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這い寄るモフモフ8

 ミコト様の顔を見て何が一番気になったかって、傷口に布一枚だけ張られていたというところだ。浸出液で生々しく染まっていたそれは清潔そうに思えなかったし、広範囲に及ぶ傷であればきちんと手当しなければ化膿して大変なことになるのではないだろうか。


「めじろくんが薬箱を持ってきてくれたんです」


 暗闇の中で膝立ちになり一歩進むと、その先で一歩遠ざかる音が聞こえる。


「消毒だけでも」


 一歩進むと、一歩遠くなる。


「布が癒着して」


 また一歩、また一歩。


「……」


 ちょっとめんどくさい。私は大きく踏み出すことにした。


「なっ?! 立ち上がるなど卑怯ではないか」

「ミコト様見えてるんですかずるい。とりあえずじっとしててください」

「ぬぅ……手当など、し、しなくてよい!」

「いいから」


 目隠し鬼と同じ要領で、音だけを便りにミコト様を追いかける。うーとかのわっとか言いながらあちこちガタガタ鳴らしつつ逃げ回るミコト様を追いかけるのはそれほど難しくはなかった。手を伸ばしているとたまに服に触ったりするけれど、絹とかの上等なツルツル感触なので中々捕まえられなかった。


「ちょっと触るだけですよ! 痛くしないから! すぐに終わるから!」

「そういう言葉に要注意だとまんがに載っておった……あっ!」


 ミコト様が何かに躓いたらしい鈍い音と、どたんと転んだような音が暗い倉の中で響く。すかさずそこめがけて滑り込むと、いい香りを放っている服を着たミコト様を押さえ込むことが出来た。あぅあぅと混乱しているミコト様が逃げ出さないように胴体を跨ぐと、うつ伏せになったミコト様が大人しくなる。


「ミコト様捕まえた」

「な、なぜルリが組み敷く側なのか……!」

「ミコト様が逃げたからでは」

「そういう意味ではないいぃ!」


 あちこちに美術品が並べられている真っ暗な倉の中で追いかけっこをしたので、お互いにゼーハー言っている。薬箱を置いて腰を浮かせてミコト様を仰向けにさせると、「お嫁にいけない……」と嘆いていた。お嫁に行く側なのかミコト様。

 灯りがないのでそっと手を伸ばすと、ミコト様の手が顔の左側を隠すように覆っていた。大きな手の甲をなぞって手首を探し、掴んで離そうとしてもびくともしない。流石に力が強い。ムキになって腕を剥がそうとしていると、ミコト様がジタバタ暴れ始めた。


「めじろくんも心配してましたよ。ちゃんと治療した方が良いですよ」

「気持ちは嬉しいが、どうせこの傷は手当したところで治らぬ。ルリもわざわざ醜いものを見なくてもよかろう……捨て置くがよい」

「いや、治らないんだったらなおさら清潔にしとかないといけないと思います」

「こ、断る」

「頑固だなぁ」

「その言葉、そのままそっくりルリに返すぞ! 私はこのままでよい! 放って置いて欲しい」

「放っておいたら、ミコト様、もう私と喋ってくれなさそう」


 呟くと、ミコト様の動きが止まる。


「見られるの嫌だったのに見ちゃってごめんなさい。でもミコト様とお喋りできないのは寂しいです」

「ルリ……」

「ミコト様がケガしたままなのも痛そうでイヤです」

「……しかし、しかしこの傷は私の醜い部分が凝ったようなものなのだ。誰にも触れられたくも、見られたくもない……」


 大人の男性なのだから、その気になれば私をどかすことも出来ると思う。けれどミコト様は、体を強張らせてじっとしているだけだった。掴んでいる手首が少し震えているように感じるのは、それだけ見られることに怯えているからかもしれない。


「ミコト様は私を助けてくれましたよね。私、助けてほしいとは思ってましたけど、別に誰かが実際に助けてくれるとか思ってませんでした。普通無理だし、どうしようもないし。でも、ミコト様が助けてくれた」

「別に私は、そう大層なことをしたわけではない……」

「でも、私はすごく助かりました」


 親戚も、警察も、学校も助けてくれなかった。このまま生きていくのと死ぬの、どっちが大変なんだろうかとか思ってたのに、今はちゃんと寝て食べて、暇だとか思うことも出来ている。現実とかけ離れていてたまに夢なんじゃないかと思うくらいだ。


「嬉しかったんです。だから、ミコト様の力になりたいんです」

「ルリ」

「ミコト様がその傷イヤなんだったら、一緒にどうすればいいか考えちゃダメですか?」


 手のひらに伝わってきていたミコト様の腕の強張りが、段々と抜けてゆく。顔を覆ったまま、ミコト様はもしょもしょと呟いた。


「……ダメではない……」

「やった。じゃあ早速消毒しましょう」


 ルリは中々押しが強い、とか言っていたけれど、気のせいだと思う。






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