すずめもすずめもと騒いでいた。ミコト様はうんうんとそれに頷く。袖を放すと、ミコト様がそれぞれの頭を撫でる。いつもしっかり者の2人は、照れくさそうな顔でされるがままになっていた。


「ルリさま、主様を助けてくれて本当にありがとう」

「主様が顔を隠さずにいてくれるなんて何百年ぶりかしら」

「何……百年……?」


 私は梅コンビの良い匂いがする着物に挟み込まれるようにして労われた。灯りの少ない中でも美しさで輝いている紅梅さんと白梅さんは、微笑んでいるけれど少し目がうるうるしている。


「主様のお怪我に私達は触れられなかったわ」

「誰もお許しになられなかったのよ」

「もうずっとお姿を見られなくなるかと思ったわ」

「そう思うと悲しかったの」


 紅梅さんによると、ミコト様は傷を負ってしばらく、誰の前にも姿を現さなかったらしい。お屋敷の人達はみんなミコト様が好きなので、誰も彼もが悲しんでいたらしい。ちなみにしばらくっていうのも百年単位とかだ。ここの人達、びっくりするほど年上である。


「ルリさまが来てから主様は変わったわ」

「お屋敷が明るくなったわ」

「傷もきっと良くなるわね」

「ルリさま、本当に本当に嬉しいわ」

「紅梅さん、白梅さん……」


 何か凄い薬を塗っても回復しなかったのだから、私がどうこうしたところで治るというのはちょっと望み薄ではないかと思う。けれど紅梅さん達が微笑みながらもそっと涙を拭っているので、この期待が空振りにならなければいいなと思った。


「ルリさまのおかげね」

「今夜はお祝いにしましょうね」

「すずめもそう思いました! お赤飯にしましょう! ルリさまもお好きでしょう?」

「糯米を浸けなければなりません」


 梅のいい香りに包まれていると、すずめくんとめじろくんもやって来てぎゅっと抱き付いてくる。2人もいつもよりテンションが高い感じがするので、心の何処かでミコト様が出てこなくなるのではと心配していたのかもしれない。すずめくんはふくふくした顔を満面の笑みに変えているし、めじろくんも嬉しそうに少し笑っている。


 近くでじっとおすわりをしている山犬の若頭も垂れた尻尾を僅かに揺らしているし、鯉……はいつも通りデロンとしているけれど時々びちびち跳ねているので喜んでいるのかもしれない。明かりが届かないところでもいくつも目が光っている。

 このお屋敷のみんながミコト様のことを大好きだということをミコト様がもっと自覚したら、顔の傷のこともひた隠しにしたいという気持ちも薄れていきそうだ。


「そ、そ、そなたら! ルリにくっつき過ぎではないか?!」

「いいのです! すずめ達は頑張ったのですから」

「そうですよ主様、私達はルリさまと一緒に頑張ったのです」

「ルリさまと喜びを分かち合わなければならないの」

「めじろ達は結束が固くなりました」

「そんなに頑張ったっけ……」


 主におにぎりにぱくついていただけのような。という言葉は、ぎゅっと抱き付いてきた面々に押し込まれた。


「わーい、私モテモテだわ」

「なっもっ……モテッ……?!」

「ルリさまはモテモテなのよ、主様」

「みんなルリさまのことが大好きね」

「アオゥ」

「ぬぅ?! これ、山犬の! そなたはお子らの元へ帰るがよい! 鯉も!」


 しっしっと追い払おうとしているミコト様は、時々癖のように袖を顔の前まで持ってきているものの、気が付くとそれを降ろすようにしていた。布で覆われてはいるけれど広い傷を見せるのは勇気がいるようで不安そうな顔をしている。目が合って私が頷くと、同じように少し頷き返してくれる。きちんと目を見合わせてくれるし、逃げたそうな素振りもない。少し微笑んでくれるのが嬉しかった。


 わいわいとくっつかれながら主屋の方へと移動する。一旦消えた太陽は、東の端の方を白く染め始めていた。






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