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這い寄るモフモフ7

「ふう……熱かった」


 すずめくんとめじろくんの作戦により、なぜか私がおにぎりを作ってミコト様に差し入れするという作戦になった。

 炊きたての非常に熱いごはんを、「これ全然熱くないですよ! もう冷めています!」とか言われながら頑張って握り、中に梅とかおかかとかを詰め込んで、何かよくある茶色い笹っぽいので包む。たくあんと野沢菜のお漬物付きお弁当の完成である。


「手がまだひりひりする感じなんだけど」

「ルリさまはお料理なさいませんもんねぇ」

「いや料理ちゃんと出来るよ……コンロとかラップとかナントカの素とかあれば」


 おにぎりとか普段作らないのでそれだけで評価しないで欲しい。

 もわもわと湯気を出すごはんにおののいて弁当箱を使うことを提案したけれど、小鳥コンビが言うことには手で作ることに意味があるとか。紅梅さんに教わりながら握ったおにぎりは一応ちゃんとした三角になっているので、食べれないことはないだろう。

 出来上がったものをさらに布でくるんで運びやすくする。お茶は水筒に入れた。


「でもあのドア開かないんでしょ? どうすんの?」

「主様ァー!! ルリさまがお手製のおにぎりを作ってくださいましたよぉー!!」


 返事がない。ただの倉のようだ。

 すずめくんは耳が良いらしく、二階の窓からがたがたした音が僅かに聞こえてきたらしい。


「いいんですかぁー?! すずめ達で食べてしまいますよぉ!」

「そういう作戦なの? ミコト様お腹空いてなかったらどうすんの?」

「空いてますって。あれだけここで宴会開いてたのを見てたんですから」


 確かに、人が美味しそうにご飯を食べていると自分も何となく何か食べたい気持ちになってしまったりする。しかも紅梅さん達のごはんは実際に美味しいし。

 しばらく待ってみるけれど、倉のドアはうんともすんともいわない。すると今度はめじろくんがすっと手を口の両側に当てて声を出した。


「主様ー、ルリさまはお手製の料理を食べた人に嫁ぎたいそうですー、食べないやつとは口も利きたくないそうですー」

「誰もそんなこと言ってない……」

「アォン」


 篝火の届かない茂みがわさっと動いて、山犬の若頭が顔を出した。


「……」


 とすとすと歩いてきて、ふんふんとおにぎりの入った包みの匂いを嗅ぎ、その場におすわりしてこちらを見上げている。


「主様いいんですかー。山犬さまがルリさまを連れて行ってしまいますよー」

「ルゥーリィー……」


 びちゃっ、と音がして、振り向くと黒い鯉が落ちていた。


「クレ、エサ、ルリ、クレ」

「ルリさま、モテモテね」

「かわいいからモテモテなのね」

「全っ然嬉しくないんですけど……」


 狼の後妻とか、エサ目当ての鯉とか。そういうのに可愛いと思われても。これをモテ期に入れられると私の人生とても暗そう。

 そもそもミコト様を説得するのに、全然関係ないのばっかり釣れているけれど良いのだろうか。別の作戦を考えた方がいいのではと提案しようとすると、がこん、と倉の扉が開いた。


「開いたわ」

「開いたのね」

「ルリさま、今です!」

「あ、じゃあ……行ってくる」


 めじろくんから提灯と木箱をもらい、おにぎりを求めている狼と鯉を置いて、私は倉に入ることにした。


「ミコト様ー? あ、消えた」


 ひんやりと足を冷やす倉に入ると、分厚いドアが軋んだ音を立てて閉まる。それと同時に風もないのに手元の提灯が消えてしまった。また真っ暗な世界に逆戻りである。

 目の前の方から、ミコト様の声が小さく聞こえる。


「灯りは点けないで欲しい……」

「でも歩けないんですけど」


 入口近くで立ち止まっていると、カチャカチャと音がして何かが手に触れた。棒のようなものが自分の力で動いていて、上の端を掴むと先導するように動く。それを杖にしてゆっくり進むと、「あまり近寄ってくれるな」とミコト様が言って、棒は動かなくなった。声は多分2メートルくらい先から聞こえている。


「ミコト様、おにぎり食べませんか?」

「……」

「お腹空いてるとネガティブになるらしいですよ。とりあえずひとつ食べてみませんか?」


 見えないながら手探りで布の結び目を解いて、床を滑らせるようにして前に差し出す。手が届くようにと身を乗り出しておにぎりをミコト様のいるっぽい方へと移動させると、身構えたように僅かに衣擦れの音がした。なのでそこで私は元の場所に座り直す。しばらく何も聞こえなかったけれど、床が軋む音がして、それからカサカサとおにぎりを取り出す音が聞こえた。


「……ルリが作ったおにぎり」

「そうですよ。私は握っただけですけど」


 このお屋敷はキッチンも作られているので、このお米は炊飯器の早炊きモードで作られたものだった。けれどすずめくんが釜炊きのほうが美味しいというので、普段はお釜で薪を使って炊いているのだ。火おこしするのも時間が掛かるし、梅干しや漬物も手間がかけられている。それが関係あるのかわからないけれど、ここのお屋敷で食べるごはんは家で食べるより美味しいように感じた。


 ポリポリとたくあんを食べる音が聞こえたので、水筒も差し出してみた。お茶を啜る音が聞こえて、それからしばらく静かになる。


「……私の顔を見ただろう」

「はい」

「見られたくなかった」

「それはすみません。でも一瞬でしたし、あんまり覚えてませんよ。色白いなーとか結構傷酷いなとか」

「しっかり見えているではないかぁ! もう私はここから出たくない!」


 わっと嘆いて伏せたらしいミコト様は、この世の終わりだとか、もう世界に灯りなど必要ないだとかもしょもしょ言っている。

 誰かに見られたくないような物理的な傷を負ったことがないので、どういう言葉が慰めになるのかわからない。しかも私は見てしまった方、つまりミコト様の嫌なことをした側なのでなおさらだった。とりあえず私は木箱を持ってそっと近付いてみる。


「とりあえずあの、傷の手当てをするのはどうですか?」


 嘆いていたミコト様が黙り込んだ。






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