這い寄るモフモフ6
「こっちから鶏そぼろ、牛しぐれ、青菜のおひたし、たらこは焼いたのと生の、めざし、卯の花、梅干しに実山椒。佃煮は昆布も玉筋魚もあるわよ」
「海苔は炙って食べると美味しいわよ。胡麻もかけてね」
「うわ〜美味しそう〜! いっただっきまーす!」
「いただきまーすー!」
「いただきます」
できたてのおにぎりは塩がきいていて、ぱりぱりの海苔を巻くとそれだけで美味しい。味を濃いめに付けたおかずをちょっと乗せても美味しい。出汁がきいた厚焼き卵も、焼き目が付いたウインナーも、食べだすとお腹が空いていたのに気がついた。
「チーズ?! チーズって、乳の凝ったものですよね? あれをおにぎりに入れるのですか?」
「そうそう。とろけるやつね。美味しいよ。ウィンナーをちっちゃく切ったやつと入れるの」
「ルリさまは物知りねえ」
「かわいいわね」
「おにぎりもひとつ取ってください」
真っ暗なので篝火というやつを四隅に置いて、気温も上がらないので周囲に布を貼っている。折りたたみ椅子みたいなので座って皆でご飯を食べていると、なんだか出陣前の武将みたいな気持ちになってきた。法螺貝とか吹きたい。多分このお屋敷を探せば出てきそう。鎧兜とか。
「主様ぁ〜、まだ出てこないんですか? 天照のお方じゃぁないんですから、そろそろお昼に戻してくださいよう」
「主様、おにぎりいらないのかしらね」
「おこうこ持ってこようかしら」
「みんなお茶いる?」
「ルリさま、そのままだと熱いですよ。お布巾で持ってください」
大皿いっぱいに並んだ小さい俵型のおにぎりと小さいタッパーを何種類も並べたおかずは梅コンビがささっと用意してくれたものだけれど、美味しいので次々なくなっていく。炒ったゴマの香りのするおにぎりも美味しいし、塩たらこで食べるのもたまらない。
炭で沸かした鉄瓶で煎れるそば茶もからりとした味でお腹の中からぽかぽか温まってきた。気が付くと、篝火の届かない藪にキラッと光る目が何対か見えていて、すずめくんやめじろくんがおにぎりやウインナーの欠片を放り投げるとサッと出てきて咥えて逃げていく姿が見えた。
「あれはたぬきですよ。あすこにいたのは穴熊」
「違いがわかんない」
「普段は裏山に住んでいて、人手がいる時にたまにうちで使ってる者達です」
「へぇ……北の庭の裏で鳴いてた鹿も手伝いに来るの?」
「鹿はこの前食べましたでしょ」
「あれまじでそうだったんだ……」
すずめくんによると、あれは山犬に獲ってきてもらったものらしい。一頭まるまるだとお肉が多いので、牝鹿の美味しい部分だけもらって後は山犬ファミリーに食べてもらったらしかった。このお屋敷では昔からお肉の調達は山犬に任せていて、山犬は獲ってきた獣の皮をお屋敷でなめしてもらって冬場の寝床に持って帰ったりしているらしい。冬鹿の毛皮は子犬達が凍えなくてお気に入りだとか。ちょっと見てみたい。
「猪肉もとっても美味しいですよ。お鍋にすると温まります。夜にお鍋にして残りは朝におじやにするとたまりません」
「すずめくんごはん好きだもんね……」
今日のおにぎりはすぐ炊き上がるように白米だけだけれど、ここのお屋敷では雑穀が入っていたり、玄米だったりと日によって色んなごはんが出るのだ。私は食感が変わって飽きないので雑穀入りが好きだけれど、めじろくんは白米だけのやつが好き。どんなごはんを出すかは、このお屋敷のお米奉行であるすずめくんが決めているそうだ。
「この間の栗おこわも美味しかったよね。栗でっかかった」
「あれはりすが拾ってきたのです。年寄りでも栗拾いはりすが一番です」
「りすさん、木登り上手いもんね」
「ルリさま、でざあとはいかが?」
「梅ゼリーなの。美味しいわよ」
ほんのり緑がかったゼリーを皆でぱくついて、お腹を落ち着かせる。非常に美味しい食事だった。食べすぎたせいか外が暗いせいか、眠くなってくる。お風呂に入ってこのまま眠ってしまいたい。
「じゃないや、ミコト様をどうにかしなきゃだった」
あやうく本来の目的を忘れそうなほど美味しいごはんだった。
満腹に負けそうなやる気を奮って立ち上がると、めじろくんが湯呑みを静かに啜りながら扉を指差した。
「ミコト様ならそれそこに」
「えっ」
扉の方を向くと、びくともしなかった重厚なそれが僅かに開いていたのが、慌てたようにバタンと閉じる。
これはまるで。
「しじみみたい」
「それを言うなら天岩戸ですよう、主様も一応そちらのお方なのですから」
「しじみ、良いわね」
「夜のお味噌汁はしじみにしましょう」
「じゃあ和食ですね」
今食べたばっかりなのに夕食の話をしているけれど、美味しいのだから仕方がない。
すずめくんはお買い物リストにとろけるチーズを書き加えていた。